第1.5話 

 満月が川面に映り金色の道ができた時、その道はここではない何処か別の世界に繋がっている…かもしれない。


あの夜、石動千晶いするぎ ちあきを抱き上げたまま満月の輝く川面へ飛び込んだ、全体的に黒い美形、黒水晶モリオンの精霊、リオ。

彼が最愛の主にも秘密にしている、最初の夜のお話…。


 満月の道を通って辿り着いた場所は、森の中だった。水に飛び込んだのに水滴一つ付いていない。当然だ。彼はどんな物からも主を『守る』事が存在意義なのだから。

とは言え、大切な主を適当に転がして置くなんて以ての外、出来る限り丁重に、大切に、扱いたい。リオは腕の中で気を失って眠っている主人を愛おしそうに見る。

満月の光に照らされた寝顔は、お世辞にも健康そうとは言えなかった。肌は乾燥して荒れかけているし、目の下には隈、なんだか凄く疲れているのがわかる。

「…可哀想に…」

すぐにでも寝心地の良いベッドに寝かせてあげなくては!

そう思ったリオは辺りを見回し、川に沿って歩き出した。下流の方に行けば街の灯りが見えるだろうから、そこの街の宿に行こう。

サクサクと下草を踏み締めながら歩く。歩きながら、周囲にザワザワと何らかの気配を感じる。あまり良いものでは無さそうだ。

この世界は、主人のいた『元の世界』とは違う、いわゆる『異世界』だ。リオが『自分が実体化できる世界』を望んだから、それが可能なこの世界に道が繋がったのだ。

主人が自ら命を絶とうと思い詰める様な世界に用はない。だから、元の世界との縁を『切った』。その代わりこの世界との縁を結んだという事になる。

モリオンの特性上、切るのは得意だが、結ぶのは苦手だ。所属する世界を変えるのはそう簡単には出来ない。

リオは、眠る主を見つめて祈るように呟いた。

「ここが良い世界だと良いんですけどね…」


 暫く歩くと、数メートル先に人の気配を感じた。森の中で野営をしているのか、灯りと数人の声が聞える。

リオは少し離れた位置に主を下ろし、気配を消して聞き耳を立てた。森の中で、今日の収獲がどうだったとか、次の獲物がどうだとかという単語が聞こえるが、どうも動物を捕る狩人では無さそうだ。ギャハハハと下卑た笑い声が聞こえ、リオは不快感に眉をひそめた。主が怖がってしまうかもしれない。

「…少し片付けますか。」

そう呟くと、静かに男達の元へ近付いて行く。木陰から確認したところ、焚き火を囲んで酒を飲んでいる柄の悪そうな男が3人、盗賊らしくどこぞの誰かから奪った荷物を広げ、ゲラゲラと笑っている。

「…いやぁ、上手くいったなぁ!」

「魔の森に入っちまえば大抵の奴ぁ追いかけてこねぇんだからなぁ〜」

「ちょっと辛気臭いだけで人が寄り付かねぇ、いい隠れ場所だ!」

『魔の森』とは、この森の事か…

リオはさっきから感じている何者かの気配を思い出し、納得すると同時にこの男達は分からないのかと哀れに思った。

ここは『精霊が実体化できる世界』だ。人知を超えた存在が、たった一つのキッカケで牙を剥いて襲いかかってくるかもしれない。そして、この森はそういう存在の気配が濃い。

いずれどこかで痛い目をみるだろうが、差し当たって今は、主にとっての危険因子だ。排除しておくに越したことはない。

リオは酒を酌み交わす男達に集中する。命までは取らない程度…薄皮一枚を切り刻む様に力を集中させる。そして、人差し指一本をくい、と動かした。

「…ッぷはぁ~…あ?」

一人の男が酒を飲み干し、コップを大きく動かした瞬間。

パラ…ッ

全員の衣服がハラハラと切れて舞い散った。

「ンおおあぁぁ?!」

「な、なんじゃこりゃー?!」

突然裸になってしまった男達は、理由が分からず混乱してバタバタと暴れ回った。そして、舞い散った布が焚き火に引火して、男の目の前で一瞬高く燃え上がった。

「う、うわぁーー!!」

燃え上がった炎で鼻の頭と前髪を焦がした男は震え上がって裸のまま走り出していった。一人が逃げ出せば、残りの二人も訳が分からないままそれに続いて走り出す。

あっという間に野営地はもぬけの殻に…。

彼等が居なくなったのを確認して、リオが木陰から姿を現す。そこには盗品と思しき荷物と、男達の服から落ちたと思われる硬貨の入った小袋が転がっている。小袋を拾い上げて中身を確認する。

「…コレは頂いておきますか」

盗品の荷物はそのままにして、リオは踵を返し主の元へ急いだ。


 先程、一旦主を下ろし木にもたれさせた場所に足早に戻ると、同じ格好のまま眠っている彼女を見つけた。

相当疲れていたのか、眠りが深いのか気持ち良さそうに寝息を立てている。その姿を見てリオは安堵の息を吐いた。

さて、再び抱き上げて街へと向かうか…と彼女に触れた時、「ん…」と小さく身動ぎして目を開けた。その動作にリオの心臓が跳ね、動きが止まる。

「…チアキ様…?」

薄っすらと目を開けたまま、ボーッとしていたがその呼びかけに反応してゆっくり顔を上げた。そして、ふにゃと微笑んでリオの胸に自ら収まるように擦り寄った。

「ッーーー〜…!!」

リオの心臓は再び大きく跳ねた。最愛の人が腕の中で自分の服を弱く掴んで丸まっている。以前はたった一人で、背中を丸め必死で泣かないように耐えていた彼女を、今は自分の腕の中で守る事が出来る。その感動に打ち震えると同時に、ドキドキと高鳴る鼓動と悶えるような衝動の行き場に困った。

人の身体とはかくも不思議なものだ。何よりも大切にしようと思う反面、彼女が泣いてもいいからめちゃくちゃにしたいとも思う。だけど、それらの根底にあるのは全て愛だ。この人が愛しいと思う気持ちだ。それだけは何よりも確かだとわかる。

リオは、また眠りに落ちた最愛の人をそっと抱きしめた。強くしすぎて起こさないように、触れるか触れないかの加減で。

「チアキ様、愛しています」

そして、初めてのくちづけをした。

その瞬間、彼等を中心に何か力の波の様なものが広がった。それは金色の輝きを放つ風の様に一瞬にして広がっていく。

リオはその様子を見て、少し照れたように苦笑いした。

「あぁ…やってしまった。これも、もう少し制御出来るようにならないと…」

金色の風が吹き抜けた一帯は、今まで感じていた何者かの気配のざわつきが消え、清浄な空気に変わっていた。

まぁ、いいかと腕の中の主に視線を戻したリオは、木々の間から差し込む月光に照らされた彼女の寝顔を見て、はたと止まる。

(このまま街に連れて行ったら、不特定の人間にこの寝顔を晒してしまうのでは…?)

「ここで夜を明かそう!」(この間、0.03秒)

幸い(?)野盗達が置いていった荷物がある。何か使えるものがあるはずだ。

そう思い立ち、名残惜しそうに腕の中で丸まる主を自分の上着の上に横たえて、リオは再び同じ道を戻っていく。

これから、彼女と初めての夜を迎える。その事実に感動と嬉しさから、口角が上がるのが隠しきれず笑みが零れた。 

(絶対に添い寝する…!)

一途なお守り精霊は、密かな野望を抱きながら、歩く速度を速めるのだった。

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最強のお守り精霊は悪縁(という名の邪魔者)をぶった切る 火稀こはる @foolmoonhomare

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