挑むは希望、迎えるは絶望
一度は静寂を取り戻した王都の中心地。
しかし今はその静けさも嘘であったかのような激しい戦闘音が鳴り響いている。
廃れた戦場を駆け回るのは白と黒の二つの影。
「ハァッ!」
グラムが剣を振るい、黒い男がそれ等を手刀にて弾く。
およそ人体から発せられるとは思えない金属音にも似た甲高い音が数度響けば、背後の高台に数本の線が走りバラバラと散り崩れ落ちる。
ソレを見届けることなく男がグラムの足元に向け小突くような蹴りを放つ。
グラムが翻せば、爆ぜるようにして石畳の街道が大きく陥没する。
衝撃に瓦礫が宙を舞い、砂埃が景色を埋めた。
「———」
霞む景色を前に男が首を傾ける。
次の瞬間には砂埃の中から斬り払うようにグラムが現れ、男を避けるかのように飛んだ斬撃が平面上の建物を両断した。
「フッ、ッ!」
グラムはその勢いのまま残像すら現れない剣速で独楽の如く数度回転し男に剣を浴びせるが、男はその悉くを弾き飛ばす。
不可視の斬撃が男の魔力を纏う手刀と撃ち合う度火花が散る。
グラムはそれでも斬撃の雨を止めることはなく、男に肉薄し我武者羅に、されど的確に急所を狙い剣を振るう。
一合で数撃鳴り響く剣戟はもはや常人では手元を捉えることさえ叶わない。
「ッ!」
「…」
目の前の悪を斬り伏せんと鬼気迫る表情で斬り結ぶグラム。
視界にちらつく羽虫を払うように遇らう黒の男。
対比さえするべくもない程の温度差を感じさせる両者のぶつかり合いが王都を揺るがす。
「フンッ!」
「…重いな」
グラムの薪割りを思わせるような力強い斬り落としを男が手で弾けば、男の足が僅かに後退する。
その隙を突きグラムは斬り上げにて追撃する。
男は半身でそれを避ける。
———ッ!
同時に剣線の延長線上が大きく裂ける。
男はそんなものに見向きもせず、一瞬にして軸足を切り返し引いた脚をグラムのガラ空きになった脇腹へと叩き込む。
砲弾のような勢いで蹴り飛ばされるグラム。
「…ッ!」
グラムは滑るようにして地面を抉りながら着地する。
その間も次の攻撃への構えを解くことはない。
そしてそれに応えるかのように砂埃を払い現れる黒い男。
「っ、ハッ!」
男の黒い影を捉えた瞬間にはすでに振るわれていた横薙ぎの一撃を男は蹴り上げるようにして弾き、そのままグラムの頭頂目掛けて振り下ろす。
グラムがそれを跳躍することで回避すれば、男の一撃を喰らった地面に巨大な蜘蛛の巣の如き亀裂が生まれる。
それでもなお止まらない衝撃波により僅かに残る周囲の建物が倒壊してゆく。
男はゆったりとした動きで地面に埋まる脚をズルりと引き抜く。
「…様子見をしていては死ぬぞ?」
「…そんなつもりはないよ。」
「ならもう少しマシな動きをして見せろ。」
「…これでも頑張ってるんだけどなぁ…———ッ!」
グラムが踏ん張る様にして力を込めれば彼の全身を純白の魔力が覆う。
軽く地面を蹴り男の懐へと潜り込む。
「良い魔力だ———」
それを目で追う男は目下に現れた彼に膝蹴りを見舞うが、グラムは軸足を残し反転することで翻し外側から男の首を狙う。
「ッ…!」
男はそれを弾こうとするが一瞬躊躇い回避を選択した。
上半身を引き首元を剣が通過するのを見送るが、次の瞬間には加速した一振りが更に一周し迫る。
「ッ!」
間に合わないと判断した男はその一撃を往なす。
接触した瞬間に鋭い音が木霊する。
「———フッッ!」
しかしグラムは弾かれた勢いをそのままに、純白に輝く剣線を数度走らせる。
男は両腕に魔力を纏わせ逸らし、弾き、叩き落とす。
鳴り響く戦闘音は激しさを増し、ぶつかり合う魔力の波動が暴れる。
「ハァ…ッ!」
そうして斬り結びの最後にグラムが男の胸へ高速の突きを見舞う。
男は腕を交差させ守るも、衝突の瞬間に爆ぜる純白の魔力に吹き飛ばされる。
