潜む者

 傭兵組合王都支部。

 

 その執務室にはいつも同じ男が居る。

 合間合間にタバコを吸い、コーヒーを含み、またペンを持つ。

 

 がっしりとしたその肉体とは裏腹に、いつも椅子に縛り付けられている哀れな男、ハイネスは今日も今日とてデスクの前で腕を組んでいる。

 

 

「…お前がクランツで間違い無いな?」

 

 

 しかし、どうやら今日は彼一人ではないようである。

 

 彼の座る正面、その扉の前には彼とは別にもう一人の傭兵が立っていた。

 

 

「ああ、そうだが…何の用だ?」

 

 

 クランツと呼ばれた男は惚けたように言う。

 

 

「まあ何だ、ちょっと聞きたいことがあってな」

 

 

 そんな彼へハイネスはとある資料を取り出し、徐に読み上げる。

 

 

「十六…これがなんの数字か分かるか?」

 

 

 資料の端から覗く彼の鋭い眼光がクランツを捉える。

 

 

「…数字だけじゃわかんねぇよ」

 

「そうか、お前には心当たりがあると思うんだがな」

 

 

 ハイネスは資料をデスクに置くと再び胸の前で腕を組む。

 

 

「グレイウルフ変異種二名、ベルミレス変異種四名、ゴブリン変異種七名、オーク変異種、三名…通算十六名…これだけ言っても分かんねぇか?」

 

「…さぁな」

 

「…随分と冷たいんだな」

 

 

 ハイネスは置いた資料を摘み、見せつけるようにして突き出す。

 

 

「これはな…お前が参加した変異種の依頼の死亡者の数だ」

 

「…そりゃあ、えらく人材が減ったもんだな」

 

「ああ、本当にな」

 

 

 クランツは自身が参加したと言う点には触れなかった。

 

 ハイネスは大きく背もたれに倒れ込むようにして背を預ける。

 

 

「組織ってのは難しいもんでなぁ。何か失う可能性があっても手を動かさねぇといけない時があるんだ」

 

「お偉いさんの苦労なんざ俺には理解できねぇな」

 

「出来なくても構わねぇよ。…それでな、今回もそうだったんだよ」

 

「…」

 

 

 クランツは喋らない。

 ハイネスはソレを無視するようにして続ける。

 

 

「今回の森の異変…異様な死亡数に図ったかのような遭遇条件。前回と前々回は死体が消えた…」

 

 

 そう言う彼は懐から何かを取り出す。

 

 

「…で、これが見つかった」

 

 

 キラリと光る何かのプレート。

 

 傭兵であるクランツは一目見てソレが何かを理解する。

 

 

「傭兵証…か」

 

「そうだ。これがな…先の動乱で出現した魔物から出てきたって言うんだよ…人間をこねくり回したみたいなアレからな」

 

 

 先日、世界中を震撼させた事件にて確認された怪物。

 不気味な呻き声を上げ、理性を失ったように暴れ回っていたソレは、しかし何処か人間を思わせる部位を残していた。

 

 例えば腕、例えば脚、例えば声、そして…顔。

 

 そんな怪物のうち、とある一体から検出された傭兵証。

 

 

「流石にコイツには見覚えあるだろ」

 

「…あぁ」

 

 

 そこに書かれていたのは、最後にゴブリンの変異種の依頼を受けたあの男の名前であった。

 

 ハイネスは再びソレを懐にしまうと足を組み直す。

 

 

「この異変の不自然さに加えて依頼で消えた死体の行方まで見え始めた…これはもう件の事件と異変は繋がっていると見ていいだろう」

 

「そうで無くとも森の異変に人間の手が加わっていることは確定だ」

 

 

 そこまで言って、ハイネスは目の前の男を睨んだ。

 

 クランツはその視線を受け流すように飄々とした様子で返す。

 

 

「…だから?そんなんで偶々生き残っただけの・・・・・・・・・・俺が犯人だって言いたいのか?勘弁してくれよ、ハイネスさん。」

 

「…」

 

 

 あまりに白々しいその態度を受けてなお、ハイネスはただ彼を睨みつけるだけだ。

 

 

「俺だって死にかけたんだぜ?それを…せめて証拠でも出してから———」

 

「———あるんだよ」

 

「………あ?」

 

「あるんだよ。証拠というか証言だがな」

 

 

 ハイネスのその言葉にクランツは時が止まったように固まる。

 

 

「お前が一緒に依頼を済ませた傭兵の一人がな、言いに来たんだよ…『クランツって奴に足を斬られた』ってな」

 

「…混戦ならそう言うこともあるだろ」

 

「一度や二度ならな。だが、そいつを皮切りにお前にやられたって奴が何人か居たんだよ」

 

「そいつらがグルって可能性は?」

 

 

 今度はクランツが責めるように問う。

 

 

「…お前が昨日オークの変異種を狩りに行った時、一緒にいた五人のうち生き残ったのはお前ともう一人だ。そいつの足首にはな、そこそこ深い、ナイフで切られた跡があったんだよ。オークは素手で、他の奴の得物は刃物じゃない…擦りむいたにしちゃあ深過ぎる」

 

「後から付けたんだろ」

 

