第17話 避暑地に行こう
次の日の朝。亜佐飛は桂夏の部屋を訪ねた。
「桂夏くん、私、今年の夏までにこれを全部やりたい」
桂夏に会ってすぐ、一枚のメモ用紙を渡す。
「海水浴、スイカ割り、おもちゃ花火――」
桂夏はメモに書かれていることを読み上げる。
「わかった。すぐに手配するよ。もしかしたら内容が少し変わるかもしれないけれど、それでもいい?」
「うん! ありがとう」
亜佐飛が「それじゃあ、また」と言って、その場から去ろうとした時だった。
「……今回は千綺たちを抜きにしてやろうか」
桂夏がさりげなく言う。
「う、うん」
亜佐飛はけっして他の三人を仲間はずれにしたいわけではない。悪いことをしているという気持ちもある。でも、桂夏とふたりで遊べるのなら、それがいちばんよかった。
正午を過ぎる前に、亜佐飛たちはホテルを出発する。亜佐飛が夏のうちにやりたいことを実現させるために、東京近郊にある堂領家の別荘まで向かうこととなった。亜佐飛、澪史、北登、桂夏の四人でキャンピングカーに乗る。栄尋と知柚は仕事のためいない。車を運転するのは、長年堂領家につかえている男性。ただひとりの大人なので、保護者の役割もかねている。
「堂領家って、こういう車も所有しているんだね」
北登が車の中で言った。
キャンピングカーは亜佐飛から見て、夏にぴったりの車だ。車の中で調理や寝泊まりができることに夢も感じる。
別荘は山奥にあるとのこと。それにともなって、泳ぐのは海ではなく川に変更される。亜佐飛としてもそのことに不満はなかった。
目的地には午後一時頃に到着する。別荘は二階建てで、テラスは木造でできていた。
亜佐飛たちは家の中に入ってまず、リビングでアイスティーを飲む。
「アイスティー、初めて飲んだ。すっきりとした味わいだね」
今日は朝ごはんを食べたきりなにも食べていないこともあって、みんなのお腹はぺこぺこだった。持ち込んだ食料で昼食をとる。
川で泳ぐ準備をしようとした時だった。リビングにだれかがやって来る。
「桂夏、ひとりだけ亜佐飛ちゃんたちとこの別荘までやって来たなんて、実にいいご身分だな」
それは千綺だった。雷冠と鴻数もいる。
「千綺に雷冠! 鴻数まで」
桂夏はソファから立ち上がって叫ぶ。ここにいるはずのない人間がいることに、亜佐飛もおどろきのあまり、腰をぬかそうになった。
「ここは僕たち四人で亜佐飛ちゃんをめぐっての、三回目の対決といこう――と言いたいところだけれど、今回は亜佐飛ちゃんのためにも休戦といこうか。せっかく避暑地に来ているんだから」
千綺が言う。亜佐飛はその言葉にほっとした。
すぐに亜佐飛たちは予定どおりに近くの川で泳ぐ。千綺たちも泳ぐのに必要なものを持ってきたようだ。最初からこのメンバーでやって来たかのように、亜佐飛たちは和気あいあいとする。
「僕、スイカを川で冷やすの、いちどはやってみたかったんだ」
北登がネットにいれたスイカを川につけた。こうすることで、外でも冷たいスイカが食べられる。
「自然を利用して冷やすなんて、人間の知恵だよね」
亜佐飛は言った。スイカは全員が食べられる分だけある。このうちのひと玉でスイカ割りをする予定だ。
ひとしきり泳いだ後、河原でスイカ割りをする。七人がひとりずつ目隠しをして挑戦しても、だれもスイカを割るどころか、棒をスイカに当てた者すらいなかった。
七人は北登からまた順番に挑戦していく。二順目にして、スイカを見事に割ったのは雷冠だった。
「亜佐飛ちゃん、ほめて」
「すごいよ、雷冠くん」
亜佐飛は手をぱちぱちとたたく。雷冠にいいところをうばわれ、千綺や鴻数はおもしろくなさそうにしていた。桂夏はあいかわらずポーカーフェイスである。
「雷冠は俺たちの中でいちばん怪力だからな」
鴻数が言う。
