灯る光、霞む輝き

 王城訓練場にて戦闘音が響く。

 荘厳さ醸し出す王城ではあるが、このような物騒極まりない轟音が響けども騒ぎだす阿呆など居ようはずもない。

 

 

「《冰剣アス=パルダ》」

 

 

 訓練場、《闘神の円庭》にて相見える影は二つ。

 

 そのうちの一つが魔術師然としたローブに身を包み、魔術により無数の氷の刃を放つ。

 

 そしてその悉くを一方の執事服を身につけた女性が右の拳にて叩き落とす。

 

 

「ッ、《凍結大地アス=アヴァト=ヴリーズ》!」

 

 

 ただ正面から攻めるだけでは埒が開かないと判断した魔術師———デュークは、踏み締めるようにして術式を展開。

 

 発動された魔術によって瞬く間に円庭上が氷の大地へと変貌する。

 

 

「…」

 

 

 向かう執事服の女性———ユラはそれを回避することなく受け入れる。

 

 凍結する大地に巻き込まれ、彼女の足先が氷に包まれた。

 

 デュークは一瞬眉を顰めるも流れるように地面へと両手を着き———

 

 

「———《破砕流ガラ=ルジオ=ガリア》!」

 

 

 彼の眼下の地面に亀裂が走ると同時、爆ぜるように地面が捲り上がる。

 

 巻き上がる瓦礫や土砂は表面を覆う氷を巻き込み津波の如き小さな災害と成る。

 

 対するユラはそれを見上げるようにして眺めていた。

 

 

「…早さは十分———」

 

 

 そうして、ほとんど直立した状態から軽く拳を引き、

 

 

「ですが」

 

 

 ———迫り来る波目掛けて、振るう。

 

 

「———少し、弱いですね」

 

 

 拳と触れた瞬間、幕のように広がる瓦礫の波がカーテンのように左右へと分たれる。

 

 だが覆われていた彼女の視界が晴れた瞬間、その視界に新たに飛び込んできたのは特大の火球。

 

 

 ———《爆隕ヴォル=オ=テオ》。

 

 

 瓦礫の波の影よりデュークが放った文字通りの隠し球である。

 

 

「ふ…!」

 

 

 ユラは拳を振り切った姿勢から手前へと踏み出した脚を軸として爆発的な速度で回し蹴りを放つ。

 

 火球が足先に弾かれると同時、衝撃と熱の波が円庭全体へと伝わり両者の髪が揺らいだ。

 

 弾かれた火球はあらぬ方向へと飛ばされ結界へと触れた瞬間最後の役目とばかりに大爆発を起こす。

 

 

「…術式の構築、展開、発動速度は共に十分…並の相手ならば何の問題もないでしょう」

 

 

 薙いだ脚をゆっくりと下ろしデュークへと向き直った彼女はそう評価する。

 

 

「…並の相手、か」

 

 

 一方でそれを聞いたデュークは顔を顰め不満を露わにする。

 

 彼女なりの称賛であるということは理解していても納得し得ない評価のようだった。

 

 

「それでは…足りないな」

 

 

 とうとう口に出し瞳に更なる闘気を宿した彼はその身に魔力を巡らせ術式を構築する。

 

 ユラはそれを感じ取りつつも臨戦の構えを取ることはない。

 

 だがデュークはそれを戦意の喪失ではなく単に臨む戦いがそこには無いだけだという事を知っている。

 

 故に、彼の魔導は止まらない。

 

 

「———《万雷ノ大鷲トル=ヴェスタ=ディラーゼ》!!」

 


 彼の背後に落雷が落ちると同時、空を駆ける獣を模した雷光が生まれる。

 

 見開かれた射抜くような瞳、

 露わになる大きく巻き込んだ鋭い鎌のような爪、

 巨大な両翼を左右へと広げる悠々とした姿。

 

 現れた大鷲は甲高い鳴き声を轟かせる。

 

 

