対面
グラム達と別れたアリアはシグルドに言われた通りデュークがいると言う中庭にやって来ていた。
「デュークいるかなぁ。」
縁側の廊下から直接庭へと降り立つ。
地面は一面が緑の芝に覆われ、その周囲を色彩豊かな花々が植えられた花壇が囲んでいる。
中央には大きな噴水が設置されており、その四方に真っ白なベンチが並べられていた。
「いつ来ても綺麗だなぁ〜。」
ポカポカとした陽と長閑な雰囲気に当てられ浮ついているアリア。
澄み切った青空、小鳥の囀り、枯れた葉など一つもない純粋な緑は心を落ち着かせるには丁度いい。
彼女は一つ深呼吸をして散策を再開する。
「あれ…?」
すると噴水の下、設置されたベンチの一つに見覚えのある少年が座っているではないか。
「おーい、デュークー!」
アリアの大きな呼び声に少年が気が付く。
彼は彼女の姿を視界に入れると、途端に呆れたようにため息をついた。
「…アリアか。」
キラキラと輝く金髪を揺らし、エメラルドのような透き通った翡翠の瞳をアリアへと向ければ、デュークは開いていた本を閉じる。
「久しぶり!」
「前にも会っただろう。久しいという程か?」
「もう半年も前だよ?…あれ?ちょっと背伸びた?」
「別に変わっていない…と思う。それにしてもあまり大声を上げるものじゃないぞ。淑女たるもの…あぁ、お前に期待するだけ無駄か。」
「えぇ!何それ、私だってちゃんと淑女だよ!」
「…そういうところだ。」
大声を上げるなという注意に大声で返すアリア。
もう手に負えない。
「傭兵はまだ続けているのか?」
「勿論だよ!」
「まぁ、半年前もやっていたのだから当然か。」
もともとアリアが傭兵業を始めたのは二年ほど前であった。
その際には当然グラムやジークにも報告はしたのだが、ある機会に王城までその事情が伝わっていったことがあった。
それを聞いた時のデュークの反応と言えば、
『…は?』
その一言に尽きる。
それからまた出会う機会があった際問い詰めれば、彼女は言うのだ。
『会いたい人がいるんだ。』
そのあまりに真剣で切実な表情に、彼は何も言えなくなってしまった。
とは言え、今の彼女を見ればその心配など不要であったと言わざるを得ないだろう。
一度彼女の剣技を見たことがあったデュークであるが、その実力は確かなものであり、曰く傭兵の中でも中堅以上であるという。
むしろ心配する方が失礼というものである。
「デュークはずっと魔術の勉強をしてるの?」
「オレはそれを期待されているからな。将来兄上に並び立つのであれば、今のままでは分不相応だ。」
それに魔術はオレが好きで学んでいるものでもあるからな、と付け加える。
「…あんまり気負わない方が良いよ?」
「余計なお世話だ。それに、アルブレイズ卿の背中を追ってばかりだったお前に言われたくはないな。」
「ふーんだ!もう気にしてないもんね!」
意地の悪そうにニヤけながら揚げ足を取るデュークに負けじと噛み付くアリア。
「その心境の変化というのも、お前の言っていた『会いたい人』とやらのせい…いや、お陰か?」
「…そうだね、多分そう。ボクの中にあった勘違いを正してくれた、って感じかな?」
「ふむ。お前がそれ程持ち上げるような者ならいつかは会ってみたいものだな。」
アリアがこれほど固執する人物など、それこそ《勇者》くらいなものであった。
しかし今ではむしろその人物の方が強く固執しているようにさえ見える。
それ程の人物であるならば興味本位でも会いたいと感じるのは当然だろう。
「ボクが会えるんだからデュークも会えるんじゃない?」
「そもそも何故お前が会える前提なんだ…」
「その人が言ってたからね!『絶対に会える』って!」
「オレには社交辞令のようにしか聞こえんが…」
「むー!あの人はそんなことしないよ!」
以前は以前で変に拗らせてはいたものの、これはこれで少々面倒臭いとデュークは感じた。
ともあれその人物は彼女にとってのある種のヒーローなのだろうということはよく理解できる。
「まあ、良い。それよりも今日のことでも話そうか。」
「今日のことって…あ、試合のこと?」
「それ以外に何がある。」
むしろこの二人にとっての今日のメインはそれだろう。
「私はあんまり対人戦はしたことないけど…まあ、いつも戦ってるからね!負けないよ?」
