厄日

 アリア達が平野にて攻防を繰り広げる中、彼女達が発った王都では新たなる混乱が巻き起こっていた。

 

 

「ぅえアアあ…あぁぁァっ!!」

 

「くっ…うおぉぉぉ…ッ!!」

 

 

 デュークを捜索すべく王都へと派遣された兵士の一人が、手にしたハルバードを手に肉の異形へと突貫する。

 

 

「っ、ふんっ!」

 

「ぁアあっ!…いダィおぉォォおァァア!!」

 

「うっ…っ!、しまっ———」

 

 

 見事に突き刺さったハルバードを切り上げるようにして大きく切り裂く。

 

 噴き出す血と漏れ出る不快な声に兵士は顔を歪め、背ける。

 

 しかしそれ故か暴れるような反撃に反応が遅れてしまう。

 

 振り下される巨大な腕が彼の目前まで迫る。

 

 

「———《大雫ルー=グル=プルフ》」

 

 

 その瞬間、兵士の眼前に大量の水が弾ける。

 

 異形の腕は爆発するような水飛沫に消し飛ばされた。

 

 

「えオぉァアあア!!」

 

 

 異形は腕を失った激痛からか後退しながらのたうち回るように暴れ出した。

 

 

「あア、ぁぁアア———」

 

 

「———《水砲ルー=エル》」

 

 

「———お゛ボォッ!!!」

 

 

 そんな異形へさらに追い討ちを駆けるように水の砲撃が頭部と思わしき部位へと撃ち込まれる。

 

 異形は一瞬にして頭部を失い、まるで死に際の蝉のように一頻りのたうち回ると次第に動かなくなった。

 

 

「…本当に来るとはな」

 

 

 とどめを刺した男———ハイネスは王都の惨状を目の当たりにし眉を顰めていた。

 

 現在王都にはあの動乱の時と同じように異形の魔物が大量に湧き出ていた。

 

 それも以前のように一律して王城から襲来するのではなく、突如として街の中で発生すると言う凶悪極まりない登場だったのだ。

 

 異常を感じ取った時点で待機させていた傭兵を向かわせるも、既に民衆の中に犠牲が生まれてしまっていた。

 

 

「クソが…おい、大丈夫か」

 

「あ、ああ…助太刀感謝する」

 

 

 ハイネスの呼びかけに、尻餅をついていた兵はヨロヨロと立ち上がる。

 

 

「…まさか、あの悪夢のような災厄が再び訪れるとは…」

 

「全くだ。何処の何奴か知らねぇがやってくれたな」

 

 

 予想していたとは言え、予想外に突発的であった最悪の再来。

 

 むしろ想定していた分まだ早期の対応ができたと言えるだろう。

 

 

「っ、また来やがったか…おい、アンタ。此処は俺がやっとくから、そっちは民衆の先導を頼む」

 

「…了解した、すまないが頼む!」

 

「ああ…」

 

 

 二人の背後、その建物の影からわんさか這い出てきた異形を捉えたハイネスは、その悍ましい光景に怯んだ様子を見せた兵士を下がらせる。

 

 

「…流石にいびきかいてる傭兵共も起きたか?」

 

 

 あちこちで聞こえてくる戦闘音からそう当たりを付けるハイネス。

 

 流石にこれほど混沌とした中、いつまでも鼻提灯を膨らまして寝ている傭兵などいないだろう。

 

 王都は近年人員が不足している。

 それは王都周辺の魔物発生率の低さから実力ある特級以上の傭兵がより稼げるであろう場所へと移ってしまったからである。

 

 現在の王都で最も実力ある傭兵でさえ一等級の上澄み程度であり、正しく深刻な人員不足に陥っていると言えるだろう。

 

 しかしこの魔物は一体一体の脅威はそこまでではない。

 数ばかり多いために面倒ではあるが、少なくとも一等級程度の実力があれば十分に対処できるはずだ。

 