「まだ、喰らいつくぞ———」

 

 

 デュークが掌をユラへ向け翻せば、侍る大鷲は空を打つように前方へと翼を仰ぐ。

 

 瞬間、突風と共に稲妻が迸る。

 

 ユラはそれを横へ大きく退くようにして回避する。

 

 だが彼女がデュークから視線を外した瞬間、大鷲の姿が掻き消える。

 

 そうして地に足を着いた頃には彼女の背後に現れ、その爪を首筋目掛けて振るう。

 

 しかしその一撃は彼女に届くことはなく、突如空間に現れた光沢を放つ刃によって阻まれる。

 

 大鷲を一瞥した彼女は同時に地を蹴り反対側へと蹴りを放つ。

 

 その瞬間、硬質な音が鳴り響いた。

 

 

「ッ、駄目か…」

 

 

 見れば正面からその背に《風翼リド=ルーゲル》を生成し、ゼロ距離にまで迫ったデュークがその翻す掌から氷の針を突き出していた。

 

 その切先がユラの魔力を纏う脚と衝突する。

 

 

「ソレをするなら、殺気を消してください———」

 

 

 デュークは瞬間的に上昇することで彼女の貫手を回避し、そのまま大鷲に乗り上空へと舞い上がった。

 

 

「ならば…———《凶風ノ陣リド=ドルボ=リーガ》!」

 

 

 そうして彼女が蹴り出した時点で構築していた術式を発動する。

 

 するとユラを中心とし円形に風が吹き始め、次第に暴風へと成り果てた。


 続け様に彼は手を真上へと掲げる。

 

 

「《雷蛍トル=セクタ———」

 

 

 彼がそう唱えれば円庭上に無数の稲妻を圧縮したような球体が出現する。

 

 彼は意識を掌へと集中させ———

 

 

「———=ファズマ》!!」

 

 

 ———その手を握り込む。

 

 瞬間、疎らに浮遊していた雷球が一斉にユラ目掛けて収束する。

 

 

「…成程」

 

 

 渦中のど真ん中にいるユラはソレを他人事のように眺めると、体勢を低く、魔力を巡らせる拳を握り締め肘を引く。



 そうして地面目掛けて打ち込んだ。



 

「ハッ!」


 

 

 舞台が揺らぐような衝撃が走る。

 

 生まれた拳圧によって迫り来る雷球が吹き荒れる暴風ごと消し飛ばされた。

 

 

「クッ———!」

 

 

 デュークは大鷲に乗ったまま急降下する。

 

 そしてユラがいる地点から僅かにずれた場所へと着地すると同時に叩きつけるように地面へと手を着き魔術を行使する。

 

 

「《極炎界ヴォル=ロ=テラ》!」

 

 

 地へ流れる魔力が一瞬にして熱へと変換される。

 

 爆発の如き熱気を放つと共に円庭は瞬く間に炎上し火の海へと早変わりする。


 ユラはソレを跳躍することで翻し、一直線にデュークの方へと跳んだ。

 

 デュークはソレを視界に捉えると新たなる魔術を構築する。

 

 

「———」

 

 

 そうして彼女目掛けて放つ。

 

 

「———《火炎灼ヴォル=ファウ=ディエス》!!」

 

 

 彼の掌から視界を埋め尽くすほどの火柱が放出される。

 

 目の前にいたユラは火に飲まれ、一瞬のうちに消え去った。

 

 だがそれでも彼は油断しない。

 更なる追撃に備え、次なる魔術を構築———

 

 

「———殿下」

 

 

 背後から聞こえた声にデュークは振り向き様に魔術を放つ———

 

 

「っ…!」

 

 

 しかしその視線が彼女に向いた頃には既に彼の視界には突き出された拳が映り込んでいた。

 

 寸前で止められた拳から爆ぜるような突風が生まれる。

 

 

「…」

 

 

 何度目かの敗北を悟ったデュークは纏う魔力を霧散させ、その場で呆然とした。

 

