第13話 どきどきのデートプラン
次の日。亜佐飛は今日から四人の男子とひとりずつ、二日間に渡ってデートすることになる。
堂領家の男子たちは対決にあたってのルールがもうけられた。まず、デートはひとりにつき二時間程度まで。そして、それは必ずホテルの中で行うこと。
ひとり目は最年少の鴻数。亜佐飛は鴻数が泊まっている部屋で彼とふたりきりになる。
「亜佐飛ちゃんは今までだれかとデートしたことはあるの?」
「ううん」
「じゃあ、初めてが僕なんだ!」
鴻数はテーブルの上にボードゲームを置く。これで遊びたかったけれど、一緒に遊びたいと思う相手がいなかったから、ずっと外箱を開けていないままの状態だったらしい。鴻数は勝負うんぬんより、自分が亜佐飛となにをして遊びたいのかという気持ちを優先したようだ。
「ふふふ」
亜佐飛は鴻数との時間を楽しんだ。昔はこんな風によく北登の遊び相手になっていた、と自分の過去を思い出す。
次に雷冠。亜佐飛はその日の夜に彼と会うことを指定されていた。指定の時刻は午後八時。夜に小学生だけで遊ぶなど、今までの亜佐飛の生活では考えられないことだ。けれども、建物の中なら安全だろうということで、栄尋と知柚からの許しを得ていた(いつでも家族と連絡がとれるよう、亜佐飛は知柚のスマートフォンを持たされている)。亜佐飛はまるで修学旅行の夜みたいだと、修学旅行があるのは来年でまだ経験したこともないというのに、心をどきどきとさせる。
「四人の中で亜佐飛ちゃんより年上なのは俺だけだから、ここは年上の男らしいデートをするよ」
雷冠はグレーのスーツを着ていた。
ふたりはレストランのテラス席で向かい合って座って、オレンジジュースを飲む。言葉をかわすだけでなく、チェスやUNOをして同じ時を過ごす。亜佐飛はチェスもUNOもプレイするのは初めてだった。雷冠にルールを教えてもらいながらゲームを行う。自分が知らないことを知っている雷冠に、知性を感じる。
デートを終えると、雷冠はエレベーターまで送るというスマートな対応をとった。スマートフォンで家族にピンチをしらせるまでもなく、夜のデートは無事に終わる。
「亜佐飛ちゃん、おやすみ」
雷冠はエレベーターの扉が閉まるまで、亜佐飛に手を振っていた。
エレベーターが目的の階に到着したら、亜佐飛は部屋までの経路を歩く。
「……うん、楽しかった」
いつもなら布団に入っているような時間まで遊んで、背のびした気分となっていた。だけど、他のだれかと遊んだとしても、亜佐飛の頭の片隅にはいつも桂夏の存在がある。
翌日の昼。亜佐飛と千綺は一階のロビーで会う。動きやすい恰好で来るよう千綺に指示されていたため、亜佐飛はズボンをはいている。
「僕が考えたのは、このホテルならではのデートプランだよ」
ふたりはホテルの中でかくれんぼをすることになった。まず、千綺が鬼で、亜佐飛が子となる。隠れた子をホテルのすべての階から探すとなると鬼が大変なので、一階のフロア全体のみと、隠れられる範囲を限定して行う。客室のない一階なら、他の客の迷惑にならないだろうという考えもあった。
「えー、どこに隠れよう」
亜佐飛は隠れるのに最適な場所をなかなか見つけられずにいる。その最中、コンシェルジュ専用の受付に立つ富士彦の存在が目にとまった。亜佐飛は彼の足もとに隠れる。
「坂和さん、千綺くんが来てもしらばくれてね」
「はい」
坂和は亜佐飛の急な頼みにもにこにことしていた。亜佐飛は体を丸めて、息をこらす。このかくれんぼでは鬼の「もう、いいかい」や子の「まだだよ」などの確認作業はなしとなっている。見つからない自信は五十パーセントほどだった。見つかるかもしれないという恐怖に心をどきどきとさせながら、静かに待つ。
