開戦
「っ…!」
開戦の掛け声と同時、最初に動いたのはアリアであった。
アリアは添えていた柄を握り込むよりも早く踏み込み、数歩分あった距離を瞬く間に詰める。
「フッ…!」
「———《
その一瞬の間に抜剣。
デュークの懐に潜り込む頃には既に彼の首元へ刃は迫っていた。
手応えと共に甲高い音が響き渡る。
「…流石に無理だよね」
「当たり前だ」
首を取ったかと思われた一撃は彼の首元を守るように傍より突き出た銀色の刃に防がれていた。
「《
「ッ!」
氷が砕け、入れ替わるように岩の槍が地面から飛び出す。
アリアは咄嗟に剣を翻し腹で受けるが、衝撃を殺しきれず流されるように後方へと吹き飛ばされた。
「仕切り直しと行こう」
「…よーしっ!」
デュークは渦巻く魔力を収縮し術式陣を展開し、アリアは剣の鋒に渡るまで全身に魔力を巡らせ肉体を強化する。
そうしてそのまま先程同様正面から突貫する。
遥かに高まった身体能力を持ってしての踏み込みは彼女の足元を容易に砕いた。
凄まじい速度で迫りくる彼女を前にデュークは冷静に対処する。
「《
彼がそう唱えると突き進むアリアの両脇から挟み込むように巨大な岩が隆起。
このまま進めば間に合わず挟まれる。
しかし後退するには遅い。
ならば、とアリアは上方へ地を蹴った。
「《
だがそれを予見していたデュークは己の魔術の上空に向かって弾丸の如き炎を放つ。
空中で無防備となったアリアに火の弾が迫る。
「《
それを視界の端に捉えた彼女はそのたった一節のみを唱える。
瞬間、彼女の剣に風の魔力が宿った。
「ハッ!」
彼女は迫り来る炎を魔力を纏った剣にて切り裂く。
目の前で弾ける炎が火の粉を散らす。
そのまま数回転し着地したアリアは迷うことなくデューク目掛けて駆け出す。
「…流石に間合いに入らず、というのは難しいか」
通常、近距離戦であるならば完全な間合いと言える剣士の方が有利である。
故に剣士として高い実力を持つ彼女アリアに接近されるというのは魔術師デュークにとって避けたい未来だろう。
だが相手が相手な以上いつまでも安全圏から攻め続けるというのは至難である。
それを理解したデュークは魔術で牽制しつつ己に術を行使する。
「《
突如、熱気と共に彼の体を揺らぐ炎の鎧が覆う。
だが全身を覆ったわけではない。
彼が守りを固めたのは関節や急所、万が一ダメージを受ければ致命傷となりかねない部位のみである。
魔力を無駄に使う必要は無い。
それ以外は自身で守れば良い。
それだけの実力が己にはある。
それを表すように迫り来るアリアへ挑戦的な笑みを浮かべる。
「ハァッ!」
距離を詰めたアリアが流れるように剣を薙ぐ。
縦横無尽に振るわれる剣線は相手からすれば宛ら剣の嵐を思わせる。
デュークはそれら全てを近接職顔負けの反射神経と術式の構築速度によって凌いでゆく。
本来剣士対魔術師がこれほどの間合いで撃ち合うなどそうそうありはしないだろう。
「ソレッ!」
「———っ!」
鋭い剣撃に対し《
アリアの視界を埋める程の稲妻の乱撃は剣士の間合いであるにも関わらず確かに彼女の体力を削ってゆく。
「くっ…!」
一際大きな一撃を見舞われ思わず後方へと退避するアリア。
しかしデュークの追撃は止まらない。
むしろこの間合いこそ魔術師かれの本領である。
彼は彼女が後退した瞬間、身を屈め魔力を込めた掌を地面に着けた。
「———《
魔力が地面へ流れ魔術が行使されれば、彼の眼下の地面に罅が入り———
「———うぇ!?」
まるで津波のように一気に捲れ上がる。
その光景にアリアも思わず間抜けな声を漏らす。
舞い上がる瓦礫はその度に巻き込まれて砕け、目の前のアリアへと一直線に突き進む。
たとえ出力が抑えられていようとも三節詠唱による魔術の威力は破格である。
「ッ、———《
しかし彼女もただ喰らうつもりは無い。