 ユラは腕を下ろすと改めてその姿勢を正す。

 

 

「…繰り返しますが、殿下の魔術は十分なものかと思われます。そう焦ることは無いのでは?」

 

 

 彼女は落ち着いた口調で再度彼の能力をそう評価する。

 

 デュークの魔術は実戦において既に三節詠唱までもを常用することに成功している。

 今はユラによって殆ど完封状態にあるものの、これがそこらの雑兵程度であればどれ程集まろうと意味を成さないだろう。

 

 彼は間違いなく力を得ているはずだ。

 

 しかしデュークはそれを聞いてなお満足しているようには見えなかった。

 

 

「…それくらいなら、アリアでも出来るだろう」

 

 

 そう言う彼は、ユラの言う通り何処か生き急いでいる様に見えた。

 

 

「努力は一日にして成らず。剣も魔も、それは変わりません。殿下が私に勝てなくとも他には常勝する、それは確かな進歩と言えるでしょう」

 

 

 煽りを含む彼女の言葉ではあるが、決して的外れな物言いではない。

 

 彼の魔術も初めから今の様に使えたわけではないのだ。

 

 彼の男の言葉を聞き、取り入れたのもつい先日のこと。

 そうすぐに実ることがあろうはずもない。

 

 

「…殿下、どうかご自愛下さいませ。それに———」

 

 

 そこまで言って、彼女は彼の後ろへと視線を遣る。

 

 

「———今日はお客様もおられる様なので」

 

 

 デュークは彼女にそう言われ、同じ様に背後へと振り返る。

 

 

 そこには———

 

 

 

 

 

「———アリア…」

 

「あはは…」

 

 

 

 

 

 ———控えめな笑みを浮かべる、幼馴染の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に来ちゃってごめんね…」

 

 

 ユラに促されるまま中庭までやって来た二人。

 

 噴水の側のベンチへと腰掛けたアリアの一言目はそれだった。

 

 

「…いや、構わん」

 

 

 それにデュークはそんな素っ気無い言葉しか返すことができなかった。

 

 それはいつもと変わらない、言葉の足りない彼なら普通の返答のはずだ。

 だが、今だけは何かが違った様な気がした。

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 両者の間に気まずい沈黙が流れる。

 

 普段ならあり得ない間は、まるで両者の間にある何かの距離が遠のいた様にも見えた。

 

 

「…来たのであれば何か用があるのだろう」

 

 

 そんな静寂を破ったのはデュークであった。

 彼は彼女へ促す様に、されど視線を合わせることなく尋ねる。

 

 

「…うん、実はね———」

 

 

 そんな彼とは対照的に、アリアはこちらを見ないデュークの方へと顔と目を向けて告げる。

 

 

「———ボク、今度の森の異変の調査に参加しようと思うんだ」

 

 

 彼女の口から発せられた事実はデュークの耳へと確かに届いた。

 

 彼は目を見開いて思わずといった風にアリアの方を見遣る。

 

 その時彼の瞳に映った彼女は以前の様な危なっかしさは無く、元の柔らかさを取り戻しつつあった様に見えた。

 

 

「…何故だ?」

 

「ハイネスさんと話してね…近いうちに前みたいな動乱が起きる可能性があるからそれに備えるんだって」

 

 

 「まだ許可は取ってないから入れるかわからないけどね」と、真っ直ぐとデュークを見て言う。

 

 対する彼の瞳は小さく揺れていた。

 

 

「…危険だろう」

 

「…そうだね。そうだと思うよ」

 

 

 「でもね」と彼女は続ける。

 

 

「どうしてもこの異変の真実はこの目で確認したいんだ。…それに、私一人じゃきっとどうしようもないから…調査なら何か出来ることもあるかも、って思って」

 

 

 一言、また一言と、力強い決意が語られる。

 

 そこに、ただ我武者羅に突っ走る無謀な姿は無い。

 

