ゆうしゃ は レベルが あがった!



「《炎捌ヴォル=ヴァナ》!」

 

 

 アリアがそう叫ぶと同時、彼女の掌から生まれた火が三日月を形造り先方へと射出される。

 

 鋭い炎は暫く宙を進むとその勢いと形を失いフッ、と消えてしまった。

 

 

「やった!出来たよ!」

 

「いやぁ、ホントに凄いよねぇ…魔術って一朝一夕でできるモノじゃ無いんだけど…」

 

 

 全身で喜びを表現するアリアに対し、いっそ呆れさえ含んだ苦笑を浮かべつつカローナがそう溢す。

 

 

「昨日が《源火ヴォル=ニト》と《風球リド=バルニ》で今日が《炎捌ヴォル=ヴァナ》…もうこのまま第三節まで出来ちゃうんじゃない?」

 

「アハハ、ソレは無理だよ。」

 

 

 アリアは先日よりカローナの指導の下、魔術の特訓に励んでいた。

 

 組合に設置されている施設の一つである修練場の一部を借り、カローナが手本を見せ解説しつつアリアがソレを真似するという実にシンプルな内容なのだが…

 

 

「…どうかな…」

 

 

 カローナは凄まじい勢いで成長しながら呑気に笑うアリアに戦慄を隠しきれないでいた。

 

 この世界において魔術というモノは非常に才能に左右されやすい分野と言われている。

 

 魔術言語の理解から脳内にて一瞬で術式を組む集中力、精密かつ正確な魔力操作が要求される魔術は一つの学問として扱われる程に奥深く、長い歴史を誇る。

 

 アリア曰く、「魔術の勉強そのものは家でしていたけど、それよりも剣術に力を入れていた」とのことだが、ソレにしたって吸収率が高すぎるように思う。

 

 

「確かカローナさんは六種類まで使えるんだよね?」

 

「戦式魔術だけだけどね。火は第四節まで使えるけど二重詠唱は二節までしか出来ないし。」

 

「四節まで!?凄いね!ここでやったり出来ない!?」

 

「修練場燃えちゃうよ…」

 

 

 魔術には基盤である第一節に始まり第二節、第三節、第四節…のように続き、そこから更に複数の魔術を融合する多重詠唱にまで発展する。

 

 とは言え単独でも第四節にもなれば周囲の環境に大きな影響を与える程であるためそう気軽には使えないのだ。

 

 

「じゃあ第三節は?」

 

 

 しかし興味が尽きないのかアリアは食い下がる。

 

 

「まあそれなら…」

 

 

 ならば、と続くアリアの要求に若干躊躇いつつ頷いたカローナは、姿勢を正すとアリアと少し距離を置き反対側に向き直ると静かに両手を翳す。

 

 すると彼女の周囲に魔力が募り始めた。

 

 心なしか、魔力そのものが熱を放ち始めたかのようにも感じる。

 

 

「…っ」

 

 

 集まる魔力は次第に増え、圧縮され、濃く、更に濃く、密度は増し宿る熱も高まる。

 

 

「———」

 

 

 そうして小さく息を吸い———

 

 

 

 

 

「《来れ拝火の戌ヴォル=アヌズ=カルギュオン》」

 

 

 

 

 

 瞬間、彼女の目の前に巨大な炎が舞い上がる。

 

 アリアは放たれる熱風に怯むも、目に焼き付けようと顔を守る腕の隙間からなんとか覗き込む。

 

 

「っ!」

 

 

 燃え盛る火は《炎捌ヴォル=ヴァナ》と同じようにやがて一つの形を成してゆく。

 

 しかしそれは三日月とはまるで違う。

 

 胴、四つ足、尻尾に頭。

 

 その姿に最も近いモノを挙げるならば「犬」だろう。

 

 炎より生まれた犬はその二対・・の眼を開くとまるで命を吹き込まれたかのように大きく火の粉を散らしながら咆哮する。

 

 またも放たれる大熱波にアリアは肌を焼かれるような感覚を覚えた。

 

 

「ッ…!」

 

 

 息を吸えば今度は喉が焼かれるのではと思い声は発さなかった。

 

 術者本人であるカローナは熱が遮断されているのか、はたまた魔術の性質なのか熱を感じていないようで平気な様子だ。

 

 炎の犬は彼女の側に寄ると彼女への服従を示すように身を伏せ、首を垂れる。

 

 

「…わぁ…!」

 

 

 この時、アリアの胸に溢れているのは間違いなく目の前の光景に対する感動であった。

 

 魔術というものの強大さは勿論、これ程の魔術を、そしてこれを更に上回る魔術をも目の前の彼女は極めたんだという尊敬。

 

 自分がそれを教えてもらえるかもしれないという期待。

 

 まだまだ自分は強くなれるんだという確信。

 

 アリアは自然とこの焼けるような空間には似合わない純粋な笑みを浮かべていた。

 

 そうしているうちにカローナが手を振り払えば炎の犬は幻であったかのように消え去る。

 同時に修練場の熱が一気に引いた。

 

 

「っ、と…大丈夫だった?」

 

 

 カローナは振り返りアリアの方へと近づくと心配の意を込めてそう聞いてくる。

 

 

「…うん、大丈夫だよ。」

 

 

 アリアは感情に浸りつつそう返す。

 

 

「火よりも岩とかの方が良かったかな…」

 

「ううん!凄い迫力だったしカッコよかったよ!」

 

「そう?ならいいけど…あっ、ちょっと焦げてる!」

 

 

 アリアは問題ないと言うが、よく見てみれば服の裾が僅かに黒くなっていた。

 

 

「うわぁ…弁償しないとヤバい?」

 

「大丈夫だよこれくらい、鍛錬じゃいっつも何処かしら解れてるか破けてるし。」

 