「ほざけ、オレとて日々魔術の練磨に励んでいるんだ。形式上魔力の出力は落とされるだろうが、それでも対人戦は訓練として行なっているからな。分はオレにある。」
実際、アリアの家には剣術を教え実践を行うことができる者はいても、本格的な魔術戦を行える者はいない。
アリアが剣術ばかりに傾倒する為、正確には手配していないだけではあるが。
「うぅ…魔術戦ができるような人は周りにそんなに居ないからなぁ。」
「そう易々と魔術を行使されては術師の立場も無くなるしな。お前も知識としてはあるだろうが。」
「…ふふん。」
「…何だその気色の悪い笑みは。」
「気色悪い!?」
何か企むような怪しい笑みを浮かべる彼女を言葉のナイフで思い切りぶった斬るデューク。
アリアは一乙女としてシンプルにショックを受けた。
しかし掴み掛かりそうになる腕を何とか抑えて、改めて得意げな顔をして告げる。
「こほん、聞いて驚くと良いよ。」
「…」
「実はボク、魔術が使えるようになったんだ!」
「…そうか。」
「……あれぇ?」
想像した光景を百倍程に希釈したような薄いリアクションを取る彼に小首を傾げるアリア。
「何か反応薄くない?」
「いや、むしろ『やっとか』…としか思わん。」
「ええ、何で!?」
「お前程才のある奴が今まで魔術に手を付けていなかったことの方が不思議だろう?」
「…それ褒めてるの?」
「好きに捉えろ。」
そうぶっきらぼうに言う彼に釈然としない表情になるアリア。
「というか、何故態々それを伝える?隠しておけば少しでも優位に立てただろうに。」
「ボクはデュークと正々堂々と戦いたいからね!隠し技も別に卑怯だとは思わないけど。」
「まあ立派な戦術だからな。…だがそうか、お前はそういう奴だったな。」
デュークは一人何かに納得するとベンチから腰を上げる。
「なら、オレもお前に免じて手の内を明かしておこう。」
彼は悠々と開けた場所へと移動すると全身に魔力を巡らせ、手を翳す。
「オレが使える魔術は火、風、雷、岩、氷の五種類だ。今回はそれぞれ第三節まで行使するつもりでいる。」
「今回は・・・、ってことは本当は第四節まで使えるの?」
「使えない…まだ・・、だがな。いずれは四節詠唱も多重詠唱も行使してみせるさ。」
デュークはアリアから視線を外すと目の前に集う魔力に集中する。
「これはオレの得意とする雷魔術の一つだ。」
そうして唱える。
「———《雷鳴神殿トル=ディアークス=マグナ》」
轟音と共に中庭が一瞬夜になる。
しかしそんな中で変わらず眩い輝きを放つモノがあった。
「…うわぁ。」
彼女が見上げる空には雷光が密集し形を為した神殿が浮いていた。
放たれる光は神の後光の如し。
その周囲にはまるで神の怒りを表すかのような雷いかづちが駆け巡っている。
それはこの中庭全体を覆ってしまう程であった。
アリアが衝撃から呆けているとデュークが口を開く。
「《雷鳴神殿トル=ディアークス=マグナ》は攻撃ではなく防御に重きを置いた魔術だ。本来周囲に走る稲妻は相手の身を焼き動きを封じ、外から入ろうとする不届者は決して通さない。魔力の消費が大きい分強力な結界となる。」
説明を終えた彼は魔術を解く。
すると顕現していた神殿はフッ、と消え去った。
アリアの意識と共に辺りに静寂が帰ってくる。
「…まあ、コレをお前との試合で使うかどうかは分からんがな。」
「…じゃあ意味ないじゃん。」
「これくらいのモノも覚悟しておけということだ。」
もし先程のものが使われたのなら、果たして自分は対処などできるのだろうか。
そんな不安がアリアの中で芽吹き始める。
「さっきも言ったが出力は抑えられる。だからここまでの威力にはならんだろうが…心構えは重要だろう?」
「うへぇ…。」
若干腰が引けているように見えないでもないアリアと堂々と構えるデューク。
盤外戦はデュークの優勢といったところだろうか。
「む…そろそろ父上達の会談も区切りがついたところか。アリア、準備をしておけ。」
「うぅ…ぜ、絶対負けないよ!」
「ああ、オレとて負けるつもりはない。」
そう言葉を交わし、二人は御前試合の準備へと向かった。
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