燻る種火

 緋い弾丸が雲を破り天を貫く。

 

 渦を巻くような螺旋形の衝撃は熱波を撒き散らしながら夜空に溶ける。

 

 放つ火杖をその手に持つ男の周囲を高温の熱風が包み込み暴れ狂う。

 

 

「なんで当たんないのか———」

 

 

 男は上空に居るであろう目標へ向けてそう悪態をつきながら顔面を守るように手のひらを翻す。

 

 

「———ねッ!!」

 

 

 瞬間、大気を満たす熱の全てを吹き飛ばし、金緑の少女が彗星の如く音速を超え遥か彼方から男目掛け飛来し、そこから放たれた飛び蹴りが男の腕を捉える。

 

 加速による純粋な質量がその一点に集中する。

 

 男の全身から激る焦熱と小柄な肉体から生まれる爆発的な質量が衝突し、地面が大きく陥没した。

 

 

「———オラッ!」

 

 

 男は大きく踏み込み、お返しとばかりに赤熱した剣を振るう。

 

 触れれば灰燼、避けても焼死。

 常人ならば目の前にするだけでも内臓までが焼け爛れその苦痛に苛まれることだろう。

 

 そんな一撃を少女は———真正面から受ける。

 

 頭部から刃を受けた少女は、しかし両断されることはなく背後へと大きく弾かれた。

 

 

「…チッ、どんな構築速度だよ…!」

 

 

 剣が接触する寸前、刃と皮膚の間に展開された薄皮一枚程度の結界に防がれたことに舌打ちする男。

 

 しかしその手を止めることはなく、飛び込むように踏み出し少女の眼前へと迫る。

 

 

「ソラよッ!」

 

 

 まるでサッカーボールでも蹴飛ばすかのように、眼下にある少女の頭部にその脚を薙ぐ。


 しかし少女は未だ空中で体勢も整わぬままそのその蹴りに掌底を撃ち込み弾き返す。

 

 そうして背に携えた風の翼により身を錐揉みの如く回転させ、回し蹴りのカウンターを放つ。

 

 

「ぐっ…!」

 

 

 とても幼い少女が、それも宙に浮いたまま放ったとは思えない重い一撃を腹に受け顔を歪める男。

 

 だが男は地を砕きその一撃を耐え、結界の上から剣身を横薙ぎに叩きつけた。

 

 そしてついでとばかりに火杖から放つ弾丸によって追撃する。

 

 飛ばされた少女は弾丸を視界に収めることなく《爆隕ヴォル=オ=テオ》にて相殺し、フワリと宙に浮きそのまま体制を整える。

 

 顔を上げたその視界に映るは男の足裏。

 

 少女は手の腹で正面からの蹴りを逸らしそのまま詰めると男の胸へとその手を添える。

 

 

 ———《轟震ガラ=フェルム=メルトゥス》。

 

 

 そうして共に魔力の海へと術式を差し込んだ。

 

 

「———ッッ!!??」

 

 

 男の全身が骨の髄から引き裂かれるような衝撃に襲われる。

 

 魔術による他者の肉体への直接的な介入。

 それは魔術の頂点に立つ彼女の力を持ってしても至難と言わざるを得ない。

 

 しかし、不可能ではない。

 

 今の男の肉体が純粋な人体ではなく鉱物にも近い状態であるからこそ可能とする技であった。

 

 

「ガ…ッッ、ァ…ッ!」

 

 

 男の七孔から煮え滾る血が噴き出る。

 

 少女は手を添えたまま人差し指と中指のみを男の胸へと突き立てると更なる魔術を放つ。

 

 

 ———《火炎灼ヴォル=ファウ=ディエス》。

 

 

 本来ならば大黒柱の如き火炎を大砲のように放射するものであるそれは、指先の一点に集中させることで超熱の光線と化す。

 

 常人であれば上半身が蒸発するであろうその一閃は、しかし男を貫くことなく胸の表面を焼くに止まる。

 

 だがその衝撃を抑える術は無くピンボールのように弾かれる。

 

 

「…ふぅ…」

 

 

 少女は服に付いた申し訳程度の土埃を両手で叩くように払い、その視線を上げた。

 

 

「…随分と頑丈な体だねぇ?」

 

 

 少女は男のその姿をまじまじと観察する。

 

 血脈のように広がった紅い線、鋼もかくやと言わんばかりに硬化した浅黒い皮膚、絶えず鼓動する心臓にジリジリと周囲を焼く熱。

 

 人間と言えば人間。

 だがその面影が残っているのは理性ある言動とその形程度だろう。

 