「…それはそれでどうなの?」

 

 

 恐らくは運動や戦闘用とはいえ、側から見ても明らかに上質な素材でできている衣服が傷んでも気にしないのは流石大貴族といった所だろうか。

 

 カローナは先程とは違う意味で戦慄する。

 

 

「それにしても凄いんだね!カローナさんは他の魔術でもあれくらいのモノが使えるの?」

 

「火以外なら水、風、岩、雷、氷が使えるよ。でもあんまり見せびらかすモノでもないし、後はアリアの特訓ね。」

 

「えぇ…」

 

「どうせそのうち貴女も出来ようになるんだろうし、今は自分のことだけ考えなさい。」

 

「うぅ…分かったよ。」

 

「よろしい。」

 

 

 本音を言えばもっと彼女の魔術を見てみたいアリアであったが、彼女の言うことも最もであったため肩を落としつつも渋々頷く。

 

 

「じゃあこのまま風の魔術もやってみる?」

 

「うん、どんなのがあるの?」

 

「次の段階だと———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———よし、今日はこのくらいにしとく?」

 

 

 そうして二人は暫くの間特訓に注力するとある程度の区切りがついたところでカローナがそう提案する。

 

 

「…もうちょっと…」

 

「新しい魔術が二つも使えたんだし、そんな焦らなくたっていいんじゃない?」

 

「うーん…」

 

 

 まだまだ練度を上げたいのか渋顔を作るアリア。

 

 

「うん、そうだね。」

 

 

 しかしよくよく考えてみれば彼女は貴重な時間を使って自分に付き合ってくれているだけである。

 

 これ以上自分の我儘で拘束するわけにもいかない。

 

 そう考え直したアリアは彼女の提案に首を縦に振った。

 

 

「それにしても《炎捌ヴォル=ヴァナ》に《風裂リド=テムナ》、昨日の分も合わせれば四つも覚えたんだねぇ…末恐ろしい…。」

 

「カローナさんの教え方が良かったんだよ。」

 

「どうだか…あれだけ剣も使えるんだし、もう十分なんじゃない?」

 

「どうかな…でも確かにこれだけでも戦術は広がりそうだね。」

 

 

 火球を飛ばす《源火ヴォル=ニト》、風の塊を飛ばす《風球リド=バルニ》、そしてそれらを斬撃として放つ《炎捌ヴォル=ヴァナ》と《風裂リド=テムナ》。

 そこに彼女の一等級傭兵としての剣術が合わされば、長距離とは言わずとも中・近距離においてかなり優位な戦いができるかもしれない。

 

 もともと血筋もあってか彼女の魔力量は一般的なそれ・・と比べてもかなり多いため、牽制程度であれば魔力切れを気にすることもなく戦えるだろう。

 

 

「それにこれだけできればデュークだって驚くかも。」

 

「…デュークって、あのデューク殿下のこと?」

 

「そうだよ。実は明日デュークと御前試合があってね。魔術を覚えたかったのはそれに向けて、っていうのもあったんだ。」

 

 

 デューク・クラディアス。

 

 現王国における第二王子である彼は、同時にアリアの幼馴染でもあった。

 

 その立場上頻繁に会うといったことはないが、こうしたイベントがあれば必ず顔を合わせ何かと話をする程度には仲が良く、アリアも彼とは気が知れた仲であると認識している。

 

 また彼は幼い頃より魔術の才を遺憾なく発揮しており、王太子である兄がいる以上王座に付くことはなくとも優秀な魔術師としてその力を振るうだろうと将来を有望視されている。

 

 アリアは明日にそんな彼との御前試合が控えていたのだ。

 

 

「明日…?こんな所いていいの?」

 

「御前試合っていってもついでみたいなモノだし、メインはお父様と陛下の会談だからね。ボクは特に急いで準備することなんて無いんだよ。」

 

「ホントかなぁ…」

 

 

 根は真面目ではあるものの何処か抜けている友人の言葉がいまいち信用ならない様子のカローナ。

 

 

「魔術師としてはカローナさんの方が上だし、もしかしたらこのままデュークも抜かしちゃうかもね!」

 

「相手が相手だからあんまり言えないけど…殿下ってアリアと同い年でしょ?私くらいの頃にはもう殿下の方が凄い魔術師になってると思うけど。」

 

「………今超えればいいんだよ!」

 

「…。」

 

 

 幼馴染の才能をよく理解している分成長した彼の力を想像し沈黙してしまうも、そう減らず口を叩く未来の勇者。

 

 カローナは白けた眼を向ける。

 

 

「まあ何でもいいけど、御前試合ってことは陛下の前でするんでしょ?」

 

「うん、王城の人達とかお父様とか…あとは町の人達も来るみたいだよ。」

 

「結構大きいんだね…てゆうかそんな大舞台なのに殿下が負けちゃったらどうするの?いいの?」

 

「陛下はそんな狭量じゃないし、王都の人達もデュークの実力は十分知ってるし問題ないと思うよ。」

 

 

 何よりは相手が英雄の血筋であるのだから負けたところで決してマイナスにはならないだろう。

 

 むしろ勝てば箔が付くくらいである。

 

 場所によっては彼等と比べてしまえばたかが王侯貴族・・・・・・・と捉えられてしまう場合さえある。

 

 それ程までに太古の英雄とは偉大な存在なのだ。

 

 

「何にしても勝てると良いね。みんなの前で強さを示せたなら今のアリアの目的にも近づくだろうし。」

 

「勿論!魔術を覚えてるって言うのはお父様だって知らないからね、驚かせちゃうよ!」

 

 

 アリアはそう言って明日の試合に向けて気合いを入れるように拳をグッと握り込んだ。

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