黒き終幕
「…凄まじい、魔術だったな」
地へ降り立ったグラムはそう言って剣に纏わせた魔力を散らす。
彼が今まで見てきた魔術の中でも一、二を争う程に強力な魔術であることには違いなかった。
それを、彼は人間という短い生の中で極め尽くしたのだと思えばそれは正しく尊敬に値する所業である。
グラムは散っていった偉大な無名の魔術師に思いを馳せる。
確かに彼の生き様は褒められた者ではないのだろう。
人を怪物へと変え、王都の皆を危機に晒した。
見渡せば、もはや元の王都の景色など殆どありはしない。
活気付いた市場も、人の往来する街道も、生活感あふれる住宅街も、その全てが焼かれ砕かれている。
文句の言いようも無い程の極悪人。
下手すれば狂人と言っても差し支えない。
だがそれでもグラムは一人の戦士として彼の魔の道を否定したくはなかった。
きっと彼にとっては魔を極めることこそが全てだったのだろうから。
求道心そのものに貴賤などありはしない。
故にグラムは彼の生を讃えるべく黙祷を捧げた。
「———ッ!」
その時だった。
彼の感覚網が遥か遠くより己に向けられる視線を捉えた。
場所は王城…否、その更に上。
グラムは弾かれるように王城の天辺へと視線を飛ばす。
だが不思議なことにそこには、誰の姿もありはしなかった。
「…」
己の勘が鈍ったのかという疑問。
しかし確かな感覚であったという違和感。
戦いの直後であるために、感覚が鋭くなりすぎて幻覚でも見たのか。
はたまた自身が思った以上に危機を感じており少し臆病になっているのか。
グラムは言いようのない気味の悪さを覚える。
「…っ、一体———」
「———強いな、《勇者》」
「———ッッ!!」
その声は、
一瞬、心臓の脈が早まる。
「…次から次へと…今日は何なんだろうね」
グラムはゆっくりと首を動かし、正面に立つ
「君が、彼らの頭目かい?」
ソレは人の姿をしていた。
ソレには怖気を孕む黒い魔力が渦巻いていた。
ソレは仮面で顔を隠し、無貌の如く捉えることができなかった。
「…哀しいものだな。俺の可愛い部下が命を燃やし放った魔術も、お前の全力さえ引き出すことなく打ち払われてしまうとは…」
「…彼もそうだったけれど、まずは名を名乗るべきなんじゃないかな?」
グラムは情報収集と時間稼ぎのもとそう尋ねる。
するとソレは不思議そうに小首を傾げる。
「…ふむ、先のお前ではないが———
———これから死に行く者に名を名乗って何になる?」
「っ、…そうかい」
臨戦態勢。
そう捉えたグラムはまるで決定事項を告げるかのように言い放つソレを前に魔力を練り始める。
何処か覚えのある、されどどの記憶にも存在しない、異質かつ強烈な魔力に対抗すべくその密度を高めてゆく。
「正直、二回戦はキツいんだけどね…」
「面白いことを言う。むしろ今こそ万全…いや、天頂へと昇ろうとしている…といったところか?」
「…どうかな」
「俺の部下に気を遣っているつもりか?それなら気にするな。アイツが命を投げ打ってなお討ち取れなかったのだ。存分に誇るといい」
グラムが腰を落とし魔力を激らせるのに対し、ソレはまるで会話を楽しむように自然体のまま動く様子を見せない。
それはこちらを舐め腐っているのか、それとも…
そう、グラムが久しく感じていなかった不安というものが脳を過ぎる。
「…無駄だとは思うけれど、君たちの目的を聞いてもいいかい?」
「…アイツにも聞いていたな…そんなに知りたいか?」
「訳もわからず攻められるよりは納得できる理由がある方がいいだろう?」
「ふむ、そうか…目的、か…」
するとソレは呑気に顎に手をやり思案する仕草を見せる。
片や剣気を纏う臨戦態勢、片や日常の一部始終を切り取ったかのような自然体。
その対比は側から見ればまるで世界が歪んでいるかのように非日常極まりない。
暫しソレは沈黙すると顔を上げた。
「そうだな———俺達は、英雄の物語を求めている」
「…英雄、か」
「ああ、そしてそれは——————お前ではない」
「ッッ」
見えないはずの眼と己の視線が重なる。
莫大な重圧がその場を支配する。
「故に、悪いがお前の物語はここまでとする」
「…まだまだ私を望んでいる声もあるものでね、幕引きとなるわけにはいかない」
「そうか、なら———」
そこでようやく、ソレの魔力が動き出す。
それを捉えた瞬間、グラムは弾き出されたように踏み込み剣を薙ぐ。
彼の姿が掻き消える。
巨人が踏みつけたかのように地面が抉れる。
大気の壁を突破する轟音が鳴り響く。
「———英雄らしく、抗って見せろ」
その剣身が、ソレの首を捉えた———
「ッ!」
———はずだった。
ソレの背後の景色が半ばまで切断される。
だがその剣線もとある点を境に止まっていた。
舞い上がる砂埃が晴れればそこにはソレの首に剣を当てがうグラムと———
「…参ったな…本当に、何者なんだい?」
———その剣身を摘むようにして軽々と制止する黒い男の姿があった。
「言っただろう、お前が知る必要はない。———散れ、旧き英雄」
そう、男は面倒くさそうに吐き捨てた。
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