命燃ゆる悪の一撃
町を銀線が駆ける。
先の一撃で周辺の建物は殆どが崩れ去り、活気ある市場も唯の平地と化していた。
その廃れた地で、全身に炎の鎧を纏う灰髪の男は高速で移動する銀線に向けて手を翳し、唱える。
「《
男の手から放たれた炎の光線は瓦礫を焼き払いながら直進する。
銀線がその火の渦に飲み込まれる。
「———ッ、《
そう思われるも男の真横に銀———《
男は分厚い岩の壁にでそれを逸らす。
「ッ、クソが…!」
しかし、当たり前のようにその壁を切断し減速することなく銀が迫る。
男はそれを予見していたかのように屈み翻す。
「《
グラムの真上から宛ら土砂崩れの如く大小様々な岩石が降り注ぐ。
だが生き埋めになるどころか剣を切り上げ、さらに切り返す———僅か一呼吸にてそれ等全てを切断し、散らす。
これには見下ろす灰色の男も苦笑する。
「おいおい…」
グラムはそんな彼の様子にも構わず地を蹴り斬りかかる。
「おー怖、———《
グラムの飛び上がり叩き落とすような上段からの斬り下ろしを、地面から突き出す小山の峰の如き岩の槍が防ぐ。
男は冷や汗を流すも、防がれたことにより一瞬硬直する彼の真下へ意識を向ける。
「———《
瞬間、グラムの真下から王城にも匹敵する程に巨大な岩の塔が出現。
男の前からグラムが消え、上空へと押し上げられる。
「まだ行くぞ———《
彼が触れた箇所を中心に、グラムを押し上げた塔が一瞬にして炎に飲まれる。
「———オラッ!」
そして最後の一押しとばかりに手の甲を外にし、指を上に振れば炎上する巨塔が更に一段跳ね上がる。
巨塔の真下がまるで地盤を持ち上げるように盛り上がった。
「おっ、と———」
戦場に塔が燃え盛る音と僅かな静寂が広がる。
男は太陽の輝く空を見上げ、額に手を遣り目を細めて眺める。
「やったか?…なんて———ッ!」
男が冗談混じりに言えば、天高く聳え立つ塔に天辺から凄まじい勢いで亀裂が入る。
「っ、言うもんじゃねぇなッ!」
男は驚愕と共に、眺めていた上空に何かを捉える。
「ッ!!———《
地面が円形に盛り上がり九重の堅牢な半円が生成される。
——————ッッ!!!
半円が完全に閉じられた次の瞬間、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ程の衝撃が走り岩のシェルターが粉々に砕け散る。
上空から降り立ち、重力のままに剣を振り下ろしたグラムは砕け散るのみで斬撃そのものは防がれたことに僅かに目を見開く。
「…硬いね」
「痛いのは嫌なんでな」
二人は地に立ち、仕切り直すように向かい合う。
グラムの瞳は男を鋭く射抜き、男の澱んだ瞳は相変わらず昏いままである。
「…それだけの力がありながら、君は人のために使おうとは思わないんだね」
「お生憎様、性善説なんざ糞食らえな質たちでな」
「…残念だよ」
「もしかして勧誘のつもりだったのか?」
「君がそのつもりならそれもいいとは思うけどね」
「…そういう生き方ができりゃあ楽だったんだけど———なッ!」
男が会話を仏陀斬るようにして行使した魔術が二人の周囲を炎にて囲う。
「…先に言っとくが、お前等が思っている以上に俺等はクソったれなんだ…どうしようもねえくらいになっ!」
男が怒鳴ると共に掲げた手を開けば、捲れ上がる地面に巻き込まれ炎に焼かれた瓦礫が渦を巻くようにして周囲を旋回する。
それに伴って五月蝿い程に燃え盛る炎は火力が増してゆく。
「———《二重詠唱》」
そうして男は手を握り込む。
「———《
彼が叫ぶと同時、高熱によって赤白く染まった瓦礫と岩石群が巻き込むようにグラムの下へと集積する。
一瞬にして一本の紅い塔へと変貌する岩石は圧縮される瞬間爆発的な熱波を放ち、広大な王都の大部分が焼け爛れる。
すぐ側にあった土砂はガラスになり、瓦礫の山はマグマの如く溶解した。
「———ァアッッ!」