グラムは更に攻め立てるように縦一文字に剣を振い魔力の斬撃を男へと飛ばす。
「…随分と豪快なことだ———」
地に脚をついた男は踏ん張ることもせず軽く手を払いその斬撃を砕くと、正面から突貫してくるグラムの横薙ぎを往なす。
男は跳ね上がった剣身を魔力で覆った指先で挟むと、無理やり引き寄せ大きく振り回し適当な方向へと投げ飛ばした。
「ッ!?とんでもない力———ッ!」
一瞬景色がブレるもすぐ様姿勢を整えるグラム。
しかしその視界に既に男は居ない。
「ッ、くっ!!」
———瞬間、後方に感じる強烈な圧力。
グラムは反射的に剣で守りを固めた。
勘が的中したのか剣の腹に凄まじい衝撃が走る。
威力を殺しきれず投げ飛ばされた方向とは真逆に吹き飛ばされる。
「グ———ッ!」
男は追撃する様にグラムに肉薄し回し蹴りを放つ。
「ッッ、がは…ッ!」
その一撃を腹に食らわされたグラムはここに来て初めて真面にダメージを受ける。
しかしその一撃はあまりにも重過ぎるものであった。
瓦礫の山に突っ込み埋もれるグラム。
「まだ動けるだろう。どれ、もっと魅せてみろ」
コツ、コツと音を立て近づいてくる黒の男。
その男にはその服にさえ傷一つなく、まるでダメージを負っているようには見えなかった。
何か宝具を隠し持っている訳でも、特別莫大な魔力を込めた拳を振るった訳でもない。
———純粋かつ強大な力。
それを体現するかのようなこの存在は先の絶望を遥かに超える災厄の化身のようであった。
「…っ」
グラムは瓦礫を払い起き上がる。
そしてしかと剣を握り締め、心を落ち着かせるように呼吸を整える。
「———ふぅ…」
もう力の出し惜しみなどと言う甘い考えは捨てるべきなのだろう。
たとえこの存在の後に何が控えていようとも関係はない。
護るべきものを護ることが出来るのは今この瞬間だけなのだから。
頭に過ぎるのは———愛すべき娘の笑顔。
自分とは違いいつだって明るく振る舞うことを忘れず、真の意味で民に寄り添いこの国に希望をもたらさんと奮闘する、世界でたった一つの己の宝。
こんな時に国民ではなく娘が出てくるあたり、やはり己は皆が呼ぶような英雄には相応しくはないのだろう。
だからこそ、あの娘ならば真の平穏を国に、世界に広めることが出来るはずだ。
「…全部、背負わせてしまうかもしれないね」
ポツリと呟いた、誰に聞かせる訳でもないそれは虚空に消えてゆく。
「———」
そうして、彼は剣を胸に掲げる。
「———剣に誓いを」
「———我に栄光を」
「——————顕現せよ、《
彼が唱えれば、剣身から放たれる純白の光が戦場を照らす。
同時に彼の全身を渦巻く魔力の勢いが爆発的に増してゆく。
白い髪は彼の魔力に当てられるように揺れ、その強い眼差しには溢れ出る闘志が淡い輝きとして現れる。
黒の男はその光景に目を見張る。
先程の一撃を遥かに超える魔力量、そして密度。
「…ほう」
男は確信する。
彼は次の一撃に全てを込めるのだろう、と。
グラムはそれを表すように更に出力を上げていく。
「…いいな、有終の美という奴だ」
「ならば、俺もそれに応えよう」
———瞬間、黒が爆ぜる。
解放された魔力は瓦礫を薙ぎ、大地を抉り、天を破る。
轟く鳴動は大気を震わせ一切が邪魔だと言わんばかりに消し飛ばす。
王都の中心で黒と白の領域が衝突する。
「ッッ!」
「…フハッ!」
鬩ぎ合う領域は次第に収束する。
向かい合う互いを滅さんとその一撃にその全てを圧縮する。
今にも爆発しそうなほどに込められる魔力は拳と剣身お互いの得物の中で暴れ狂う。
「———行くぞ…ッ!」
「…あぁ…ッ」
——————そうして両者の一撃が交わった。
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