終着点

 現れた巨大な隕石にまるで神の一撃の如き光の槍が迫る。

 

 

「…ッ、お父様!」

 

 

 アリアは知っている。

 あの一撃は間違いなく己の父の———《栄光の剣グラントリア》によるものであると。

 

 アリアはその光景を見てなお父の勝利を願う。

 

 父は強い。

 それは間違いない。

 

 きっとこの国を眠れる古の龍が襲おうと、巨峰の如き巨人が襲おうと、それこそ魔王が復活しようと、きっと父ならばその悉くを打ち払ってくれるだろう。

 少なくともアリアはそう信じている。

 

 だがそれでも、今己の視界を埋め尽くす絶望的な景色はその信頼さえ霞ませてしまう。

 

 王都を覆って余りある大地。

 あれ程遠くにあるのにも関わらず今も己の肌を焼くような熱を放っている。

 もしあれがここに落ちれば…王都どころか周辺の都市、下手すれば国の大部分に甚大な被害を与えるかもしれない。

 

 どれほど偉大で強大な英雄であろうと、果たして災害にも勝る厄災を打ち滅ぼすことができるのだろうか。

 

 アリアの心の隅に、そんな不安が募る。

 

 

「お父様…お願い…ッ!」

 

 

 しかし彼女はそんな不安を振り払うように力強く祈り、彼を想う。

 

 光の柱と紅き大地が迫る。

 

 光は目の前の絶望を打ち砕かんと、大地はこの王都を消し去らんと。

 

 

 そして——————二つの力が、衝突する。

 

 

「ぅあ…ッ!!」

 

 

 天を破るような衝撃と魔力の波動が大気に轟く。

 

 大地は光を焼き、光は大地を底から崩壊させてゆく。

 

 

「…ッ!」

 

 

 広場にはこの神話の如き光景を目に焼き付けようと腕で顔を覆いながらも垣間見る者、少しでも恐怖から逃れようと教会へと避難する者、何も見ずただ両手を組み祈りを捧げる者など様々であった。


 紅き大地が光を蝕む。

 己の降臨を防ぐ不届者を押しつぶすように。


 光が大地を削る。

 降り注ぐ厄災を討ち取らんとその首へと手を伸ばすように。

 

 力は拮抗している。

 如何に勇者の血と祝福の宝具の力を合わせた一撃といえども敵は正に世界の歴史に刻み込まれる大魔術なのだ。

 

 

 

 ———だがそれでも、あらゆる事象に永遠はない。

 

 その終わりは唐突にやって来る。

 

 

 ———紅き大地に大きな亀裂が入る。

 

 

 それを始めとし、まるで連鎖するようにその裂け目は広がって行く。

 

 亀裂の奥からは内側から破壊せんと白き光が溢れ出す。


 そうしてとうとう、大地は砕け散る。

 

 光に砕かれ巨大な岩石へと変わり散り散りになって行く大地の破片は、術式が砕かれたことで元の魔力へと還元され空間に溶けるようにして消えていく。

 

 

「っ」

 

 

 大地に覆われ遮られていた陽が王都を照らす。

 

 まるで英雄の勝利を祝福するかのように。

 

 

「…やっ、た?」

 

 

 徐々に、徐々に湧き出る感情。

 

 少しずつ、現実を理解し始める。

 

 

「…やった…!勝った!お父様が勝ったんだ!」

 

 

 ———ッッ!!

 

 

 アリアの勝鬨に、まるで爆発したかのような歓声が広場に生まれる。

 

 我等の英雄が成し遂げた絶望からの回帰にまた一つ伝説が生まれたと歌う詩人。

 

 神に祈りが通じたのだと膝を付き涙を流す老婦。

 

 夢の体現者が勝利したことに喜ぶ少年少女。

 

 不安と恐怖に満ちていた境界の広場に喜びが広がる。

 

 当然アリアもその一人である。

 自身の憧れた人は自身の勝手な期待にも何でもないように答えてしまう。

 

 また一つ背中が遠のいてしまったように感じるも、それでもやはり誇らしく思う。

 

 

「流石だな」

 

「…うん!」

 

 

 いつの間にか隣に来ていたデュークが心からそう称えれば、アリアはまるで自分のことのように嬉しそうに頷く。

 

 そうして、輝く瞳で己の父がいるであろう光の下へと目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 されど希望とはいつだって容易く崩れ去ってしまうものである。

 

 それでもそんな淡い光につい目を向けてしまうのが人間という生き物なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからアリアはこんな光景を見るとはつゆ程も思ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———黒い男に、胸を貫かれた父の姿など。

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