アリアは剣を天高く掲げるとその剣身へと再度風の魔力を纏わせる。
出力限界まで力任せに込めた魔力が悲鳴にも似た音を鳴らしながらその剣へと集う。
金属とはいえたかが模擬剣でしか無いソレは無理やり捩じ込まれる魔力に身を震わせる。
「行くよー!」
剣に手応えを感じたアリアは押し寄せる岩の波に一歩も引くことなく剣を上段に構える。
「せいッ———ヤァッッ!!!」
そして思い切り踏み込み叩きつけるように、縦一文字に振り下ろした。
波と剣が触れた瞬間、空気に直接殴りつけたかのような轟音と共に岩の波が左右へと分たれる。
切り裂かれたソレはアリアの両傍を通り過ぎ、背後で散り散りになって消えてゆく。
「はぁ、はぁ……ふふんっ♪」
肩で息をするアリアは振り下ろした剣を持ち上げ肩に担ぐとこれ見よがしにドヤ顔を決め込む。
真正面からその一連の光景を見ていたデュークは唖然としつつ彼女の顔を見てため息を吐く。
「…この馬鹿力め」
コレが自分は淑女だなんだと喚いていたと思うと呆れて言う事も無い。
だが彼女の力が想像以上のものであったというのもまた事実。
通常ならばともかく、どれだけ高出力であったとしても今の状態では分が悪いと思い直す。
デュークは立ち上がり彼女に向き直り、再び自身へ向け魔術を唱えた。
「《
彼の背後に半透明な風の翼が顕現する。
一対の翼はまさに鳥のソレであり、人種が変わったのでは無いかと錯覚するほどに何処か幻想的でもある。
「行くぞ!」
彼は踏み込む———ことなく殆どノーモーション、かつトップスピードで地面を滑るようにアリアとの距離を詰めた。
「ッ!」
「《
眼前にて放たれる雷を切り上げるように弾き、そのまま身を捻りコマのように回転しつつ横薙ぎに剣を振るうアリア。
剣の軌道を読み、身を屈め剣線から外れるデューク。
彼の頭の上を剣が通過する頃には二人が挟む地面からアリアを貫かんと二本の岩の槍が飛び出る。
「ッ、ムンッッ!」
交差させるようにして剣を合わせ跳ねるように背後に後退———することなく力任せに槍を叩き折る。
「なっ———ッ!?」
あまりの荒技に面食らうデューク。
咄嗟に目の前で風の魔力を爆発させ自身もろとも吹き飛ばすことで距離を置く。
意識外からの衝撃に防御を優先してされるがままに飛ばされるアリア。
対し、デュークは風を翼を利用し空中で姿勢を整える。
そして視界にバランスを崩したままのアリアを捉えた彼は掌へと魔力を集中させる。
「———《
魔力は燃え盛る炎へと変化し、質量を思わせる程に密度を増した巨大な火球へと変貌する。
本弾の如く射ち出された大火球をアリアが捉える。
「———《
アリアは身を焦がすような熱を耐えながら、熱を凌ぐ風の魔力を纏わせた剣を斜めに構え、その腹で受け止める。
「ぐっ…あっ、つい———なぁ!!」
風の魔力を剣身で滑らせ火球を後方へと受け流す。
空中で無理やり受け流したせいか錐揉み状態になるも、なんとか足から着地する。
直ぐに顔を上げデュークを見れば手を翳し既に次の魔術の準備をしている。
「っ、今度はこっちから行くよ!」
アリアはそう言うも相も変わらず正面からの突貫を行う。
「馬鹿の一つ覚えのように…!———《
明らかに速さ、力が共に加速している彼女に違和感を覚えつつ、デュークは魔術を行使する。
瞬間、アリアの進行上に氷の塔が彼女を打ち上げるように生成される。
彼女は更に加速し塔の端に足を掛けると押し上げられるままに跳躍した。
「ッ!———《
デュークは飛び上がる彼女は向けて無数の風の槍を放つ。
空間に紛れ捉えるのが困難なソレが次々と彼女へ向かう。
「《
アリアは剣を構え炎を激らせる。
熱に揺らぐ剣はまるで魔剣と錯覚してしまうような形相へと変貌する。
「ハッ!」
視界を覆う風の槍を降下しながら次々と切り裂き弾く。
そうして遂にデュークの下まで到達する。
「ヤァッ!!」
「ッ、《