「亜佐飛ちゃん、見っけ!」
鬼が子を探す番となってから、十分もしないうちに、千綺がやって来る。
「ええっ、なんでわかったの?」
亜佐飛はそれがふしぎでならなかった。亜佐飛と富士彦が親しいのを、千綺は知らないはずだからだ。
「人間の心理として、だれもいないような場所より、不特定多数の人がいるような場所に隠れたがると思ったんだ」
千綺の言うように、亜佐飛は富士彦のそばにいることで、探される身の不安をまぎらわしていた。
今度は亜佐飛が鬼となる。子の時に隠れ場所をいくつか見つけたので、探しやすいはずだと、心に余裕はあった。
しかし、一階をくまなく探しても、亜佐飛は千綺を見つけることができない。亜佐飛の裏をかいて、富士彦の足もとにいるのでは?と思って確認してみても、そこにもいなかった。降参した亜佐飛がロビーのソファで待っていると、千綺がどこからともなく現れる。
「千綺くん、どこに隠れていたの?」
「案内するよ」
千綺はスタッフルームのソファの中に隠れていたようだ。ソファは座ったり寝たりするものとしか思っていない亜佐飛は、そこに子どもひとりが入るスペースがあるとは想像もできず、見落としていた。
ふたりのかくれんぼデートは一時間ほどで終わる。
「疲れたけれど、楽しかったな」
千綺と別れた後、亜佐飛は自動販売機で買ったペットボトルの水を飲みながら、外の風に当たって休んだ。
二日間に渡ってのデートも、いよいよ最後となる。四人目の相手は桂夏だ。亜佐飛はこの時を待ちわびていた。シャワーを浴びて、着替えてから、桂夏の部屋をたずねる。
「映画を見よう」
ふたりはリビングのソファに座った。桂夏はポップコーンと炭酸飲料も用意していた。
亜佐飛は映画というものにさほど興味がない。北登や澪史の趣味に合わせてアメリカン・コミックス映画を一緒に見たくらいだ。自分からこの映画を見てみたい、という気持ちになったことはなかった。
映画のタイトルは『リズミカルな大規模捜査線 ザ・ムービー パート2 宝石橋を突破せよ!』。刑事ドラマの劇場版第二作のようだ。
「あっ! 宝石橋!」
映画を見ている途中で、亜佐飛は画面を指さす。ホテルの目の前にある橋が昔の映画に登場したことに、ふしぎな気分となった。
「この映画、タイトルにあるように、宝石橋が舞台なんだ」
亜佐飛は桂夏がなぜこの映画を自分に見せたかったのかを理解する。
「だけど、実はこの映画の宝石橋は……」
「きゃっ!」
物語は猟奇的な殺人事件が発生する。亜佐飛はショッキングな映像におどろきのあまり、桂夏の言葉をさえぎってしまう。それはさほど重要な話でもなかったのか、桂夏も言いあらためることはしなかった。
亜佐飛は映画を見ながら、時おりとなりにいる桂夏の顔をちらっと見る。桂夏の横顔はこんな感じか、と亜佐飛は思う。
「おもしろかった!」
ふたりの映画鑑賞は二時間ほどで終わる。亜佐飛は満足感でいっぱいだった。
「私、今まで見た映画で、これがいちばん好き」
自分の正直な気持ちを桂夏に伝える。亜佐飛は人生で映画は数えきれるほどしか見ていない。だけど、自分のお気に入りはこの映画だと、胸をはって言える。
「でもね、子どもにはむずかしくて理解できないところがあったから、もう一回見たい」
「また見よう。ふたりで」
桂夏が言う。亜佐飛は桂夏とこの映画を見るのがこれきりじゃないと思うと、うれしくなった。
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