第16話 レセプションパーティー



 家族と朝食をとった後、亜佐飛はひとりロビーで本を読んでいた。そろそろ読むのをやめて部屋へ戻ろうとした時、千綺がやって来る。



「亜佐飛ちゃん、その髪、どうしたの!」



 千綺は亜佐飛の姿にびっくりしていた。亜佐飛は長い髪を左右の中央でまとめて、結んでいる。結んだことによってたれた髪は、それぞれの肩にかかっていた。これはツインテールと呼ばれる髪型だ。ポニーテールをしたことがあっても、ホテル・イングロッソに来てこの髪型をするのは初めてだった。



「お母さんに結んでもらったの」



「すっごくかわいいよ!」



 千綺は亜佐飛のツインテール姿を絶賛している。この髪型だと、快活な少女に見えるのもあるからだろう。



「ありがとう」



 亜佐飛がこの髪型にしようと思ったのは、桂夏にいつもと違う自分を見せるためでもあるのだが、桂夏以外にほめられても、気分がよくなることにかわりはない。



「亜佐飛ちゃん、今日はみんなでクルーズ客船に乗ろう」



 千綺が言った。



「クルーズ客船ってなに?」



「乗客に船旅を提供する旅客船のことだよ。今日、僕の親戚のおじさんがクルーズ客船を一隻貸し切って、レセプションパーティーをおこなうんだ」



「レセプション……?」



 千綺の口からは、亜佐飛の知らない単語がまた出てくる。どうやら、船上で大人のための歓迎会が開かれるようだ。平たく言えばお祭りのようなものなので、亜佐飛のような無関係な子どもでも参加できるとのこと。



 夕方。亜佐飛たち家族はレセプションパーティーに参加した。亜佐飛が船に乗ったのは初めてのことだ。栄尋と知柚も、結婚前もこのような豪華客船には乗ったことがないらしい。



「うわー!」



 戸祭家の中でもはしゃいだのは、澪史と北登だ。ふたりとも初めて乗る船の大きさに圧倒されている。



 レセプションパーティーには千綺だけでなく、桂夏、雷冠、鴻数も参加した。みんな、パーティーにふさわしいよう、スーツを着ている。亜佐飛たちも、堂領家の人間に用意された服を着ていた。はきものも服装にふさわしいものだ。親戚の結婚式に着ていた服装と似ている、と亜佐飛は思う。



「これ、好きなだけ食べていいの?」



 食事はシッティング・ビュッフェという、おのおのが料理を好きに取り分けて、自分のテーブル席で飲み食いするスタイルだった。北登はテーブルいっぱいにならんだ色んな種類の食べ物に目を輝かせる。



 人がいっぱい集まっているパーティー会場で、亜佐飛と桂夏の目が合う。



「桂夏くん」



 亜佐飛は彼のもとまでかけ寄る。



「その髪……」



 桂夏は亜佐飛の髪型を見ていた。



「お母さんに頼んで、結んでもらったの。どうかな?」



 亜佐飛はもじもじとする。



「なんか、アイドル歌手みたい」



 今の亜佐飛はワンピースを着ていた。ちょうど、桂夏のイメージするアイドル歌手そのものだったようだ。



「亜佐飛、ちょっとその場で歌って踊ってみてよ」



 桂夏はからかうように言う。



「えー、やだ。私、歌もダンスも上手くないもん」



 亜佐飛は恥ずかしがった。桂夏には「かわいい」と言ってほしかったが、望みすぎかな、と思う。



 亜佐飛たちは食事で腹を満たした後(澪史と北登はこの機会をのがすまいと、必要以上に食べた)、デッキまで移動して、客船から見える景色を楽しんだ。時間が経つにつれ、日はどんどんと沈む。空や雲は夕焼けで赤く染まっていた。



 自分のスマートフォンを持っている澪史は景色の写真を撮ったりする。



「澪史お兄ちゃん、撮った写真、後で私にも見せてね」



「ああ」



「澪史お兄ちゃん、宝石橋も撮っておいて」



 亜佐飛は宝石橋を指さした。



「せっかくだから、宝石橋を背景に、写真を撮ってあげようか?」



「うん!」



 澪史に言われて、亜佐飛は宝石橋に背を向けようとする。その時だった。



 千綺たち堂領家の子どもたちがデッキにやって来る。その中には当然桂夏もいた。



「桂夏く……」



 亜佐飛は桂夏を写真撮影に誘おうとする。



「堂領家のみんな、亜佐飛と一緒に写真を撮ってあげるよ!」



 その矢先、なにも知らない澪史が全員を呼んだ。



「はい! お願いします!」



 千綺たちはその言葉に集まる。五人の中で亜佐飛が主役となるように、中央に立たされた。亜佐飛としては桂夏とツーショットが本当はよかった。桂夏は亜佐飛の左隣にいる。亜佐飛は桂夏をちらっと見ながら「まあ、いいか」と思う。



 船からは宝石橋だけでなく、ホテル・イングロッソも見える。亜佐飛はいつもと違う角度でホテルを見ることができて、うれしさをおぼえた。



「澪史お兄ちゃん、今度はホテルをバックに撮影して」



 ふたたび、みんなで集合写真を撮った。亜佐飛をかこっている少年たちは、後ろにあるホテルの御曹司という図だ。



 レセプションパーティーは二時間で終了する。子どもの亜佐飛は結局なんの集まりだったのかよくわからないまま、家族とともに船をおりようとした。



「クルージング、初めて体験したけれど、夏にぴったりだったわね」



 知柚が亜佐飛の横で言う。



「夏にぴったり……」



 亜佐飛はその言葉で、夏らしい行事を考える。亜佐飛の中で、夏といえばスイミングだ。今年はホテルの屋内プールで泳いだ。だけど、まだ海でいちども泳いでいないし、スイカ割りもしていない。肝だめしもだ。



「夏らしい行事、意外と体験していなかった」



 亜佐飛はこのまま夏を終えると、後悔すると思った。

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