 

「私の《風翼リド=ルーゲル》の加速と《戒重ガラ=シーラ》による加重での一撃でもびくともしない、内部破壊は効くが打ち取るまでいかず正面からの攻撃も耐える、となると…中々面倒だね」

 

「…前半は魔術師アンタの領域ですらない物理ことだろうが…むしろなんで肉弾戦でそこまで戦えるんだよ…」

 

 

 瓦礫を押し除け立ち上がる男はげんなりしたような様子でそう溢す。

 

 法衣のような外套に華奢な体躯と、正に魔術師然とした少女ではあるが、彼女は先程から本領である魔術のほんの一部程度しか使っていない。

 

 にもかからずそのような評価を、況してや己を殺さんとしている者から受けたところで嬉しいはずもない。

 

 

「君は私に魔力が無くなれば大人しく首を刎ねられろとでもいうのかい?」

 

「ああ飛んで喜ぶぜ」

 

「…全く、それが女性に掛ける言葉なのかな?」

 

 

 体術の練度は低く見積もっても特級中堅、下手すれば上位にも食い込む程だ。

 

 それを彼女はあくまで身を守るために身につけたそうだ。

 男にすれば実に笑えない話であった。

 

 少女は呆れたようにため息をついたかと思えばハッとした顔で男へ向き直る。

 

 

「…おっ、と。話している暇はないんだった…歳をとると無駄話が多くなるものなんだ。老いとは怖いものだよ」

 

 

 そう言って、少女は先ほどまでよりも遥かに高密度な魔力を練る。

 

 対し、常時臨戦体制である男は激らせる魔力を体内で廻す。

 

 

「そうかい…なら、俺は安心だな———ッ!」

 

 

 廻し圧縮した魔力を火杖に乗せ、仕込まれた術式によって生成された弾丸に纏わせる。

 

 魔力を練り込まれた弾丸は一瞬にして白熱し始め、その内に熱を内包する。

 

 

「ああ、そうだ。そういやさぁ———」

 

 

 男はふと思いついたように口を開き、火杖の先を少女———ではなく王城へと向けた。

 

 

「———王城には王様が居たよなぁ?」

 

 

 そうして———放つ。


 空気を裂き、大気を焼き、緋の一閃は王の座す王城へと一直線に飛ぶ。

 

 行動を起こすと思われた少女は、しかしそこから一歩も動くことはなく———ただ指を振るう。

 

 その瞬間、弾丸が何かに衝突する。

 そうして数瞬競り合いを見せ粉々に砕け散った。

 

 弾丸が紅の粒子となって花火の如く夜空を彩る。

 

 男はその光景を白けた顔で眺めていた。

 

 

「…ハハッ…この距離でも使えんのかよ…」

 

「近いか遠いかの差だろうに…まあ限界はあるけどね」

 

「そう言ってやるなよ。他が泣くぜ?」

 

 

 少女は兎のように口を窄め、当然と言わんばかりの顔でそう言ってのける。

 

 見えるのだから届く、在るのだから触れれる。

 少女にとって魔とはそういうものなのだ。

 

 男は面倒そうに頭を掻くと剣の柄と火杖のグリップを握り直す。

 そうして闘気と共に全身から噴火の如き熱波を放射する。

 

 

「…ったくよぉ、これだから天才は…凡人の気持ちなんざ分かんねぇんだろうなぁ」

 

 

 少女は仕切り直すように再度臨戦体制に入った男に合わせ、練っていた魔力を術式に付与する。

 

 

「そんなことはない。足りないのは時間だけだよ。精進すれば誰だって魔の真髄を拝めるさ」

 

 

 次第に周囲の大気が収束するようにその軌道を変化させ、彼女へと募り始める。

 

 動きを一体とした大気は土埃を払い、瓦礫をも邪魔だと巻き込む。

 

 

「この戦式魔術の四節詠唱だってその一つだよ。存分に噛み締めたまえ———」

 

 

 そうして———展開する。

 

 

「———《崩哮リド=クシャルウル=ヴルガ=ルドロヒム》」

 

 

 その言葉と同時、地上に嵐が顕現する。

 景色を巻き上げ大地を抉る大風は圧縮され、更なる加速を与えられる。

 

 本来であれば王都全土を襲うはずの嵐は、しかし目の前の男を殺すためだけにたった今生み出され、小さな少女の手のひらに収まった。

 

 少女は破滅を内包した掌を男へと向ける。

 

 

「…おっかねぇな」

 