アリアが剣を振り下ろすのとほぼ同時、彼の額に刃が達する直前に雷の幕が現れる。
剣を弾かれデュークの眼と鼻の先へと着地した彼女は間髪入れずに彼の懐へと踏み込む。
デュークも応戦しようと魔術を———
「———ぐぁっ!?」
突如足先に衝撃と痛みが走る。
彼女が踏み込んだ瞬間に彼のつま先を踏みつけたのだ。
よく見れば彼の足元は砕けており、凄まじい力で踏み付けられたことがわかる。
これは指の骨も折れているだろう。
「ッ!」
そして当然その隙を逃すアリアではない。
彼女は抵抗が緩んだこの隙を狙い構えていた剣を彼の首目掛けて大きく薙ぐ。
鈍い音と共に今度こそ確かな手応えを感じるアリア。
取った、とそう感じた瞬間、剣が捉えた首と剣身の隙間から勢いよく炎が燃え上がる。
「うわっ!」
僅かに気が緩んでいたアリアは反射的に後退する。
その間も彼の首元は激しい音を立てながら燃えていた。
「…肝が冷えたな」
———《
彼が予め己に付与した魔術が彼を守ったのだ。
「うぅ…勝ったと思ったのに…!」
「戦場では相手の首を刎ねるまで気を緩めるな。森にとて四肢がなくとも噛みついてくる獣くらいいるだろう?」
まるで教官のようにそう指摘するデューク。
糠喜びの上、油断したことを注意されたアリアは心底悔しそうに顔を歪ませる。
「…だが、そうだな。決着は早めにつけたいところだ」
よく見ればデュークの息は最初に比べ浅くなっている。
デュークは魔術師である。
そんな彼は戦闘ともなれば純粋な肉体の体力だけでなく第二のスタミナとも言える魔力を常時消費し続けることとなる。
もとより単発の火力に秀でた魔術師の戦いとは短期決戦を想定されたものが殆どであり、場合によっては一手二手で終わってしまうことも珍しくは無い。
当然デュークの持つ魔力量はアリアと同じく常人と比べれば遥かに多い上、ロスもかなり抑えられている。
しかしまだまだ魔力に余裕はあるとはいえ、やはり長期戦になればなるほど手数が限られてくる彼としては互角と言えるこの試合を長引かせるわけにはいかない。
アリアはデュークが再び臨戦態勢に入ったことを悟り、切先を彼へ向けるようにして構える。
そして一瞬の沈黙を破るようにデュークが一歩踏み出す。
「———《
彼の足が地に着いた瞬間、彼を起点として瞬く間に円庭が凍りつく。
アリアはそれを察知し前方へ向かって避けるように跳躍し、回り込むようにして駆け出す。
僅かに足が凍りつくも構わず滑るように氷の大地を駆ける。
デュークは確実に距離を詰める彼女に只管魔術を撃ち続ける。
だがやはりアリアはその悉くをその剣の下に斬り払ってゆく。
「くっ———《
「———させないよ!」
デュークが身を守らんとすれば視界の端に銀色に輝く刃が入り込む。
「ッ!?」
反射的に身を捻り翻す。
アリアの姿を確認すれば目前には彼女の靴底が迫っていた。
剣を躱した魔術を使うことなく腕を交差させ彼女の飛び蹴りを受ける。
勢いのままに全体重を乗せ放たれる蹴りはたとえ相手が女であろうとそう踏ん張れるものでは無い。
アリアは更に押し込むように両脚でデュークを蹴り飛ばす。
「ッ、ぐっ…!」
アリアはその勢いを止めることなく踏み出し、その延長線上に転がる先程投擲した剣を拾う。
そして背面から地面へと投げ出された彼に詰め寄る。
デュークは地面と衝突する瞬間に風でクッションを作りその衝撃ですぐさま身を起こす。
しかしその時には既にアリアの剣がガラ空きの胸に迫っていた。
『今度こそ決着がつく』
誰もがそう思った。
だがそれでも、
デュークは笑っていた。
———《
「ッ!!」
彼の胸へと剣が触れる寸前、その切先がまるで押さえつけられたかのように直角に落ちる。
《
岩魔術の一種であるソレは端的に言えば物体に錘おもりを付与すると言うもの。
