王城

 いつものように煙草に火をつけ紫煙を吸い込む。

 肺に煙が回り頭がスッと軽くなる。

 

 ここ最近は煙草を吸うことが増えたように思う。

 嗜好品である故に無駄に高い上、体にも悪いと言うのについつい求めてしまうのはそろそろ治さなくてはならないと自覚しているところであった。

 

 しかし原因は分かっている。

 

 森の異変、そしてアリア・アルブレイズという少女のことである。

 

 自身が何もできないという事実を真正面から突きつけた時に向けられたあの悲しみに満ちた表情。

 その後発せられた普段の彼女からは想像もつかない力無い声。

 

 全てがどうにも頭から離れなかった。

 

 聞いた話ではどうやら魔術を学び何か希望を見出したのか、以前のような明るさを幾分か取り戻したようだが…それでもあの時の情景は現実なのだ。

 

 

「…スゥ———ふぅ…。」

 

 

 自分以外誰もいない執務室でハイネスは考えに耽る。

 

 仮に今回の異変が人為的なものだとして、相手は一体何が目的なのか。

 

 そもそもの始まりは魔物の増加だった。

 そこから更に魔物そのものの異常が起き、更には作為的な面まで見え隠れし始めた。

 

 変異種出現の条件。

 死体の行方。

 ゴブリンの謎の統率。

 

 これだけのことが王都近隣で数年に渡って起きながら、現段階では王都そのものには直接的な被害は確認されているわけでもない。

 

 狙いは王都そのものではないのかもしれない、そんな考えが頭に浮かぶも彼がその答えを求めるにはあまりに情報が少なすぎた。

 

 

「…チッ」

 

 

 苛つきから舌打ちしつつ他支部に送りつけた要請書を睨みつける。

 

 気掛かりなのはそれだけではない。

 この支部やその周辺にも違和感を覚える点がある。

 

 露骨なのは彼が要請を何度も出しているにもかかわらずそれらが悉く無視されていることである。

 

 これだけ取り合っているというのに一切の音沙汰が無いというのは些か不自然だろう。

 せめて文書でも何でも断りの一つあって然るべきだ。

 

 なのにただ無視されている・・・・・・・・・

 

 まるで向こうに己の声が届いていないかのように。

 

 

「…」

 

 

 視線を流し王都支部に所属する傭兵のリスト用紙を視界に入れる。

 

 更に違和感を覚えているのはリストに載っているとある傭兵だ。

 

 変異種の依頼派遣回数計八回。

 そのいずれにおいても重症、軽症、無傷のいずれかで必ず・・帰還している。

 場合によっては他のメンバーが全滅しているにも関わらずである。

 

 証拠は無い、故に確証も無い。

 

 生き残った仲間は何も疑うことなく帰ってきたことを喜ぶか、失った仲間に悲哀の情を浮かべるだけだ。

 

 こちらから起こせるアクションはそう多くはない。

 傭兵組合は治安維持組織ではないため、主な管轄は森の・・異変に限るのだ。

 

 

「…全く…」

 

 

 ハイネスはすっかり短くなった煙草を握り潰す。

 

 ジュ…と一瞬皮膚を焼く音が響けば、吸い殻が灰皿へと捨てられる。

 

 そうして彼は徐に立ち上がり正面の扉から外へ出た。

 

 ロビーへ向かえば、受付には見知った顔の青年が立ちすくんでいる。

 

 ハイネスの存在に気がついた青年はひどく珍しそうな顔をしていた。

 

 

「あれ、ハイネスさん?どうしたんです?」

 

「仕事も粗方片付いたんで、ちょっと気分転換にな…」

 

 

 そう言う彼は誰が見ても一目で疲れていることが分かるような様相であった。

 

 ヴィルックは気の毒そうにしながらも納得する。

 

 

「…ん、新しい依頼か?」

 

「え…あぁ、ええ。どうやら民間の方のようです」

 

 

 そう言って彼は依頼書をハイネスに差し出す。

 

 

「ほう、どれどれ…」

 

 

 彼は渡された依頼書に眼を通した。

 

 すると徐々に彼の眉間に皺が寄り始める。

 

 その依頼書に書かれていたのは———

 

 

 

 

 

 

「———子供の捜索願…か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、半年ぶりくらいかなぁ!やっぱり広いね!」

 

「アリア、あまりはしゃぐんじゃない。みっともないよ」

 

「アリア様、はしたのうございます」

 

 

 もう何度も来て既に見慣れたはずの廊下で駆け回るアリアに叱責を飛ばすグラムとジーク。

 

 彼等は現在、王国の象徴である王城へと足を運んでいた。

 

 その用とは《勇者》グラム・アルブレイズと現国王ヴィルヘルム・クラディアスの会談である。

 

 彼等は王国の要とも言える最重要人物であり、年に数回こうして王城にて会談の場を設けることで親交を周囲に示すとともに、情報の交換を行なっているのだ。

 

 そして今回は今年に入って二度目の会談なのである。

 

 

「ねぇお父様、ボクらの家にもあの鎧置こうよ!カッコいいよ!」

 

「王城内は国内や他国から来る人間に見られることが多いから、その威光示す手段の一つとして置いているんだ。ウチにはそんな人達は滅多に来ないんだから必要ないよ」

 

