第15話

 翌日、バーバラさんの「なんじゃこりゃー?!」という野太い雄叫びで目を覚ました。外の様子を見に行ったリオが、戻って来るや、早くと急かしながら窓際に呼ぶ。

まだ少し痛む足を引きずりつつ、窓から外を覗いてみた。眩しい朝の光に照らされ、徐々に視界が慣れて外の景色が見えて来た…

「でぇえええ?!」

花、花、花。見渡す限りの全ての植物が花開き、季節関係なく花満開です。色とりどりの花が一斉に咲き、さながら花の都状態。

「な、なにこれ…」

昨日寝るまではこんな事になってなかった筈だと、昨夜の記憶を思い起こす。

「あ…」

と、一番先にあのキスが思い出されて、リオの顔を見れないほど顔が熱くなる。

どうやらあの後、気絶した私はそのまま宿屋に運ばれ、リオが宿備え付けの救急セットで簡単に傷の手当てをしてくれたらしい。意識が戻って目覚めたら、両手足にガーゼやら包帯をいっぱい付けられていてびっくりした。

その時の街はいたって普通の様子だった。

それが、一夜明けたらこうだ。何が起きたの?これ…

急いで身支度をして階下に降りると、バーバラさんが外から戻ってきた所に出くわした。

「いやぁ…どうしちゃったのかしらぁ…」

「バーバラさん、おはようございます。」

「あらっ、お二人さん!オハヨ♡んふ♡」

…なんだ、どうした。バーバラさんの反応がおかしいぞ…いつも以上にクネクネしてる。

するとバーバラさんはニヤニヤしながらリオに近寄り、肘で突付きながら言った。

「リオちゃん!おめでとう、んもうアタシまでキュンキュンしちゃうわ!」

「ありがとうございます」

え…?ま、まさか…

私が困惑の表情で見つめると、リオはめっちゃいい笑顔で言う。

「昨晩、チアキ様の手当ての為に、事の経緯をお話しました。」

「大好きなのよぉ、恋バナ!失神するまで…なんて、アンタ意外と情熱的なのね!イイ…イイわぁ!!羨ましいわぁ!!」

「ノォォォ!!」

『顔から火が出る』と『穴があったら入りたい』を同時に体験するのは初めてだ。私は顔を手で覆い隠してしゃがみ込んだ。

もうやめて…私のライフはゼロよ!!と叫びそうになる。

「あ、そうだわ!きっとこのお花畑も、二人の恋路を聖女様が祝福して贈ってくれたに違いないわね!!」

バーバラさんはなるほどね~と勝手に納得して、いつもよりクネクネしながら一階の奥に消えていった。

残された私達はその言葉には同意できずに微妙に苦笑いをした。あの聖女はこんな事たぶん出来ないというか、出来たとしてもやらんだろ…と。


 外に出てみると、本当に花の都状態なのが実感できた。もともと緑の多い街だったが、今日は特にそれを感じる。そよ風が花の香りを常に運び、どこを見ても目の前が鮮やかに輝いている。

私達は月夜の黒猫亭に来るまでの道にある薬屋を目指していた。昨晩は祭で休業していた為バーバラさんが今朝方、薬屋さんに話を通してくれたらしい。有り難いことだ。

「抱っこしましょうか?」

リオがここぞとばかりにグイグイ来る。こちとら普通に顔を合わせるのもなんか緊張してるのに、またあの近さになったら爆発するだろうが!!

私はいつも通りを意識しながら強めに断る。「いりません…!」


いつもよりゆっくりと歩きながら、路地を曲がり大通りに出た所で、見覚えのある金髪の男性が私達に気付いて声をかけてきた。

「君たち!」

「ゲッ」

聖女の護衛騎士、テオドールさん。珍しく軽装の彼はあっという間に私達に接近してくる。足の長さかフットワークの軽さなのか分からないが、本調子ではない私は逃げ切れずにあっさり捕まってしまった。

リオは警戒心剥き出しでめっちゃ睨んでいる。私を背に庇い前に出た。

「俺の愛する主にあれ程の怪我をさせておいて、まだ追い掛け回すとは…聖女様は恐ろしい女性ですね。謝罪ならお聞きしますがそれ以外ならお引取り願えませんか。」

リオは、ゴミを見るような冷ややかな目で一息に言った。すると、テオドールさんは深々と頭を下げて謝った。

「昨晩、聖女様が貴方がたに多大なるご迷惑をお掛けしたこと、本当に申し訳無いと思っている!我等もあの方への接し方を改め、より厳しくしていく事となった。それと、あなたが怪我をされたと伺ったのでお詫びにと思い、これを…。」