 ハイネスは周囲に発生した魔物の配置を把握すると、ゴキリ、と首を鳴らす。

 

 そうしている間にもワラワラと景色を埋めるほどに魔物が姿を現す。

 

 

「…最近は机仕事ばっかだったからな…」

 

 

 すると彼は徐に屈み込むと地面へと手を着く。

 

 そうして魔力を流し込んだ瞬間、辺り一帯を覆うような巨大な術式陣が淡く輝き出す。

 

 

 

「潰れろ———《深無底ルー=ヴェルツ=レ=メルグ》」

 

 

 

 彼がそう唱えると同時、彼を囲んでいた肉の異形達に異変が生じる。

 

 

「———ぇ、あ゛…ぁア゛ッ、ぼぇおオオ゛…ッ!」

 

「———ぉ゛ごッ、ぉぉおお゛…っ!」

 

「———ぶっ、ごッ…ごぎゅ…ッ!」

 

 

 突如として魔物達の肉体がまるで強力な力で握り潰されるように変形し始める。

 

 ブクブクに膨れ上がった肉体は逆再生するかのように無理矢理圧縮され、体の至る所から絞り出された血が噴水のように噴き出す。

 

 そうしてとうとう人間大にまで圧縮された魔物達が捨てられた空き缶の様に地面に転がる。

 

 その一連の出来事により、辺り一面は正しく血の海と化していた。

 

 

 形容しようのない不快な音を耳にしながら、非現実的なまでの奇怪な光景を顔を顰めて眺めるハイネス。

 

 

「…やっぱあんま使うもんじゃねぇな、コレ」

 

 

 ハイネスはこの世の地獄のような光景を目の当たりにし、自分で使用しておきながら使ったことを少し後悔する。

 

 

「さてと…」

 

 

 彼は一帯を一掃したことを確認すると、次なる目標を探すべく周囲を見渡す。

 

 そんな時だった。

 

 

「———」

 

 

 何かを察知したハイネスが咄嗟に首を傾ける。

 

 瞬間、彼の首元を掠める様に飛来する物体を捉える。

 

 通り過ぎた物体は地面に着弾すると硬質な音を鳴らして弾かれた。

 

 

「…何だこれ…」

 

 

 彼が飛んできたものへと一瞬目を向ければ、そこにあったのは独特な形を模した金属の塊であった。

 

 

「———ナッハハハハッ!すげぇな、今の避けんのかよ!」

 

 

 未知の物体を警戒する様に観察する彼の背後———その物体の飛来してきた方向からそんな愉快な声が聞こえてくる。

 

 

「はぁ…全く、流石元特級は違うなぁ」

 

 

 彼が振り返れば、屋根の上に片足を立てて座り込む男が見えた。

 

 

「超級はバケモン揃いだが、特級も特級でピンキリなんだっけか?ウチの隊長で上澄みも上澄みってところかね。流石に超級は…あー、でもいけるかもなぁ」

 

 

 訝しむハイネスに構わずペラペラと口を回す奇妙な男を無視し、ハイネスはその風貌を観察する。

 

 まず特徴的な仮面とローブ。

 コレはアリアの報告の中にあったスラム街で会ったという集団の装いに酷似している。

 この時点で恐らくはこの騒動に関与している存在だろうと容易に想像できる。

 

 次にその手に持つものだ。

 近しいものを挙げるのならば杖だろう。

 だがそれは杖というには少々歪であった。

 

 

「…あれ、何でなんも喋んねぇの?あ、もしかしてコレ?気になる?気になるよなぁ?コレはな…マスケット銃って言うんだが…あーでもこれ魔具だから違うのか。何だっけ、えっと…あぁ、《鉄の火杖》だ!どう、凄いっしょ?何個かあるんだけど、俺って魔術使えないからさぁ…頑張って作ったんだよなぁ」

 

 

 男が呑気な様子で嬉々としてマスケット銃、或いは《鉄の火杖》と呼んだその魔具。

 