「鴻数くん、目隠ししていたのに、それって関係ある?」
亜佐飛は笑った。
スイカ割りに使っていないスイカもふくめて、保護者の男性に切ってもらう。
「ひんやりとしておいしいー!」
亜佐飛は七月ぶりに食べたスイカに大よろこびする。
「スイカを冷やしたのは俺だから!」
北登は誇らしげに言う。亜佐飛たちはその言葉に大笑いをした。
日が暮れた頃、栄尋と知柚も合流する(堂領家の専属運転手がふたりを車で連れてきた)。亜佐飛たちはキャンピングカーを利用して、みんなでバーベキューをした。それは今日の夕飯でもある。
澪史と北登は肉の串焼きばかりをばくばくと食べた。
「澪史お兄ちゃんも北登も、お肉ばっかり食べたらだめだよ」
亜佐飛はそれを意地きたない行為だと感じる。
「えっ、野菜もちゃんと食べているよ。ほら、この串、お肉とお肉のあいだに玉ねぎが刺さっているじゃん」
北登はへりくつをこねた。亜佐飛は「そうじゃなくて、ピーマンやにんじんのことだよ」と、あきれながら言葉を返す。
「亜佐飛ちゃん、僕たちの分は気にしなくていいよ。お肉なんて、いつでも食べられるから」
千綺がお金持ちらしい発言をする。亜佐飛は遠慮なく、好きなように食べた。
夕食の後は、みんなでおもちゃ花火を使って遊ぶ。澪史や北登はヘビ花火やロケット花火のような少年の心をくすぐるような花火を気に入っているけれど、亜佐飛は昔からおもちゃ花火の中で線香花火がいちばん好きだった。
堂領家の御曹司たちは亜佐飛をかこうようにして、一人ひとり火のついた線香花火を持ってしゃがんでいる。それは亜佐飛とつねに行動をともにしたいという気持ちのあらわれでもあった。
「鴻数、お前はロケット花火が好きだったろう? 向こうでやったらどうだ?」
雷冠が亜佐飛の左隣にいる鴻数に「あっちへ行け」というような態度で言う。
「雷冠だって! 線香花火はあまりおもしろくない、って前に言っていたじゃないか」
「そんなことは言っていない!」
「まあまあ、ふたりとも落ち着いて。今日は休戦と言ったじゃないか」
千綺がふたりの仲裁に入る。
一本、また一本と、線香花火の火は消えた。千綺の線香花火が消えたところで、あたりは暗くなる。
「みんな、また線香花火をやろう」
亜佐飛は四人に言った。全員はすぐに新品の線香花火を持って、大人たちに火をつけてもらう。
「亜佐飛って、線香花火が好きなんだ。意外」
亜佐飛の右隣にいる桂夏が言った。
「えっ、そう?」
「スパーク花火が好きそうに見えるから」
「スパーク花火も好きだよ。線香花火は無心でいられるのがいいのと、燃え方に段階があるのがおもしろくて」
五人の持つ線香花火はどれもちょうど四方八方にはげしく飛び出ている。亜佐飛は線香花火の火によって照らされる桂夏の顔がきれいだと感じた。それは線香花火が好きな三つ目の理由となる。
午後九時。子どもたちは就寝の時間となる。今夜は全員、別荘に泊まった。亜佐飛は知柚と同じ二階の角部屋で寝る。車での長時間の移動もあって、亜佐飛はくたくただった。明日は体が筋肉痛になっているだろうな、と予想する。
「亜佐飛、今日はいろんなことがやれてよかったわね」
知柚が亜佐飛と同じ布団の中で言った。
「うん、すっごく楽しかった!」
いい日だったその夜はいい夢が見れる、というのが亜佐飛の持論である。
「これまでのこともふくめて、堂領家のみなさんに、なにかお礼しなきゃね」
知柚が意見した。亜佐飛ははっとする。このままでは、千綺たちになにかしてもらいっぱなしで終わることに気づいたからだ。亜佐飛はお礼はなにがいいだろうと考える。彼らはなにをあげればよろこぶのだろうと。いちど考えると、いつもより寝つけなかった。
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