「———で、そこには魔力が残ってた…鎧の上からだったからか、確実に傷つけれるようにしてるみたいにな。まあ、そいつは生きて帰ったわけだが…」

 

「…」

 

 

 ハイネスはゆっくりと立ち上がる。

 

 

「…今から魔力の同調率を検査する。何でもないんなら…来れるよな?」

 

 

 ハイネスは彼へと有無を言わせぬ、射殺すような視線を飛ばす。

 

 

「…………クソが…ッ!」

 

 

 その瞬間、飄々とした態度から一変し、クランツは殺気を滲ませナイフを抜く。

 

 

「———死ねッ!」

 

 

 数メートルあった間合いを僅か二歩にて埋め、ハイネスへと肉薄しその刃を彼の首筋へと振り抜いた———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、執務室へと繋がる扉が爆発する。

 

 

「「———ッ!?」」

 

 

 いきなりのことにロビーに居た者達が一斉にそちらへと視線を遣る。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「喧嘩か?」

 

「おい、ハイネスさんにドヤされても知らねぇぞ…?」

 

 

 組合では殴り合いやら罵り合いやらが真っ昼間から勃発するなど日常茶飯事である。

 だが流石にここまでのことは日々ここを利用している彼らと言えどそうそう見るものではない。

 

 一同は爆発の発生したその一点を見つめている。

 ぶち抜かれた壁からは濃い煙が立ち上っており、その中の様子は確認できない。

 

 

「お、おい…あれ…」

 

 

 しかし、そんな騒然とした中で一人の傭兵がとある存在に気がつく。

 

 傭兵は扉があった場所から一直線上の床に恐る恐る指を差した。

 

 

「さっきのに巻き込まれでもしたのか?」

 

「ハイネスさんにぶっ飛ばされたんじゃねぇか?」

 

「…何したんだ、アイツ」

 

 

 彼が指差す先には、執務室から飛び出して来たのであろう一人の傭兵の男が放り出された様に倒れ込んでいた。

 

 どうやら死んでは居ないものの、気絶しているようで起きる気配はない。

 

 

「———すまねぇなヴィルック…」

 

 

 彼らがそうやって暫く鑑賞していると、煙の奥から苛つきを孕んだ声がする。

 

 

「…ハイネスさん?」

 

「悪いが、ちょっとこの塵屑を豚箱に放り込んでくる」

 

「…ああ、例の彼ですか。よろしくお願いします」

 

 

 どうやら彼はすぐに状況を理解したようで、納得した様子を見せると男の処理をハイネスに任せた。

 

 ハイネスはそれだけ言うと真っ直ぐと出口の方へと向かい、扉の向こうへと去って行った。

 

 ヴィルックは一礼して彼を送り出すと、資料を手に仕事を再開する。

 

 

「な、なぁヴィルック…あれ、何があったんだ?」

 

 

 すると横からおずおずと別の傭兵がやって来る。

 

 

「…あまり詳しくは言えませんが…彼は以前から要警戒対象に数えられていたようでして、今回その規約違反を疑うに足る証拠が見つかったので暴こうとした結果…ああなりました」

 

 

 ヴィルックは書類整理をしながら片手間にそう説明する。

 

 

「ハイネスさんに喧嘩売ったってことか…」

 

「そうなりますね。皆さんもああなりたくなければハメを外しすぎないようにお願いしますね」

 

「やらねえよ。てか出来ねぇって…」

 

 

 彼は肩を振るわせながらハイネスが出ていった方へと視線を向ける。

 

 

「そんなに怖いですか?」

 

「そりゃそうだろ…あの人が昔傭兵だったってのは有名だ。もう引退はしてるが…俺らみたいなゴロツキが束になったって敵わねぇよ」

 

「へぇ…」

 

「へぇ、ってお前…若そうに見えるが、あの人とそこそこ長いんだろ?」

 

 

 男から見たヴィルックは大体二十代前半…多く見積もっても三十には届かないといったところである。

 

 しかし、傭兵の中でも彼のことをかなり前から見かけていると言うものは少なくない。

 

 

「ええ…まあ私は人の過去は探らない質なもので」

 

「…お前ってなーんか歳の割に落ち着いてるよなぁ…」

 

「爺臭いと言うことでしょうか?」

 

「何でだよ、褒めてんだ。そういうのは素直に受け取っとけ」

 

 

 曲解し不本意とばかりに眉を潜める彼に呆れながら言う傭兵。

 

 

「…とにかく、犯罪は勿論規約違反だけはやめてくださいね。…こっちも面倒なので」

 

「最後のが本音だろ…まっ、言われなくてもやるわけねぇけどな」

 

「それなら構いません」

 

「ああ、邪魔して悪かったな」

 

「いえいえ」

 

 

 傭兵の男はそう言って飲み仲間達の下へと帰っていった。

 

 残されたヴィルックは喋りながらも丁寧にまとめていた書類の端を整えると、次の仕事をせんとそのまま受付の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら組合班…私です、ヴィルックです。…ええ、とりあえず彼は捕まりました」

 

 

 

「…はい、多分今こっちに来てます。途中で会うんじゃないですか?」

 

 

 

「…そうですね。それでいきましょうか…」

 

 

 

「じゃあ…よろしくお願いします」

 

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