 ハイネスはこの鉄塊もそれによって打ち込んだのだろうと予想した。

 

 ある程度観察を終えた彼は男に向け口を開く。

 

 

「…とりあえず聞くが…コレをやったのはお前らか?」

 

 

 聞くまでもないが念のためと言うやつである。

 そう尋ねれば、男は頭をかきながら答える。

 

 

「え、ああそうだな、その通りだ。ちなみに俺はその副隊長な」

 

 

 見せびらかすように声高らかに紹介した《鉄の火杖》に対しリアクションが薄かったことに白けたのか、そんな適当な返事をする男。

 

 あまり真面に取り合わない男に苛つきを感じるも、ハイネスは構わず続ける。

 

 

「目的は?」

 

「…なんか勇者の時も聞いてたよなソレ。別に目的っつー目的は無いなぁこっちは・・・・。強いて言えば荒らせればそれで良いって感じか?…あれ、もしかしなくても俺等ってただの荒らし?」

 

 

 一を問えば中身が空っぽな十が返ってくる。

 ハイネスはこの男とのやり取りに既に疲労を感じていた。

 

 ただこの男は『勇者の時も』と言った。

 つまり、前回の騒動も彼らによるもので確定だろう。

 

 

「…じゃあ、テメェは明確な敵って訳だ」

 

「おうそうだな。敵も敵、まごう事なき敵———」

 

「———《水砲ルー=エル》」

 

 

 両手を広げ軽い調子でそんな事を宣うローブの男。

 

 そんな男に向け、ハイネスは間髪入れずに一撃打ち込んだ。

 

 しかしソレを男は火杖の弾丸により真正面から弾き飛ばす。

 

 

「……おいおい、不意打ちなら獲れるとでも思ったのか?」

 

 

 僅かな沈黙が流れ、場の空気は唯の探り合いから一瞬にして殺し合いへと移り変わる。

 

 

「確かに俺は隊長程じゃねぇが…それでも引退した老耄に負ける程雑魚じゃねぇぞ。舐めんなよ老兵」

 

 

 そう鼻で笑う男は纏うヘラヘラとした雰囲気はそのままに、しかしゾッとするような濃密な殺意がそれら全てを包み込んだ。

 

 ハイネスは目の前の強敵に対し魔力を携え臨戦に入る。

 

 

「別に殺すつもりはねぇが…ま、死なねぇように頑張んな」

 

 

 そう呟いた瞬間、男は火杖を構え鉄塊を撃ち込———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———おやおやおや、珍しい物を持ってるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場の空気に似合わない酷く呑気な、されどその殺伐とした空気を飲み込むような、そんなチグハグな幼い声が響き渡る。

 

 

「……おいおい、マジかよ…」

 

 

 そう溢したのはローブの男。

 

 軽い足取りでやってきた少女に火杖を構えたまま固まってしまう。

 

 

「火杖か…ある程度その原理は理解できるが、何とも面白い発想だ」

 

 

 緑がかった金髪を揺らしながら男の踏ん反り返る建物の真下に来た少女は観察するように火杖を見ていた。

 

 

「な、なぁ…お前、この前支部に来てた奴か?」

 

 

 ハイネスは突如現れた少女に困惑するように呼び掛ける。

 

 少女はハイネスに振り返る。

 

 

「ああ、そうだよ。私は…あー、どこにでもいる普通の魔術師さ」

 

 

 何処か躊躇うようにしてそう答える少女に対し、ハイネスは何やら尋常で無い雰囲気を感じ取る。

 

 こちらからそれ以上踏み込むべきで無いと、彼の経験がそう叫んでいた。

 

 そんな二人の様子を上から眺めていた男は大きくため息を吐く。

 

 

「はぁーあ…よりにもよってアンタが来んのかよ…」

 

「おや、君は私のことを知っているのかな?」

 

「知ってるも何も…はぁ…こういうのが『どうしようもなくなる』ってことかね…っと」

 