 理性と共に掲げる想いがあった。

 

 

「…何だ、それは…」

 

「…デューク?」

 

 

 デュークはまるで意識を失った様に呆然とした。

 

 ならば、だと言うのならば、己の決意は何だったのか。

 

 彼女を守ると、強くなると誓ったアレは一体何だったのか。

 かの御仁の言葉が己を奮い立たせた、あの日変わった己に何の意味があったのか。

 

 

「…アリア…」

 

「ん、何?」

 

 

 アリアは彼の様子に違和感を覚えるも、その呼びかけに答える。

 

 そうしてデュークは顔を伏せたまま一言告げた。

 

 

「———その調査には参加するな」

 

「……え?」

 

 

 アリアは彼の威圧感すら孕んだ言葉に困惑する。

 デュークは彼女の様子など見ることもなくさらに続けた。

 

 

「あまりに危険だ。今のお前が居なくなっては王都は更なる混乱に陥るだろう」

 

「そうだけど…ちゃんとハイネスさんから許可があれば———」

 

「組合とて必ずしも信用はできない。事実、今も異変への対応が不十分だ」

 

 

 捲し立てる彼の言葉は棘どころか触れる者全てを切り裂く様な鋭さがあった。

 

 それに異様さを感じたアリアは彼を宥める様に言う。

 

 

「大丈夫…とは言えないけど、誰かがしなくちゃいけないんだ」

 

「ならお前じゃなくてもいいだろう」

 

「それは…確かに、ボクの我儘だけど…今度は一人で突っ込んだりなんかしないよ」

 

 

 アリアは自身の間違いを確かに自覚した。

 自分たった一人で出来ることなんて知れている、だからこそ誰かを頼り共に望むのならば何か得ることはできるはずだ。

 

 そう結論付けた。

 そしてそれは、奇しくもアインスに言われた頃に導き出した答えと似通っていた。

 

 結局、自分はまた昔に戻っただけだったのだ。

 

 

「っ」

 

 

 デュークの頑なな様子に、しかしアリアも引くことはなかった。

 

 

「……そう、か」

 

「…ごめんね。けど、もう決めたことなんだ。だからデュークにだけは伝えておこうと思ったんだけど…」

 

「…いや、いいさ。お前が決めたことだ」

 

 

 そうして彼は折れた。

 

 彼女がいつになっても一度決めたことを曲げないのは昔から変わらないことを思い出す。

 

 

「…今日はそれだけか?」

 

「え、う、うん」

 

 

 どうやら本当にそのことを伝えに来ただけだったらしい。

 

 実際、組合や家の者以外で彼女にとって親しい人間など数える程度しかいない。

 

 律儀な彼女はいざその時になって心配しないよう予め伝えておこうと考えたのだろう。

 

 それを聞き届けたデュークはスッ、と立ち上がる。

 

 

「用が無いなら早く帰れ、家の者も心配する」

 

「そう、だね…」

 

 

 アリアの方を見ることもなく、スタスタと歩き彼女の下から去ってゆく彼。

 

 アリアの視界の中で段々と彼の背が遠のいて行く。

 

 

「———ねぇ、デューク!」

 

 

 だからだろうか。

 

 何処か見覚えのある、そんな感覚に襲われたに彼女は反射的に彼の名を呼んだ。

 

 

「……何だ?」

 

 

 足を止め、肩越しに少し顔を傾けて聞いている様子を見せる彼。

 

 

 

「…デュークは、何処かに行ったりしない…よね…?」

 

「っ!」

 

 

 

 そんな懇願する様な言葉が彼の背を撃つ。

 彼の身体が小さく、ほんの僅かに揺らいだ。

 

 

 

 

「…ああ、勿論だ」

 

 

 

 

 彼女の声にそう返答した彼は、そのまま宮殿の奥へと消えていってしまった。

 

 その声に、姿に———

 

 

 

 

 ———いつものような輝きは無かった。

 

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