託す意思

 ◾️◾️は気付けば街道に立っていた。

 

 周囲には見知らぬ人が行き交い、しかし見覚えのある建物が立ち並んでいた。

 

 そんな中、◾️◾️は自身の中にあるとある存在に気がついた。

 

 それは頭を埋め尽くすほどの使命感。

 見覚えの無い単語に、ほのかに心当たりのある記憶。

 

 

 

 ◾️◾️は足を踏み出した。

 

 

 

 ———来るかも分からない、その出会いに向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都から森へと続く平野を幾つかの馬車が駆け走る。

 

 先導する馬は力の限りに引き、馬を導く御者はその顔に焦燥を浮かべ鞭を振るう。

 

 舞い上がる土埃、車輪を浮かす石ころもなんのその。

 唯只管に森へと直進する。

 

 

「…本来なら魔術で飛んだ方が早いのでしょうが…」

 

 

 傭兵部隊は現在森へと向かうべく馬車を走らせていた。

 

 一つの台車に数人、それが片手で数えられる程度に平野を高速で移動している。

 

 

「魔術を使えない人も居るからね」

 

「もともと魔術使える人の方が少ないし…」

 

 

 苦笑混じりにアリアが言い、付け加えるようにカローナが呟く。

 

 《風翼リド=ルーゲル》などの魔術を使用すれば道すら無視して向かうことさえできたが、アリアを含め此処に居る者は皆が魔術を行使できるわけではない。

 

 アリアは苦笑混じりに仕方ないと言うが、実際身体強化で走り去ってしまいたいくらいには焦燥に満ちていた。

 

 件の異変が起きている森にデュークが居るかもしれない。

 その事実に加え先日の男の言葉も相まって、彼女の思考は見た目程冷静ではいられない。

 

 

「まあ、そう焦りなさんなアリア様」

 

 

 そんな彼女の様子に、向かいに座る茶髪の男が話しかけてくる。

 

 

「えっ、と…」

 

「ああ話した事ないもんな。俺はライル、一等級傭兵だ。傭兵歴だけならアンタより先輩だぜ」

 

 

 そう得意気に言うライルと名乗る男。

 

 

「よろしくね、ライルさん」

 

「カローナ。よろしくね」

 

「ユラです。訳あって、今回の作戦に参加させていただいております」

 

「おうよ」

 

 

 改めて名乗るアリアに便乗するように挨拶するユラ。

 

 

「ところでユラ、って言ったか?訳あってって言うが…その服…そう言う事だよな?」

 

 

 ライルは返事代わりに軽く手を上げると、ユラの服装に目を向け控えめにそう尋ねた。

 

 今の彼女の服装は戦闘用に着替えているわけでも無ければ、況してや私服ですらない。

 

 いつも通りの執事服である。

 

 ライルはその戦いに赴くとは思えない服装を見ても気を悪くする事はなく、寧ろ何かを察した様子であった。

 

 

「…はい、私は殿下の付人をさせていただいております」

 

「やっぱりか…けどアンタ、戦えんのか?」

 

 

 この際服装には何も言わなかった彼であるが、実際戦えるのかどうかは重要である。

 

 ただ付き人という立ち位置を理由にこの場に赴いたというのであれば直ぐに引き返すべきだろう。

 

 その質問に、ユラは迷う事なく答える。

 

 

「勿論です。私は殿下の護衛も兼任させていただいております故…この場にいる誰にも負けない自信もございます」

 

「…ほう、言うねぇ?」

 

 

 彼女の発言に一瞬、客車内にヒリついた空気が流れる。

 

 

「あー、ユラさん凄い自信家だから…!」

 

「うわぁ…」

 

 

 焦ったアリアは代わりにとそんな弁解にもなっていない弁明をする。

 カローナは真顔でそれを言ってのける彼女にドン引きしていた。

 

 

「…なんてな、冗談だよ。あの殿下の護衛だ、弱え訳ねぇよな」

 

 

 むしろそれじゃ困る、そう言う彼は朗らかに笑う。

 

 アリアは柔らかくなった空気に胸を撫で下ろすと、ユラへ咎めるような視線を向けた。

 

 

「もうユラさん、今は大丈夫だったけどあんまりそう言うこと言わないでね?」

 

「…そう言う事とは?」

 

「煽るような事!デュークは気にしないけど怒る人は怒るんだから!」

 

「ハハッ、ユラさんって面白いね」

 

