目指す英雄、求める英雄


 ———ッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

「うわぁ!?」

 

 

 突如として王都の全体が大きく揺らいだ。

 

 それは瞬間的ではあれどアリア達でさえ立ってはおられず足が宙に浮いてしまうほどの衝撃であった。

 

 

「いっ、つー…な、何が…」

 

「…これは…《轟震ガラ=フェルム=メルトゥス》か…?」

 

 

 尻餅を付きキョロキョロと周囲を見渡しながら困惑するアリアとは対照的に、デュークは難しい顔で心当たりがあるように呟く。

 

 

「何それ?」

 

 

 もともと魔術に明るくはないアリアは聞いたこともない言葉に小首を傾げる。

 

 

「簡単に言えば超局所的な地震を引き起こす魔術だ。流す魔力の量によって威力は変わるが…これ程の範囲は…」

 

 

 魔術全体に言えることではあるが、術の威力や範囲はその術者の力量によって大きく変わる。精密であれば精密であるほど魔力ロスも抑えられより範囲や対象を選別でき、魔力量が多ければ多いほど規模や威力は増す。

 

 それをよく理解しているデュークは町にいるであろう勇者とは異なる存在の力に戦慄する。

 

 もしデュークが同じ魔術を行使したとしても精々が王城を揺らす程度に収まるであろうソレを、これ程大規模なモノにまで昇華させるような者など彼は数える程度にしか知らない。

 

 

「わ、私も———」

 

「———待て、アリア」

 

 

 父を心配し助太刀に向かおうとする彼女の肩を掴み制止するデューク。

 

 

「お前が行って何になる」

 

「でも———」

 

「仮にアルブレイズ卿が危機的状況にあるとして、オレ達が行ったところで足手纏いになるだけだ」

 

「そんなの行ってみないとわからないじゃん!」

 

「分かるだろう、お前が一番理解しているはずだ」

 

「ッ…!」

 

 

 彼の言葉に思わず閉口する。

 

 

「誰よりも長く、誰よりも懸命に彼の背を追っていたのはお前だろう」

 

「…」

 

「今はオレ達に出来ることを考えろ。届かぬ物に手を伸ばし目下にある宝を見落とすな。…オレ達の宝とはなんだ?」

 

 

 いつの間にか彼女の肩を両手で掴んでいた彼は、真っ直ぐと向き合う様にして問うた。

 

 

「…町の、皆…」

 

「その通りだ。ならば向かうべきは民の下であり、彼らに寄り添い共にアルブレイズ卿の勝利を願うしかない」

 

「…」

 

「安心しろ、彼はこの国の英雄だ。お前が目指した勇者だろう?」

 

 

 アリアの蒼い瞳に彼の翡翠が映り込む。

 

 

「…そうだね、デュークの言う通りだよ。ごめんね」

 

「…ならばいい。行くぞ」

 

「うん」

 

 

 頷き合った二人は会場を後にし、おそらく民衆が避難しているであろう場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都の端、そこには大きな古い教会が建てられている。

 

 女神を祀り、そして祈るための神聖な領域という名目下非常に頑丈に作られたその教会は、古びた見た目とは裏腹に向こう数十年は廃れないだろうという信頼感があった。

 

 そんな教会の手前に広がる広場には大勢の民が避難すべく身を寄せ合っていた。

 

 突如として王城より町へ襲来した悍ましい怪物。

 体の至る所に見えたまるで人間を思わせる名残はそれだけで嫌悪感が湧く。

 

 怪物の登場を追うように現れた勇者や傭兵達に強い安心感を覚えるも、少しでも恐怖から逃れるべく彼らは皆広場へと集まった。

 

 それでも先程起こった強烈な地響きを皮切りに、今もなお王都に響く爆音や衝撃が彼らの不安を煽る。

 

 

「本当に大丈夫なのかしら…」

 

「あの勇者様ですよ?心配など不要でしょう。…おや?」

 

 

 そんな中、一人男が遠くに何かを見たのか目を細め次第に顔に喜色を浮かべ始めた。

 

 

「あ、あれは…アリア様!それにデューク殿下!」

 

 

 男———フレデリックはその場にいた皆に彼等の到来を伝える様に大声でそう叫んだ。

 

 

「アリア様…?」

 

「殿下も来られたのか!」

 

「我等を救いに来てくださったんだ!」

 

 

 彼の言葉に民衆は大いに沸いた。

 

 確かに勇者は誰もが信頼する国の英雄だ。

 しかしそれでも目に見えない恐怖というものはそう易々と拭える者ではない。

 

 今彼等が求めていたのは目の前にある安心感だったのだ。

 

 そんな彼等の下へ少年と少女が駆け寄る。

 

 

「———っ!フレデリックさん!リンさん!」

 

「———皆の者!無事か!」

 

 

 アリアは知り合いの安全を確認し喜びと安堵の意を表し、デュークはその場にいた者達の安否を尋ねる。

 

 

「お二人ともよくぞご無事で…!」

 

「ゴメンね、来るのが遅れちゃって!」

 

「とんでもない!何処かお怪我は?」

 

「オレ達なら問題ない。それよりもこの中に怪我人はいないか?重症な者から順に手当てをする」

 

 

 そう言って二人は抱えてきた袋に詰められた薬を取り出す。

 

 

「オレ達は治療できる様な魔術は扱えんが、多少マシになる薬くらいならばある。遠慮なく言え」

 

「擦り傷とかの軽い傷の人はこっちに来てねー!」

 

 

 二人がそう呼び掛ければ民衆は言われた通りに二人の前へと列を作る。

 

