第9話 ふたりだけの会話



 メニュー対決の後、亜佐飛は桂夏とふたりで会う。



「俺の考えたメニューを選んでくれて、ありがとう」



「ううん。こちらこそ」



「勝ててうれしかった。対決が決まってから、亜佐飛をよろこばせることをずっと考えていたから。その熱量はだれにも負けない自信があったんだ」



 桂夏はあけすけにものを言う。自分のことをなんとも思っていないように見えたけれど、実はだれよりも思ってくれていたんだと、亜佐飛もうれしくなる。桂夏が機会を逃さないとする時は、虎がするどい目つきで獲物をねらうような感じなのだろう。



「あ、あのね。さっきの対決だけれど、私、桂夏くんにひいきしたかも――」



「えっ」



「もちろん、メニューの内容で選ぶよう、真剣に審査したよ。でも、かき氷じゃない他のメニューだったとしても、桂夏くんが勝っていたと思う。どんなメニューだって、桂夏くんは私の気持ちをいちばん考えてくれていたと思うから」



 それは自分を満足させるメニューに違いないからと。亜佐飛によく言われた桂夏のほほが赤くなる。



「そりゃ、亜佐飛が四つ葉のクローバーでお母さんに押し花を作ってもらったことは、俺しか知らないもんな」



「う、うん」



 桂夏が抜きんでていた理由はそれだけじゃない。だけど、それだけじゃないと、今ここで言う勇気はなかった。



「コックでしょ、フローリストでしょ、それから、ランドリーの人たちでしょ」



 亜佐飛は指をおりながら数える。



「なにを数えているんだ?」



「ここで働く人たち。あっ、コンシェルジュもいるね。このホテルには色んな職業の人がいるなあ」



「亜佐飛は将来の夢とかあるの?」



 桂夏は亜佐飛に聞いた。



「ううん、まだわからない。あっ、でも、プログラミング教室の先生もいいかなとは思う」



「プログラミング教室? なんで?」



「私のお母さんが経営しているの。経営といっても、個人で、のんびりとやっているんだけれどね。小学生を対象に教えているんだ」



「へー。亜佐飛のお母さん、すごいじゃん」



「桂夏くんは? 将来はなにになりたい?」



 亜佐飛は首をかたむけてたずねる。



「夢というか、俺はこのホテルの経営をいずれ継がなきゃならない」



「あっ、そっか」



「自分が親の敷いたレールの上を歩む分、この先、なんにでもなれる亜佐飛がうらやましくある」



 そう言って、桂夏は遠くを見た。亜佐飛には、さみしそうな目をしているように見える。



「創業者の孫として生まれなくとも、桂夏くんはホテルの経営に向いていると思うけれどな」



「俺が?」



「まず、宿泊客のことを『お客さま』って呼んでいるでしょう? 千綺くんは『お客さん』って呼んでいるのに。それはこのホテルに泊まりに来ている人たちを尊んで、礼をつくす、桂夏くんのそんな強い気持ちのあらわれに感じるよ」



「そ、そうか。自分で意識したことはなかったけれど」



 亜佐飛の言葉に、桂夏ははにかんだ。意識してなくともそれができていたの、と亜佐飛は彼に尊敬の気持ちをいだく。



「子どものうちから、お客さまのことをすごく考えている。だから、桂夏くんはホテルの経営者に向いているよ」



「ありがとう。亜佐飛も見つかるといいな、自分の夢が」



 桂夏がほほえむ。亜佐飛はその笑顔にどきっとした。ふだん笑わない桂夏だからこそ、その笑顔は貴重に感じた。



 亜佐飛はそこではっきりと気がつく。自分は桂夏に特別な感情をいだいていると。



 将来、桂夏がこのホテルの経営者になるのならば、ここで働くというのもいいかもしれない。そうすれば、桂夏と一緒に仕事ができる――と、亜佐飛はふと思った。しかし、それはあまりにも突飛な考えだと、頭をはげしく左右にふる。



 亜佐飛は部屋に戻ってから、メッセージカードを見返す。それには「亜佐飛へ」としか書かれていないけれど、何度も見たくなる。これはずっと大事に持っておこうと思った。

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