第二章「森の異変」
滲む狂気
———コツ、コツ
薄暗く、仄かな灯りしか付いていない空間に、靴の底が地面を叩く音が響く。
次第に音は壁へと近づいて行き、とある一点が淡く光る。
すると途端にその空間全体が眩ゆい光に照らされる。
「ッ…あぁ、魔力を込め過ぎたな」
魔力を流すことで灯りを付けたのだろう男は、部屋を照らす光に目を細め、鬱陶しそうにぼやく。
彼が再度壁に手を翳し魔力の量を調整すれば、部屋を満遍なく照らす程度にまで光が収まる。
男は一度ため息をつき近くにあった椅子に深く腰を掛けた。
「…何だ」
すると彼は誰もいない空間で独り、尋ねるようにそう呟く。
彼は億劫そうに頭に手を遣り、そこに居ない何者かと会話を始めた。
「…何?」
途端、彼は顔色を変える。
「まだ試作品は残ってる———次のシナリオだと?…コイツらを使えば良いだろう…」
相手は何かを更に要求しているようで、彼はそれが面倒だと返す。
「…あー…分かった、了解だ…———はぁ…全く…」
彼は渋々と言った風に了承をすると、一つ大きくため息をつく。
余程気が乗らないのだろう、顔を右手で覆い天井を仰ぐ。
「…まあ、奴が従っている程だ…俺が文句を言うわけにもいかん、か……」
どうやら彼は独り言の多い人間らしい。
彼の哀愁漂う愚痴が部屋に虚しく木霊する。
『———ぁあぁぁ゛あああ゛…ッッ!』
その時、彼の声とは別に鼓膜を殴りつけるような不快な声———否、鳴き声が響き渡る。
「ん?……あぁ…」
彼はソレに気がつくと顔色ひとつ変えることなくその音の正体へと近づく。
その向かう先にあったのは———ガラス製のカプセルである。
「何だ、声帯が不調でも起こしたか……いや、あぁ…痛いのか」
今なお部屋を震わす奇怪な鳴き声に、まるで人間に語りかけるようにそう呟く彼。
ガラス製の壁を激しく叩くソレに構わず彼は観察するようにして続けると。
「実はひとつ悩んでいてな…お前達を起用するなら、最終的に痛覚は取り除くべきか否か…」
奇声、打撃音、そしてそこには次第に湿り気を含んだ音が混じり始める。
透明なガラスが赤く染まる。
黒々と染まった肉塊がへばりつく。
「元来痛みとは生体において素晴らしい危機的センサーだ…ただ再生させるよりもエネルギー消費量を抑えることができる可能性もある…」
『———ああぃぃあぁああ゛ッ!!』
「故に敢えて残していたんだが…」
まるで聞いている様子のないソレに向かって独りブツブツと語っていた男は、しかし途端に興味を失った様に一言、呟く。
「…アレだ…五月蝿いな」
———瞬間、ガラスケースの中に赤い花が咲く。
———。
地面に水をぶち撒けたような音が無機質な空間に響めいた。
「それに痛みで行動が鈍っては本末転倒だ…時間の無駄だったか…」
その様子を暫く眺めた男は鬱屈そうに再度椅子に腰を下ろす。
「まあ、いい…」
そうして彼は王都があるであろう方角へと視線を向けた。
「———始めるか」
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