 錬金術の類によって作られるこの薬は込められる魔力によってある程度その効果を助長することができる。

 故に比較的高い魔力量を誇るデュークが重症を、アリアが軽い傷を担当した。

 

 

「…はい、これで大丈夫かな!」

 

「ありがとうございます…!」

 

 

 アリアに怪我を治してもらった市民は深く感謝をして列から外れて行く。

 

 そんな彼等を見ていると先刻まで身勝手にも彼等を見捨てようとしていた自分が情けなく思う。

 きっとこれからも彼デュークから学ぶことは多くなるのだろう、とたった半日でもそう感じる今日こんにちである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———よし、こんなものか」

 

「もう居ないかな?」

 

 

 そうして暫く治療を続ければ蛇のように長く続いていた列もなく無くなっていた。

 

 二人がそう見渡すも、特段声が上がることはなかった。

 

 

「ならば治療はこれまでとする。一応薬は教会の奥に置いておく。使いたいものが居れば自由に使うといい。重度のものは難しいが…まあ大丈夫だろう」

 

 

 デュークはそう言って教会の方へと向かって行った。

 

 残されたアリアは近くにいたフレデリックへと声を掛ける。

 

 

「フレデリックさんは特に怪我はしてなかったんだね。安心したよ」

 

「ええ、私の店は城下町にありますから。王城の方から見たこともない魔物が迫ってくるのが見えまして…一目散に反対へと逃げましたよ」

 

「…お店、無事かな」

 

「それは分かりませんが…まあ無くなっても新しく建てれば良いのです。命あっての賜物ですよ」

 

 

 自分の商売道具が全てなくなるかもしれないと言うのに彼はそう明るく答える。

 

 

「…あの魔物はね、元々人だったんだ。私達の試合を見にきてた観客なんだ…」

 

「…そうでしたか。いやしかし、そうであるのも納得の姿でした」

 

「うん…目の前で皆化け物に変えられて行っちゃってね…」

 

 

 アリアはその時の光景を、動くことができなかった自分のことを思い起こしながら続ける。

 

 

「私はね…何も出来なかった」

 

「皆苦しんでたのに…ただ見てることしかできなかった」

 

「デュークは皆のことを守ろうと動いてたのに…」

 

 

 一言、また一言溢すたびに彼女の声は弱々しくなってゆく。

 

 二年前、とある男が言った。

 

 民を思う心を忘れず、立ちはだかる試練に真摯に立ち向かうことが出来たなら己は皆の望む存在になれる、と。

 

 その言葉は今日まで彼女の胸の中に留まり続けていた。

 

 だが森の異変を始めとして立て続けに起こる出来事は彼女の心を大きく揺さぶっていた。

 

 異変に動くことができない国や組織。

 力ある故に縛られる権力という枷。

 

 そして———目の前で苦しむ者に手が届かない己の力。

 

 それら全てが彼女の信念を削ってゆく。

 

 十五の少女の心を蝕んでゆく。

 

 故に彼女は意味がないとわかっていてもつい溢してしまう。

 

 

 

 

 

「私は…皆が思うような英雄に———」

 

「———アリア様」

 

 

 そんな彼女の、きっと自分を否定するのであろう言葉を遮るようにフレデリックは言う。

 

 

「万人を救える英雄などいないのです。彼の勇者様とて目の前で失った命はそう少なくはないでしょう」

 

「でも良いのです。非常に身勝手な言い分ではありますが、我ら民にとって、苦しい時、不安な時、恐ろしい時、そんな時に手を差し伸べてくれると信じられる・・・・・誰かがいるならば…それがきっと我らの英雄なのです」

 

「今日、アリア様は幾人かの民を失ったのでしょう。…しかしそれでも私は、いつかの日にアリア様が私の手を握ってくれると信じております」

 

「何故ならば、貴女が我らにとっての英雄だからです」

 

 

 フレデリックは優しい声音で諭すように言う。

 

 

「ですからどうか、ご自身を卑下するようなことは言わないでください。弱音と自虐は違うのです」

 

「…っ」

 

 

 一人の民の真摯な願い。

 

 どこまでも己を信じ、英雄として求めてくれているその言葉にアリアは子供のように…否、子供らしく涙を流しそうになる。

 

 しかしきっと自分以上に不安であろう皆の前で泣くわけには行くまいとこぼれ落ちそうになるソレを引っ込める。

 

 

「…ありがとう、フレデリックさん。こんな情けない英雄でごめんね」

 

「はっはっは、いえいえ…剣を取り、信念を胸にそれを振るうことができるならば、それを勇敢と言わずしてなんと言うのでしょうか」

 

「…」

 

「少なくとも剣を手に我等の平穏を守る貴女は私にとっては《勇者》ですよ」

 

「…ふふ、そうかな」

 

「そうなんです」

 

 

 ———なんだか今日は謝ってばかりだな…。

 

 打って変わって少し柔らかくなった雰囲気の中、そう戯けようかと思った時だった。

 

 

 

 

 

 王都が———夜になった・・・・・

 

 

 

 

 

 

「———ッ!」

 

 

 

 突然のことに騒めきだす民衆。

 

 アリアは落ち着くよう呼びかけようと周囲を見渡す。

 

 そうして口を開こうとすると、皆がしんと静まり返ると共に上を見上げた。

 

 

「っ?」

 

 

 それと同時、王都全体を揺らぐような光が淡く照らした。

 

 

 アリアは何事かと思い同じように空を見上げる。

 

 

 

 

 

「———ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 ———そこにあったのは、空を覆うような燃え盛る大地であった。

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