 

 呆れを通り越してうんざりした様子の男はその場に立ち上がると揺ら揺らと魔力を溢れさせる。

 

 

「まあ、どうせ止めれねぇし…時間稼ぎできればそれで良いか」

 

「…ふむ、それは私達を相手にするということで良いのかな?」

 

「ああその通りだよ。ったく勘弁してくれよなぁ、重労働にも程があるぜ本当によ」

 

 

 そう愚痴る男は懐から何かを取り出した。

 

 

「…それは何かな?」

 

 

 その物体を見た少女は怪訝そうに眉を顰めた。

 

 

 

「さぁ、何だろう———なッ!!」

 

 

 

 次の瞬間、男は自身の左胸に捩じ込むようにソレを押し込んだ。

 

 同時に悍ましい魔力が爆発する。

 

 

 

「…」

 

「何だ!?」

 

 

 

 抉るように押し込まれたソレは彼の左胸に潜り込むように侵入する。

 

 

 

「お゛…ッ、ごッ…あ゛ぁい゛っでぇなぁ…」

 

 

 肉を割き、骨を砕き、血管を引きちぎり、先の異形が潰れるソレにも似た吐き気さえ催すような音を鳴らしながらソレは男の肉体を侵す。

 

 苦しみながらもその侵入を男が拒むことはない。

 

 

「ッ…あ゛…ッ…はぁ…はぁ…こんなんなるなら言っといてくれよな…」

 

 

 次第に苦痛も収まったのか、荒い呼吸を繰り返しながらも何とか元の調子を取り戻す。

 

 そうして再度向き直った男の胸元には、明らかに人間のものでない、心臓にも似た臓器が脈動していた。

 

 

「…宝具…魔物の心臓…いや、違うか」

 

 

 少女は男の取り込んだソレを、或いは男自身を険しい目で睨みつける。

 

 宝具と言えばそのルーツが不明でありながら使用すれば莫大な恩恵が得られるという、まさに『宝』と表記するに相応しい代物である。

 

 しかし、今ハイネスの視界に映るそれはとてもそう呼べるものではない。

 

 グロテスクなフォルム、赤熱した表面、まるで溶鉱炉のようにグツグツと煮え滾る熱が溢れ出る。

 纏うローブは灼き切れ、心臓を中心に赫く燻るような血管が全身へと広がっている。

 

 

「…君は他を相手しておきなさい」

 

「…は?アンタはどうすんだ?」

 

「決まってるだろう、アレを殺す」

 

 

 彼女の視線の先にあるのは、当然のことながらたった今人とそれ以外の境界線を踏み越えたようなものへと変わり果てた男である。

 

 

「…出来んのか?」

 

「ああ、ああいう類の者は何度か相手している」

 

 

 アレを前にしてなお何ら変わらぬ様子で平然とそう言ってのける少女にハイネスはある種の薄気味悪ささえ感じた。

 

 しかし、ハッキリ言って今の自分ではアレを相手するには余りあるだろう。

 

 

「…そうかよ…なら、頼んだ」

 

「ああ、任せたまえ」

 

 

 ハイネスへ視線を寄越すこともなく堂々とそう返す彼女を尻目にハイネスは次なる犠牲者を救わんとその場を離れる。

 

 男はソレを追うこともなく、しかし目の前の少女からは決して目を離さなかった。

 

 

「……さて、君にたった今から跡形もなく消えてもらうことになった」

 

「…はぁ、ほんと厄日だなぁ」

 

 

 王都へ災厄を齎した男がそんな事をほざく。

 

 そうして腰から抜いた剣を持つ腕を、少女へ真っ直ぐと向けた火杖に添えるように構え、湧き出る魔力と焦熱を踊らせる。

 

 

 

 

「…じゃ、やるだけやりますか」

 

「さようならだ、名も知らぬ狂人君」

 

 

 

 

 王都の街中、その中心で新たなる戦いが勃発した。

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