「それじゃあ———大人しく死んでくれ」

 


 その軽く、されど明確な殺意の込められた一言と共に解放された嵐が男へと直進する。

 

 抉る地形を塵に変え、大気を貪りながら迫る大風は正に神の咆哮である。

 

 しかし男はそんな死を目の前にして尚、そこから目を逸らすことはしなかった。

 

 

「…悪いが、死ぬのはまだだ…ッ」

 

 

 彼は火杖を構えると、その身に流れる魔力と熱を、螺旋を描くようにして装填された弾丸へと凝縮する。

 

 そのあまりのエネルギーに、火杖が軋み始めた。

 しかし男はそんなことにも構わずその弾丸へと力を込め続ける。

 

 

「コレとはおさらばだなぁ…ッ」

 

 

 弓の弦を限界を超えて弾き続けているようものだ。

 

 先端からは炎が噴き出し、とうとうその杖身に罅が入る。

 

 

「…限界か…まあ、いいだろ…!」

 

 

 男は脳内麻薬が放出され時間がゆっくりと流れる景色の中、もう目前まで迫った嵐を見定め引き金に指を掛けた。

 

 そして命を乗せるように力を込め———

 

 

「———いくぜぇッ!出血大サービスの…最大出力フルバーストだあぁッ!!」

 

 

 ———引き金を引いた。

 

 

 瞬間、耳を劈く轟音と共に緋弾が撃ち出される。

 同時に火杖が粉々に砕け散り跡形も無く燃え尽きた。

 

 放たれた緋弾は瞬く間も無く嵐に到達し衝突する。

 

 緋弾は渦巻く大風を灼かんと直進し、大風はその熱さえも呑み込まんとその猛威を振るう。

 

 互いが互いの威を削るべく殺し合う。

 

 やがて喰い喰われる両方のうち、片方が完全に呑まれてしまう。

 

 



「…かぁ〜…やっぱ強えなぁ…」



 

 

 散り散りに舞う緋を視界に収めながら、男はそう他人事のようにポツリと呟く。

 

 片手を腰に当て呑気に言葉を溢す姿はとても破滅を目の前にした人間とは思えない。

 

 

「けどまぁ…まだ———」

 

 

 ———そうして、男は苦笑しながら嵐に呑まれていっった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は倒壊した瓦礫に埋もれた景色を眺める。

 

 未だパラパラと降り注ぐ砂埃達は少女の放った嵐に巻き込まれ、上空へと舞い上げられたものである。

 

 まるで天候でも変わったのではないかと錯覚する程に降り積もるそれはその魔術の規模を表しているといってもいいだろう。

 

 四節詠唱。

 

 多重詠唱を含めればその先には更なる魔術が存在するとはいえ、各戦式魔術の体系においてその秘奥と言っても過言ではないそれは一つの災害だ。

 況してや魔術界の頂点である少女が行使すればその規模を一段階引き上げてしまう。

 

 容易に地形をも変えてしまうそれを一心に浴びれば、ただの人間など粉微塵では済まないだろう。

 

 

「…全く———」

 

 

 だからこそ、少女はその事実に驚愕していた。

 

 

「———まだ生きているとはね」

 

 

 その瓦礫の山の中に未だ灯火が揺らいでいることに。

 

 彼は己の風魔術第四節を真正面からその身に受けたはずだ。

 それは間違いない。

 

 例え彼の抵抗によって威力が削がれていたとしても大地を抉るような凶風に違いなどありはしない。

 

 確かにその肉を削り骨を砕いた事だろう。

 

 

 ———ッ

 

 

 這い出る者に瓦礫の山の一角が押し除けられる。

 ガラガラと崩れ落ちる土砂を振り払い、ソレは力無く立ち上がった。

 

 

「…君がどんな思いでそこに立っているのかは分からないが…無理はしないほうがいい」

 

 

 それは、純然たる善意。

 もはや目の前の男に振るうことのできる力など残ってはないないだろう。

 

 全身を巡る脈は弱り、それを表すかのように熱も冷めている。

 心臓の鼓動は相変わらずだが、それが止まるのも時間の問題だろう。

 

 少女は徐に男の頭上に向かって手を翳す。

 

 そうして魔力が結集したかと思えば、男の遥か頭上に城をも悠に超える錐上の巨岩が生成され始める。

 より重く、より硬く、より鋭く形作られるその槍は、死に体の彼の息の根を止めるにはあまりに十分だろう。

 

 むしろ過剰とも言える。

 

 それは少女が目の前の男を依然として警戒している証拠でもあった。

 

