第7話 5人での食事



 部屋に荷物を置いてから、亜佐飛は千綺と二階のレストランのテラス席に座る。真夏日でむしむしとしているけれど、時おり吹く風が心地よい。



 建物の中にいた方が冷房がきいて涼しいのに、わざわざ屋外の席を選んだのは、そこからの眺めがいいからだ。宝石橋と目の前に広がる首都湾は、窓越しで見るよりすばらしく感じた。



 そよそよと吹く風が亜佐飛の長い髪をなびかせる。プールを出て、ドライヤーでしっかりと乾かした後は、髪を結んでいなかった。



「亜佐飛ちゃん、また会ったね」



 そこに雷冠と鴻数も現れる。偶然ではなく、千綺が呼んでいたようだ。亜佐飛はプールにいた時にどちらともの前から逃げた手前、気まずくなる。



 続いて桂夏も来た。亜佐飛は桂夏もいることにほっとする。



 昼食のメニューはサンドイッチだった。それは泳いだ後の腹ごしらえにちょうどよくもある。



 サンドイッチひとつにしても、堂領家の人間はだれもが上品に食べていた。亜佐飛も彼らに合わせて、ゆっくりと食べる。亜佐飛は彼らとの出会いで、家がお金持ちの子どもは動作がゆっくりとしているもの、という印象をいだく。



 夏の半袖でいられるところが好きでも、むし暑さまでは求めていなかった。亜佐飛はハンカチでひたいの汗をぬぐいながら食事する。



「亜佐飛ちゃん、夏休みが終わるまでに、この中からだれを選ぶのかを決めてよ」



 食事の途中で、千綺が言った。



「決めるって、なにを?」



「僕たち四人のうち、だれが好きかってこと」



「ええっ」



 亜佐飛はおどろく。



「わ、私はだれも選ばないよ」



 そう言いながら、桂夏をちらっと見る。



 この中のだれかと言われると、亜佐飛は桂夏がいいと思っていた。いや、この世にいるすべての男の子の中からとなっても、亜佐飛は桂夏がいちばんだと感じる。理由は、レストランで初めて見た時から、桂夏には他の男の子と違うものを感じたからだ。顔や性格、話す内容、そのすべてに。男の子としゃべって、こんなに気持ちの通じぐあいがぴったりだと思ったのは、桂夏が初めてだった。



「僕は亜佐飛ちゃんに選ばれてみせる」



 千綺がイスから立ち上がる。



「俺だって!」



 続いて、雷冠が起立した。



「俺だよ!」



 鴻数も身を起こして立つ。千綺、雷冠、鴻数の三人で亜佐飛の取り合いとなる。亜佐飛は自分を理由として争われることが恥ずかしかった。



 その間、桂夏はなにも言わない。もくもくとサンドイッチを食べている。



 桂夏は自分が他の三人のだれかのものになったらいやでないのか。毎日ふたりで話したり遊んだりしても、自分のことなど、なんとも思っていないのか。亜佐飛をときめかせる言動の数々は、たんなる思わせぶりなのか。そう思うと、亜佐飛はしゅんとなる。せっかくのサンドイッチの味があんまりしなくなっていた。



「亜佐飛ちゃん、レストランの厨房を見てみたくない?」



 食事を終えて、千綺が言う。



「えっ! いいの?」



 亜佐飛はここで毎日食事をとっているうちに、ホテルのおいしい料理を作っている人たちのことが気になっていた。どんな人が、どんな風に作っているのだろうと。



「特別だよ」



 千綺は厨房に向かおうとした。雷冠と鴻数もついてくる。



「……桂夏くんも来ない?」



 亜佐飛は席を立とうとしない桂夏に言った。



「わかった」



 桂夏が表情を変えずに立ち上がる。桂夏はいつもなにを考えているのかよくわからない。けれど、亜佐飛は彼のそんなところを魅力に感じていた。



 亜佐飛たちは厨房に入る前に、髪の毛が料理に入ることのないよう、頭に子ども用のコック帽をかぶった。飲食店の制服らしさいっぱいの白いコックコートと黒いエプロンも身につける。



「わあ! 私、いちどはコック帽をかぶってみたかったの!」



「亜佐飛ちゃん、その恰好、似合っているよ」



 千綺はほめた。



「本当?」



 亜佐飛はそうたずねがら、桂夏をちらっと見る。それは桂夏に聞いたつもりだった。桂夏は亜佐飛と目が合うと、ぱっと目をそらす。むししたわけではなく、亜佐飛の今の姿に照れているようだ。亜佐飛は桂夏に「似合っている」と言われたかったけれど、まあいいやという感じで、ふふっと笑った。



「コック帽はどうしてこんなに長いの?」



 コック帽を触りながら、千綺にたずねる。それは昔からの疑問だった。



「暑い厨房でも蒸れないようにだよ。長さがあると通気性がよくなるんだ」



 新しくおぼえたことは、人に教えたくなる。亜佐飛は後で自由研究に書こうと思った。



「ここが厨房だよ」



 千綺を先頭に、五人は調理場に入る。そこにはたくさんの料理人がいた。だれもかれも、せわしなく調理している。たとえ桂夏たち御曹司がいようとも、平身低頭にならず、まったくかまわないほどだ。それほど必死に作っている方が、それを食べる客としてもうれしいだろう。



「料理長をはじめ、ヨーロッパで修業したことのある人も多いんだ」



 千綺が言う。



「すごいね」



「そうだ。僕たち四人、亜佐飛ちゃんにぴったりだと思うメニューを考えて、コックに作ってもらうおう。それを亜佐飛ちゃんに食べてもらうんだ。四人のうち、亜佐飛ちゃんの心を掴んだメニューを考えた人が勝ちってことで」



「ええっ!?」



 千綺がまた突飛もないことを言い出したと、亜佐飛はまごまごとする。



「いいよ。やろう」



 意外にも、千綺以外の三人のうち、真っ先に食いついたのが桂夏だった。亜佐飛は桂夏が自分のためにどんなメニューを考えてくれるのか、たちまち楽しみとなってくる。

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