 叱りつけるアリアに何のことだとまるで理解していない様子のユラ。

 そしてそれを笑いながら眺めるカローナ。

 

 これから戦場へと向かうとは思えない日常的な光景がそこにはあった。

 

 気が抜けている、といえばそこまでだろう。

 しかし緊張すべき戦闘の前から気を張り詰めていてはいざその時になって精神力をかいてしまうかもしれない。

 

 重要なのは緊張と緩和である。

 

 

「まあまあ、そんな怒んなくても良いじゃん?」

 

 

 しかし、前提として今は異変の只中。

 ならばこのような光景など長く続こう筈もない。

 

 

「とにかく、今からはもうちょっと———」

 

 

 そうアリアが忠告しようとした時だった。

 

 

「———」

 

 

 聞いているのか聞いていないのか分からない無表情でアリアを見ていたユラの眼が鋭く見開かれ馬車の進行方向を向く。

 

 そうして徐に立ち上がり全ての馬車へ届くような声量で叫ぶ。

 

 

「馬車を止めてくださいッ!!!」

 

 

 ユラがそう叫び思わずと言った風に御者が馬の手綱を引いた瞬間、馬車全体に強い衝撃が加わった。

 

 同時にユラの全身を空気が揺らぐ程の殺気と魔力が覆った。

 

 

「何が…!」

 

 

 アリアは突然のことに驚き四つん這いになるも、すぐさま立て直し正面を見据えた。

 

 その時、目に入ったのは———切断された御者と馬の首であった。

 

 息を呑むアリアは即座に剣を抜き、魔力を纏い臨戦体制へと移行する。

 

 

「おいおいこりゃあ…」

 

 

 ラウルや他の傭兵たちも既に武器を手に馬車を出て目と鼻の先にいるであろう敵を見据えた。

 

 ユラも未だ夜の闇に紛れ姿を眩ます存在の気配を探る。

 



 ———キラリと奥が細く煌めく。



 

 瞬間、ユラによって壁のように生成された刃から火花が散る。

 

 周囲から肉が切り裂かれる音がした。

 

 

「な———」

 

 

 アリアは何が起きているのか把握しきれていなかった。

 

 闇の中に小さく光る何かが現れた瞬間見えない刃が飛んできている。

 

 魔術ではない。

 微かな魔力は感じ取れるが、魔術ほど露骨ではなく、況してや剣の類も捉えられない。

 

 再度鳴り響く硬質な音と共に数人の首が跳ぶ。

 

 見れば、既に逃げ出している傭兵さえいた。

 

 見えない敵、未知の攻撃。

 ユラでさえすぐ目の前まで来ている相手の全貌を把握しきれない。

 

 そうして三度目、平野の奥が煌めいた。

 

 

「———そこッ!」

 

 

 守るように生成した刃に火花が散ると同時、ユラが構えたナイフを音さえも置き去りにして投擲する。

 

 空気を切り裂き一直線に飛んだナイフは一秒と掛からずに闇の中で弾かれた。

 

 それを確認したユラは地面を蹴り飛ばすような勢いで前方へと跳ぶ。

 

 そうして数歩踏み込んだところで脚を薙いだ。

 

 その瞬間、金属が衝突したような甲高い音が夜空に木霊する。

 

 直後、突如としてアリアの視界に一つの人影が現れる。

 

 

「!?」

 

「…急に現れた…?」

 

 

 完全に視界の中に収まっていたはずだと言うのに、その姿どころか気配さえ捉えることができなかった。

 

 今ユラ以外の者たちには人影が突如として現れたように見えたことだろう。

 

 

「あの仮面…!」

 

 

 現れた存在はスラム街であった者達のようにローブを纏いフードを深く被っていた。

 

 そしてアリアはその奥に、黒い男の身につけていたものと同じ仮面を見た。

 

 それはつまり、奴らの組織…何よりあの不気味な男が関わっているということでもある。

 

 

「…」

 

 

 ユラの蹴りを片腕で防いだ人影は一瞬アリアの方へと視線を向けたように見えた。

 

 そうして彼女を弾き飛ばし、アリア達の方へと退ける。

 

 同時にユラの蹴りに大きく後方へと弾かれる人影。

 

 

「…ライル様、傭兵達を連れて撤退なさって下さい」

 

 

 アリアの目の前にまで来たユラはライルへそう丁寧に、されど命令するように語気を強めて言う。

 

 

「……ああ、了解した。…良いんだな…?」

 

「はい、此処は私めにお任せを」

 

 