 

「墓標と言うには少々大き過ぎるかもしれないが…」

 

 

 男の胸に張り付き、彼を侵すあの心臓。

 少女にはそこから並々ならぬ執念が感じ取れた。

 

 元の持ち主の強い思念が自然とそうさせたのか、抉り取った者がそのように細工したのか…あるいはその両方か。

 

 込められた魔力や溢れ出る熱量も相まって、そこに宿る執念は宛ら呪いの如し。

 

 眠る力の脅威はともかく、その強烈な念はまるで300年前の厄災を思わせる。

 

 故に、早急に彼コレを沈めてしまいたかった。

 

 彼女は翳す掌に意識を向け流れる魔力を止めると、更に頭上へとその手を振り上げる。

 

 

「———《堕落有頂天ガラ=ディール=アグッラ=フォールン》」

 

 

 そうして、叩きつける様に振り下ろした。

 

 

 それと同時、雲の如く浮遊していた巨岩が重力による加速をも上回り、弾かれたように動き出す。

 

 降り積もる土砂を砕き、景色を覆う土埃を貫き、殺意の具現でえる処刑槍は罪人を裁かんと天より舞い降りる。

 

 

「…せめて一思いに逝くといい」

 

 

 ———槍は男を捉え、地面へと突き刺さる。

 

 結界で身を守る少女を巻き込む様に衝撃波が辺りを消し飛ばし、小山を逆さに向けたような墓標が王都の中央に聳え立った。

 

 少女は当たりもしない砂埃に目を細め、地面に深々と刺さるその奥を見定めた。

 

 

 ———瞬間、消えかけの火が揺らぐ。

 

 

「ッ!」

 

 

 目を見開いた少女は魔力を瞬間的に加速させ添える指先に可視化する程に集中させる。

 

 しかしそれを上回る爆発力で膨張する熱が己を戒める杭を押し除け、その深奥より噴火した。

 

 吐き出す焦熱は天地を緋く染め上げる。

 

 

「———ナッハハハハハ!」

 

 

 火口から何かが飛び出すと同時、地獄のような景色には似合わない愉快な笑い声が高らかに響き渡る。

 

 その影は表面がドロドロに溶けた高温の瓦礫塚に平然と座り込み、少女を上から見下ろす。

 

 

「英雄様が相手なんだ。第二形態くらい無くちゃあお話にならねぇよなぁ?」

 

 

 大口を開け盛大に笑い飛ばす様はまるで悪魔の宴の如く、勢いを増した放熱が火の粉を散らす。

 

 

「…っと…こりゃ、巻頭カラーは俺で決まりか?ハハハッ!」

 

 

 砕け散った仮面を捨て去った男は軽快にその腰を上げる。

 やっと晒されたその顔つきは青年といったところだろう。

 

 

「…これは、尚のこと見逃せなくなったね」

 

 

 少女はその理性的な瞳に暗い感情を乗せ男を睨みつける。

 神性さえ錯覚させる金緑の魔力が彼女を包み込み、その重圧を以て男の焦熱を押し返す。

 

 

「おっ、良いねぇその眼。『敵』を見る眼だ。」

 

 

 人が蜂の針を恐れるように、蛇の毒を恐れるように、圧倒的な力の差があれど決して無視できない小さな脅威というものは確かに存在する。

 

 そして、例えほんの僅かでも己に届き得る可能性があるのであれば、それを人は「敵」と呼ぶ。

 

 

「蜂の毒でも人は死ぬんだ。なら、おれアンタに届かない道理はねぇ」

 

 

 男は武器を失った両拳を打合せる。

 その眼には少女のものにも劣らない殺意が込められている。

 

 

「…出来るものならばやって見せたまえ」

 

 

 その幼い見た目からは想像も出来ない程の覇気が一帯を支配する。

 

 

「…ハハッ、燃えるなぁ」

 

 

 対峙するは悪と正義、更には英雄ときた。

 加えて男がその身に宿すは英雄に敗れた悪党の魔道である。

 

 向かう両者は違えども、その構図は奇しくもあの一幕を想起させるものでもあった。

 

 

アンタ・・・の魔道が天辺アイツに届くこと、教えてやろうぜ」

 

 

 男は口元を歪めて見せる。

 そうして、襲いくる覇気にも競り合う程の闘気を放った。

 

 

「よく見とけ英雄。コレが俺等の生き様やり方だ」

 

 

 そう告げると同時、男が全身に魔力と熱を廻し少女へと踏み込む。

 

 それが再戦の合図となった。

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