第5話 今日から無料宿泊



 戸祭一家がホテルに宿泊してから二日経った。本来ならばチェックアウトの日である。しかし、この部屋の予約客が今日のところはいないとのことで、戸祭家はそのまま無料で泊まることになった。その部屋には次の日も泊まる。



 八月十七日。栄尋は今日からまた仕事がはじまる。知柚も夕方から仕事だ。



「行ってきます」



 栄尋はスーツ姿で部屋を出た。家族で日常を忘れて楽しもうとここに宿泊したというのに、ホテルから職場に行くとは、ふしぎな感じだ。



「リムジン、気になるね」



 北登が言う。



「みんなで見に行こうぜ!」



 澪史が叫んだ。これを逃せば、亜佐飛たちがリムジンを見る機会はないだろう。そうして、栄尋以外の四人も外に出ることになった。



「わあ!」



 亜佐飛は初めて見る黒くて細長い車におどろきの声を出す。栄尋は後部座席に座ろうとする。



「お父さん、社長みたい!」



 北登が言った。



「そう言われると、後でむなしくなる。現実はしがないサラリーマンなんだから」



 栄尋の自虐的な発言に、一家は大笑いする。



 そこへ桂夏がやって来た。



「あっ、桂夏くん、おはよう」



 亜佐飛は桂夏とは毎日会っている。ただ、こうして朝早く会うは初めてだ。桂夏のくりくりとした目ときりっとした顔立ちに、亜佐飛はいつ見てもどきっとする。



 ここで桂夏と会うなら、もっと髪をちゃんとといておけばよかったと思ってしまう。



「おはよう」



「桂夏くんもこれから出かけるの?」



「いや、亜佐飛のお父さんが今日から仕事って聞いて、様子を見に来ただけ」



「そうなんだ」



 亜佐飛は桂夏に自分の家族を気にかけてもらえてうれしいと感じる。



「で、なにをそんなに笑っていたんだ?」



「リムジンに乗っても、現実はしがないただのサラリーマンって、お父さんが家族のウケをねらって言ったから、おかしくて」



「ふーん」



 桂夏は笑ったりしなかった。桂夏のような大金持ちにはわからないおもしろさかな、と亜佐飛は思う。



「優雅な日々は一時なんだから、気が大きくならないようにしなきゃね」



 知柚は子どもたちにいましめた。



「庶民な自覚はあるから、大丈夫だよ」



 澪史が言葉を返す。亜佐飛たちはまたゲラゲラと笑う。桂夏はひとりきょとんとしていた。

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