 プライドか、はたまた彼女に気を遣ってか、一瞬逡巡する様子を見せるも、チラリと対するローブの存在を見遣ると首を縦に振る。

 

 

「…アリア様も、急ぐぞ」

 

「え、で、でも———」

 

「———ねえユラさん」

 

 

 ライルが剣を納め足早に撤退の準備をする。

 

 相対する敵、ユラを見つめ迷いを露わにするアリア。

 

 そんな中、カローナが一つ声を上げる。

 

 

「…何でしょうか」

 

 

 ユラは目の前に居るであろう存在から視線を外すことなく、意識だけを彼女へと向ける。

 

 アリアが希望を見出したようにカローナを見遣る。

 

 

「こっから先さ、私とアリアに任せてくれないかな?」

 

「……え?」

 

 

 そんな素っ頓狂な声を溢したのはアリアであった。

 

 しかしそれも無理はないだろう。

 此処でユラへと加勢するわけでもなく、このまま自身と二人で突っ切るなどと言うのだから。

 

 

「…どう言うことでしょうか」

 

 

 ユラも隠しきれない困惑を見せ尋ねる。

 

 

「全員で行くのは無理。…でも、このまま引き下がるわけにはいかないでしょ?」

 

「…」

 

 

 ユラは答えない。

 

 しかし、その意味するところは沈黙という名の肯定であった。

 

 デュークが森に消えた可能性は決して否定できない。

 そして、もしそれが可能性では無いのだとしたら…

 

 と、そう思えば出来ることならこのまま進みたいに決まっている。

 

 

「この部隊で攻略も逃走も成功の確率が高いのは私とアリア…なら、私たちで行くしかなくない?」

 

 

 此処にいるのは皆一等級の傭兵だ。

 しかし、同じ一等級とは言えど必ずしも実力が拮抗するわけではない。

 同じ階級でも実力はピンからキリまで存在するのだ。

 

 そして、今この場に居る者達の中で秀でた力を持つのは…アリアとカローナである。

 

 

「しかし———」

 

「———アリアはどう?」

 

 

 あまりに危険だと制止しようとするユラ。

 

 そこでカローナはアリアへと尋ねた。

 

 貴方はどうなんだ、と。

 

 

「ボ、ボク、は…」

 

 

 普通に考えれば間違いなく危険だ。

 例えカローナが居たとしても何があるか分からない、悪意の存在するかもしれない森を二人のみで探索などあり得ないだろう。

 

 アリアは尋ねたカローナではなくユラへと視線を向ける。


 その時、彼女は確かに見た。

 向けられるユラからの視線、その中に僅かな、ほんの僅かな期待・・が込められていたことを。

 

 その瞬間、アリアは己の奥底にあった本心と共に答える。

 

 

「…分かった、ボクも行くよ」

 

「…本気ですか…?」

 

「うん」

 

 

 危険だ、間違いなく。

 もしかすると相手の本拠地さえあるかもしれない。

 

 だがそれでも…

 

 

「ボクだってここで諦めたくない…っ」

 

 

 少しでも可能性があるのなら。

 ほんの少しでもそこにデュークがあるのなら。

 

 捨て置く選択肢などありはしない。

 

 押し留めていた本心を曝け出し、アリアは迷いの一切を振り払った澄んだ声でそう告げた。

 

 ユラはその顔を歪め静かな目を伏せる。

 

 

「…どうか、無力な私に代わりよろしくお願い致します」

 

 

 悔しさを大いに含んだ噛み締めるような声でそう溢す。

 

 

「よっし、なら———行くよ!」

 

「…え、うわぁッ———!」

 

 

 彼女の返事を聞くや否やカローナは背中に風の翼を生み出しアリアを抱えると、平野を飛び越えるようにして森の方へと一気に直進する。

 

 同時に暗闇が閃く。

 

 

「無粋な」

 

 

 しかしユラがその尽くを切り裂き、撃ち落とす。

 

 そうして足下を蹴り砕き、人影目掛けて思い切り拳を振るう。

 

 迎え打つ掌底と拳が衝突し、生まれた波動により草木が大きく揺らいだ。

 

 ユラは燃えるような闘気を孕んだ瞳でその仮面の奥を睨みつける。

 

 

「お前の相手は私だ———」

 

 

 押し潰すような威圧を込めそう告げた彼女は踏み込んだ脚で地面を更に踏み抜く。

 

 

「———此処からは、王都にも森にも近づけはさせん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間——————平野が剣塚へと変貌する。

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