男は拳が砕けそうになる程に握り込む。
更なる熱波が胎動するように放たれる。
塔は硬く、堅く、灼熱の業火を激らせながら圧縮されて行く。
だが———
「———ッ!…駄目かー…そりゃそうだよな」
男が諦めるようにそう呟けば、紅の塔に幾つもの銀線が刻み込まれる。
そうして弾けるようにして崩れ去った。
「…驚いたよ。第三節の二重詠唱まで使えるなんてね」
「…そりゃどうも」
それで生きているお前はなんなんだと思わず愚痴りたくなるも、男はその言葉を飲み込んだ。
「そろそろ終わらせようか」
グラムはわずかに焼けた鎧を払い剣を握り直す。
「…まあ長引かせたって仕方ねえか、俺が不利になるだけだもんな。…っつう訳で———」
———これで、仕舞いにしよう。
男はそう言うと足を踏み鳴らし術式を発動する。
———《
「ッ!」
グラムは即座に剣を構えるが、それよりも早く
先のグラムと同じく塔は凄まじい速度で男を上空へと押し上げる。
そうして次第に男はグラムでも視認が難しい程天高く飛ばされた。
上空へと飛んだ男は《
そうして誰かへと告げるように独り口を開く。
「あー、あー…こちら王都実行隊長———悪いが予定を一部変更する」
「あんまりにも勇者が強すぎるもんでな…今から
男はどこにいるのかもわからない相手から何やら反論でもあったのか鬱陶しそうに顔を歪める。
「なぁに、ちょっと作戦が前倒しになるだけだろ?それにこのままだと思った以上に勇者がデカい壁になりそうだ」
「…大丈夫だ。そのまま王都に落ちても主人公組は守る」
「…これでも死ななかったら頼んだぜ?…お前だよお前、見てんだろ?よろしくな」
男はそれだけ言うと意識を現実に戻す。
「なぁ勇者、聞こえてねぇだろうけどよ…俺等はこの世界に死ぬために生まれてきた」
「けどな、これが案外気分が良いんだ」
男は脳内で複雑怪奇な術式を組み始める。
「なんせ、こんなクソみたいな俺等の人生の最後に…」
全身に濁流の如き魔力が流れる。
「———命燃やせるんだからなぁッ!!」
男の魔力が溢れ出ると共に王都の上空に巨大な魔術が顕現する。
それは言うなれば燃え盛る浮島。
一つの魔術でありながら王都を影で容易に覆ってしまう程に厖大な一枚岩。
男はその大地に向けて手を翳す。
「これが俺悪の最期だぁ!!———《二重詠唱》!!」
そうして男は咆哮するが如く唱える。
「——— 《
瞬間、大魔術は雲を突き破り王都の上空に現れた。
グラムは頭上に突如として現れた巨大な隕石に驚愕する。
「…第四節の…二重詠唱…」
四節二重詠唱。
魔術の歴史において多重詠唱とはたとえ二節詠唱同士であっても困難なものであるとされている。
それは本来交わることがない、完成されたはずの別々の術式を形を一切崩すことなく重ね合わせ、あまつさえ融合し全く別の魔術へと昇華する必要があるためである。
当然のことながらその難易度は音節が増えるごとに増してゆく。
そして…四節同士の二重詠唱を成功させた者は、歴史上でたった五人しか記録されていない。
正に神業としか言えない大魔術である。
おそらく彼は、その六人目となるのだろう。
「本当に…惜しいな」
グラムは心底残念そうにそう溢す。
もし彼が正しき道を行けたなら、導くことができたならさぞ素晴らしき英雄になれていたことだろうに。
だがそれももはや後の祭りである。
グラムは顔を上げ目を閉じ、剣を胸の前に掲げる。
「———剣に誓いを———」
「———我に栄光を———」
「——————顕現せよ、《
まるで呼びかけるようにそう唱えれば、銀色の剣身が眩い程の光を放つ。
グラムは呼吸を整えると、その切先を迫り来る破滅へと向け突きの構えをとる。
「———然さらば、名も知らぬ魔術師よ」
———そうして、英雄は解き放つ。
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