申し訳無さそうに紙袋を差し出す。

「我等、騎士団が使っている軟膏薬と湿布薬だ。王城の薬師が作っているから効果は折り紙付きだ。湿布薬は少し匂いが強いが、よく効くと思う。」

「あ…ど、どうも…」

半ば強引に手渡され、取り敢えず頂く事にした。私が受け取ると、テオドールさんは安堵したように微笑んだ。リオはその様子をみて渋々警戒を緩める。

「あ…それと少し聞きたい事があるんだ。立ち話は怪我に響く、どこか座れる所に移動しないか?」

リオの眉間に一層深くシワが刻まれるが、こちらを気遣ってくれた提案なのがわかったので、私も頷いた。

「大通りの中なら。」


 「単刀直入に聞くが、コレは君達の仕業か?」

大通りにあるカフェ兼菓子店。通りに面した入口側は焼菓子などを売るスペースだが、奥に進むと中庭風のテラス席があり、そこでお茶をすることが出来るちょっとお洒落なお店だ。テラス席は席数が少なく、貸し切りにすることもできるらしい。

テオドールさんは、既にここを予約でもしていたかのようにスマートに案内してくれた。

席につくやいなや、彼はそう切り出した。

「は?」

リオは高速で切り返す。しかもなんかだいぶ冷ややかだな…

「コレとは?」

「この街の状態だ。こんな事、今まで例がない。街の様子を見るに、広場付近を中心に半径約10メロルの範囲内で花が咲いている。」

メロルってなんだ?メートル的な事か?と勝手に仮定して話を聞く。そう聞くと確かにかなり限られた範囲で起きているとわかる。

その時、丁度お店の人が注文したお茶やら一式を運んできてくれた。

お茶を口に含むと、華やかな香りが広がる。美味しい。高級なお茶だこれ!

店員が帰るのを待って、テオドールさんは話を続けた。

「我が団の精霊魔法術師によると、この現象は『聖域化』と思われる。過去の文献に稀に大規模な浄化を行った後に起こる事があるとか…という記述があった。」

「聖域化…?それなら、そちらの聖女様の仕業では?」

そう言うと、間髪入れずに

「いや、無い!」

と返ってきたので、あぁやっぱそうだよね〜とちょっと安心した。

「聖女様は確かに『聖女』だが、使える魔法はたかだか小さい桶一杯分の水を出す程度でしかない!これでも努力した方なんだが、広範囲の浄化なんてとてもとても…」

テオドールさんはこめかみを押さえ、沈痛な面持ちで言った。あ~、この人も苦労してるんだなぁと思うと、ちょっと親近感が湧く。

「昨晩の祭で聖女様が街の者に魔法を披露した時、美しく輝くような風が吹いた。恐らくそれが浄化の魔法だろう。聖女様や、騎士達も見たものが多い。見間違いでは無い筈だ。」

しかし、その言葉に引っかかる所があって私は首を傾げた。

「輝く風?」

状況的に砂央里さんが私の元を去ってからの時間ぽいが、そんなものあったかな?広場付近から10メートル以内なら私も分かる筈だけど…全くもって心当たりがない。てゆーか、そんなの私も見たかった!

その時、私はある一つの可能性に気が付いてしまった。広場から10メートル以内、広範囲に及ぶ高等魔法、私が意識を手放した後、もしくはその直後にそれが起こったなら…

そして、リオの魔力値は『測定不能』…

「ま…まさか…ね?」

私とテオドールさんが揃ってリオに視線を集中させる。当の本人は我関せずで呑気に高級なお茶を啜っている。

すると、リオは黒水晶の瞳を愉しそうに細めて微笑む。

「はい」

「……」

私とテオドールさんは暫し沈黙した後、お互いの顔を見合わせた。

(コレは…どういう意味の?)

なんか煙に巻かれた感を壮絶に感じながらも、二人共それ以上ツッコむのをやめた。

取り敢えず、『ちょっと頑張った聖女様の魔法』でいいよ、もう。


その後、テオドールさんは再度私達に、砂央里さんを厳しく監視しながら旅をしていくと宣言し領主の館へ帰っていった。この街にはあと数日滞在し旅支度を整えてから、次の宿場町へと発つそうだ。

「次、か…」

ふと、隣を歩くリオを見上げた。目が合うと柔らかく笑ってくれる。背景がリアルに花まみれなせいで、余計きらめいてる。

「次がどうかしましたか?」

「んー?別に?」

それがくすぐったいような、恥ずかしいような。形容しがたい気持ちになる。

取り敢えず眩しくて直視は出来ないので、適当にはぐらかして目を逸らした。すると突然耳元で腰椎を爆殺するようなイケボが。

「…次って、キスの『次』って意味ですか?」

「はぁー?んん?!!」

反射で耳(と腰椎)を守ろうとその方向に顔を向けた、その瞬間。

待ち受けていた彼の唇が私のと重なった。

数秒後、軽く音を立て離れたそれを、愛おしそうに自身の指でなぞる。

私はその一連の挙動を真っ赤になりながら見ている事しか出来ない。

やがて、彼は満足そうに微笑んで言う。

「大丈夫ですよ、俺がどんなものからも守りますから。だから、チアキ様は安心して俺に愛されてくださいね。」

「う…」

ジリジリと後ずさる私に、めっちゃいい笑顔でにじり寄るリオ。気のせいか、背後に『観念しろ』という文字が浮かんだ気がした。

「あ、圧が強い…!!」


私のお守り精霊、溺愛が過ぎるんですが…!

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