第8話 メニュー対決!
昼下がり。亜佐飛たちはふたたびレストランのテラス席に集まった。お題はデザートとのこと。亜佐飛は洋菓子より和菓子を好み、おやつの中だと酒まんじゅうがいちばん好きだった。ただ、亜佐飛の好物がここで出る確率は低いだろう。おまけに、だれかひとりでも有利にならないよう、亜佐飛の好物を聞くことは厳禁とされていた。
最初に、鴻数の考えたメニューがウェイターによって運ばれてくる。
「わあ、かわいい!」
それはマカロンだった。亜佐飛はピンク色の見た目にときめく。マカロンという食べ物があることは知っていたけれど、食べたことはいちどもなかった。
「でしょう? かわいい亜佐飛ちゃんにぴったり」
鴻数はほほえむ。亜佐飛はお腹いっぱいになって公平な審査ができないことにならないよう、ひと口だけ食べる。だれのメニューがいちばんよかったのかを決めたら、全部食べる予定だ。
次に、雷冠のメニュー。アップルパイのようだ。
「俺がいちばん好きなものにした」
「すっごくおいしい!」
サクサクの生地に、りんごの風味。小学生の亜佐飛にでも、ひと口食べただけで、めったに食べられない、上質な味なことがわかった。
続いて、千綺のメニュー。一見、クロワッサンかシュークリームかと思ったけれど、違うようだ。ひだが何枚も重なっていて、形は貝がらにも似ている。生地はパイ生地に違いない。
「ん? 見たことのないお菓子」
「これはスフォリアテッラという、イタリアのナポリ地方発祥の焼き菓子なんだ。亜佐飛ちゃんが食べたことのなさそうなデザートにしてみた」
千綺の予想どおり、亜佐飛はそのスイーツを今ここで初めて知る。世の中にはこんなお菓子があるのかと、新鮮な気持ちとなった。
「おいしい!」
それは自分が満足するだけでなく、家族にも食べさせてあげたくなるほどの味だった。自分だけこの味のよさを知っているのはもったいないと。
「ああ、これは千綺の優勝かなあ……」
ナポリの伝統的な菓子を出すという千綺の思いつきに、雷冠と鴻数はすでに自分たちの負けを確信していた。
最後に桂夏。そのメニューは庶民の亜佐飛にもなじみのあるものだった。
「かき氷? なんで?」
シロップはブルーハワイのようだ。偶然にも、亜佐飛はかき氷の味だとブルーハワイがいちばん好きだった。
「夏と言えばかき氷だろ? それに、サンドイッチを食べていた時、亜佐飛が暑そうだったから」
桂夏は亜佐飛のこまかい部分まで見ていてくれたようだ。亜佐飛はとてもよろこばしい気持ちとなる。
「あっ!」
おまけに、かき氷にはメッセージカードがそえられていた。それにはいくつもの押し花が貼られてある。亜佐飛と桂夏のふたりには押し花にまつわる思い出があるからこその行動だろう。
メッセージカードは一回折りたたまれている。中を開くと、そこには英語で「亜佐飛へ」と書かれていた。
「小道具で点数を稼ぐとは、ずるいぞ!」
雷冠は自分より一歳年下の桂夏に向かって怒る。
「別にやっちゃだめというルールでもなかっただろ?」
桂夏の反論に、雷冠は「うっ……」とだけ言って黙りこくる。
「そうだ。ここは桂夏が正しい。堂領家たるもの、常に勝つことに貪欲にならないと」
そう言って、千綺は桂夏の味方をした。ライバルとして彼を認めたくないけれど、認めざるを得ないようだ。
冷たく甘いかき氷は、亜佐飛の体を涼しくした。
「桂夏くん、ブルーハワイのシロップにしたのはどうして?」
亜佐飛は桂夏にたずねる。
「いちごかブルーハワイの二択で、いちごは亜佐飛のイメージと違うかなって」
「そうかなあ、かわいい亜佐飛ちゃんにはいちごがぴったりだけれど」
鴻数がぼそっと言う。だけど、亜佐飛は自分だとそうは思わない。かわいくてかっこいい、心に青い情熱の炎を秘める女性でありたいからだ。だから、桂夏の選択は間違っていなかったと。
亜佐飛はかき氷の皿をテーブルの端に寄せると、また鴻数のメニューから順番にひと口ずつ食べた。
「亜佐飛ちゃん、選んで。誰のメニューがよかった?」
千綺が問いかける。ほかの三人も、亜佐飛をじっと見ていた。
「まず、前提として、どのメニューもおいしかったよ。その中で私は――」
亜佐飛は心臓をばくばくとさせる。答えはすでに決まっていた。
「け、桂夏くんのメニューが、い、いちばんいいと思った」
亜佐飛はまぶたをぎゅっと閉じ、勇気を出して言う。
「えっ」
自分が選ばれるとは思っていなかったのか、桂夏はおどろいている。
「えっ、桂夏!? なんで?」
「理由は?」
鴻数、雷冠の順番で亜佐飛に聞いた。
「かき氷だと、暑さをしのげるのがよかった。私が暑がっていることに気がついて、冷たいものがいいと思ってくれたことがうれしかったね」
亜佐飛の言葉に、桂夏はほほをかく。
「それから、メッセージカードを作って、かき氷にそえてくれていたでしょう? 細部まで心がこもっている感じがうれしかったの」
「僕としたことが、忘れていた。亜佐飛ちゃんがフランスやらイタリアの名前に左右されたり、すぐに飛びつくような女の子じゃないってことに」
千綺は自分自身に悔しがるように、ひたいに手を当てている。
「今回はおとなしく負けを認めるよ」
鴻数も納得していた。雷冠も同意するようにうなずく。
千綺たちはこの対決によって、客を本当の意味でよろこばせるとはどういうことなのか、ホテルの経営者としての能力を養えたことだろう。亜佐飛ひとりをめぐっての料理対決は、結果的に千綺たち四人の将来のためにもなっていた。
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