通常、人間の肉体とは固有の魔力が流れており、それらを掻き分け内部やその肉体そのものに対して直接魔術を行使すると言うのは困難であるとされている。
だがその人間の持つ武器や防具であれば話は別である。
デュークとて相手の肉体に直接行使することは至難であるが、武器や防具であるならば例え魔力が流されていようとも魔力の海を掻き分け瞬間的に付与することは可能だ。
たかが一瞬、されど一瞬。
勝負の世界とは常に刹那で決まるのだ。
故に、この勝利を確信した瞬間の油断に切り込む予想外による意識の離脱は———致命的となる。
『———隠し技も別に卑怯だとは思わないけど』
『———まぁ、立派な戦術だからな』
「(すまんなアリア…悪く思うな…ッ!)」
デュークは体制を整える際に既に構築していた術式を発動しようとした。
だが———
「ッ!?」
気づけばアリアは
その重心は崩れておらず、まるで最初から手を離すことが決まっていたかのように自然な姿勢をしている。
そして何より奇妙なのは
「ッ!まさかっ!」
そこでデュークは何ら不思議で無いごく当たり前の可能性に気がつく。
普段なら間違いなく考慮できたことではずだった。
しかし目の前の勝利への渇望がそれら全てを押し除けてしまった。
そしてその瞬間、彼の意識はその可能性への思考に引っぱられた。
———『勝負の世界は一瞬』
「———《
彼の視界に紅い三日月が現れる。
そうしてその三日月は何の抵抗も無く彼の胸を斜めに焼き付ける。
「ガァ゛…ッ!」
彼が怯んだ隙にアリアは術式の解けた剣を手に取る。
そして胸元に捻るように構える。
彼女が最後の一撃に選んだのは技の出から終わりまでが最速であろう基礎の基礎——————突き。
アリアの胸にて引き絞られた切先がデュークの胸へと放たれる。
もう勝てるかどうかはわからない。
届くかどうかも分からない。
「———《
———矢ボーグ》。
だがそれでもせめて最後に一矢報いようと放つつもりだった魔術を展開———
———しようとした、その時だった。
彼の極限の集中力によりゆっくりと進む世界の中、その目は奇妙なモノを捉えた。
目の前のアリア———ではない、その背景。
もう次の瞬間には決着がつくと息を呑む観客達の中に紛れてソレは並んでいた。
「(何だ…アレは…)」
彼が視界に入れた瞬間、まるでソレだけ時間の流れを早めたかのように瞬く間に頭部が膨れ上がり、それを皮切りに腕、胴、脚、と次々と全身が膨張する。
何かが内部で暴れているかのように歪に膨れ上がったソレは一瞬にして肉の怪物へと変貌した。
「(———ッ!!)」
その怪物は確かにこちらを向いている。
だがその嫌悪感さえ感じる異形が捉えていたのは己ではなく———
「———
時が動き出す。
「———ガッ…!」
アリアの剣先は真っ直ぐとデュークの胸へと吸い込まれ驚く程すんなりと彼を弾き飛ばした。
実戦であれば致命傷。
故にこの勝負はもはや決着がついたと言えるだろう。
アリアは一瞬の余韻と確かな歓喜に言葉も無く立ちすくんでしまう。
しかしそこで違和感を覚える。
彼は最後に魔術を放ったはずだ。
詠唱は成され、魔力も確かに感じた。
だが少なくともアリアはその魔術に晒されてなどいない。
「ん…?」
ふと、周りを見る。
自分達の試合を観ていた観客は五月蝿いくらいに静まり返っていた。
彼女はそこで彼らの視線が己に向いているわけではないことに気がつく。
「———《
轟音と共に空に現れる稲妻の神殿。
中庭で見た光景が再び目の前で繰り広げられた。
「アリア!!後ろだ!!」
そう己に呼びかける彼の声がする。
アリアは言われるがままに振り返った。
するとそこには———
「———ぉおぁえぇ…ぁぁあ…」
———彼女を見下ろす気味の悪い呻き声をあげる怪物が立っていた。
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