「えぇ…趣味じゃダメなの?」

 

「どうせすぐに飽きるだろう?」

 

「アリア様、民衆の血税をそのような物に充てていると知られれば申し訳が立ちませんぞ」

 

「そっかぁ…」

 

 

 側から見れば癇癪を起こした我儘娘を親が宥めているような光景。とても気品ある貴族が王城内でするとは思えない会話である。

 

 アリアは不承不承といった風に諦める。

 

 

「はぁ…いつからこんなに我儘になったんだ…」

 

「まあ良いではありませんか。何も求めないよりかは子供らしくあられる」

 

「もう十五だよ?そんなこと言う歳でもないだろう」

 

「おや、グラム様もアリア様くらいの頃は自分の城が欲しいとお泣きになられていたと記憶しておりますが」

 

「…そうだったっけ?」

 

「はい、先代様も随分と頭を悩ませておられましたなぁ」

 

「…」

 

「ホッホッホ、似た物親子ですな。微笑ましい限りでございます」

 

「へぇ〜、お父様もそういう時あったんだね」

 

 

 娘を注意するはずが、図らずも己の黒歴史を掘り起こしてしまった。

 

 グラムはバツが悪そうに、恥を誤魔化すように頬を掻く。

 アリアは父の予想だにしない一面を知り心底意外そうな顔をする。

 

 そんな普通の、ごくありふれたやり取りを交わす彼等の正面から一つの影が姿を表す。

 

 

「お久しゅう御座います、アルブレイズ卿、アリア様、ジーク殿」

 

 

 そう言ってこちらへ向かって頭を下げるのは白髪をオールバックにした中年の男であった。

 

 

「ご機嫌よう、アムラフル卿」

 

「お久しぶりです、シグルドさん!」

 

「お久しぶりでございます」

 

 

 三者三様の挨拶を返すとシグルドと呼ばれた男は頭を上げ、体を半身にしてを翻して廊下の奥へと指す。

 

 

「では、ご案内させていただきます」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 三人は彼の案内に従い廊下を進んで行く。

 

 廊下には先程アリアが強請ったような鎧や絵画、美しい意匠の為された壺やその他芸術品が一定間隔で並んでいる。

 

 これらのほとんどが趣味ではなく上流階級者のある種の仕事として置かれているというのだ。

 そしてそれはこれを施した者も見る者も理解しているのだから高貴な身分とは面倒極まりない。

 

 

「半年ぶりではございますが…アルブレイズ卿はまた一段と雰囲気が柔らかくなられましたな」

 

 

 アリアがまるで上京したての田舎娘のような視線を周囲に向けていれば、手前を歩くシグルドがそう投げかける。

 

 場や相手によっては「腑抜けている」と取られかねない発言も、彼等の間柄であればそんなすれ違いは起きない。

 

 

「そうかな…私ももう歳だからね。段々と《勇者》としての役目を終えつつあるのを体を感じているのかもしれない…けど、そう言う君はいつまでも変わらないね」

 

「前線にて剣を振るう貴方とは違い、私が使うのは皺ばかり増えるココ・・だけですからね」

 

 

 そう言って彼は己のこめかみをトントンと突く。

 

 

「やっぱり宰相は大変だね」

 

「…その体を剣として、盾として国を守る貴方程ではございませんよ」

 

 

 他人事のように言うグラムに彼はそう返す。

 しかしその声音は確かに疲労に満ちていた。

 

 シグルド・アムラフル。

 

 宰相として、国の頭脳として日々周囲の狸共を出し抜くことだけを求められる彼は、体よりも先に頭が駄目になるのではないかという心配が最近の悩みである。

 

 

「しかし、貴方にはまだ現役でいていただきたいのですがね」

 

「それなら問題ないよ。次の《勇者》はもう育ちつつある」

 

 

 グラムは横目でアリアを見る。

 

 その視線を受けたアリアは驚きを見せるも、喜びを露わにまっすぐに見つめ返した。

 

 

「任せてよ!」

 

 

 シグルドは背後から聞こえる力に満ちた声に頬を緩ませる。

 

 

「それは…確かに安心ですね」

 

 

 アリアの実力は王家の人間を含め、王都の者ならば皆知っている。

 

 彼は無粋であったかと一人反省した。

 

 

「そろそろ到着いたしますが…アリア様はデューク様の下へ向かわれますか?」

 

「ん〜…陛下への挨拶くらいはした方が良いんじゃないですか?」

 

「今年は既に一度会っておられますし、陛下もアリア様がデューク様と親交を深めるならばお喜びになられますよ」

 

「…じゃあ、そうします!」

 

「かしこまりました。今、デューク様は恐らく中庭におられるかと…」

 

「分かりました!ありがとうございます!」

 

 

 アリアはシグルドが言い切る前にそう一言礼だけ言うと、駆け足で中庭の方へと行ってしまった。

 

 

「…以前にも増して…何と言うか、元気になられましたね」

 

「…すまないね。それよりも良かったのかい?」

 

「ええ、もともと会談とはいえ陛下と貴方の個人的な交流の面が強いのです。ならば、彼女達も機会があって然るべきでしょう」

 

 

 彼は彼女が走って行った方を眺めると、改めてグラム達へと向き直り彼等の正面に見える扉を指す。

 

 

「では、参りましょう」

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