第14話
「はぁ…はぁ…、も…もう無理…」
私は石畳にだらりと全身を投げたし脱力した。這ってでも行く!と思ってみたものの、実際数十メートル這った所で力尽きてしまった。手足は痛いし、泥だらけだし、めっちゃ疲れた…もう動きたくない。
「…誰かぁ〜」
助けて〜と情けない声をあげようとした瞬間、頭上から聞き慣れたイケボが降ってきた。
「おやおや、こんな所に落ちている。」
「リオ…?」
顔を上げると、夜よりも黒い艷やかな黒髪と黒水晶の瞳の美形がすぐ側にいた。いや、幻かもしれない…
「本物のリオ?」
「はい。本物の、あなたの最愛の、唯一無二のリオです。他にも居るんですか?浮気ですか?」
クスクス笑いながら、リオは私を起こしてくれた。こんなのがもう一人存在したらエライことだ。世界の美のバランスがおかしくなるだろ。あと、浮気等という高等テクは私には無理だ。エリートの喪女舐めんなよ。
「……大丈夫ですか?痛いですよね…」
そこら中の擦り傷を確認して、さすがのリオも痛々しそうに眉をひそめ、気遣ってくれた。殆どコケた時のやつですとは言えない。
「あ~、いやコレは殆ど自損事故だから…」
「傷跡が残らなければいいですけど…やはり、あのまま排除しておけばよかったか…」
後半なんか物騒な呟きが聞こえたけど。良かった、思いとどまってくれて…!
「申し訳無い…足を捻っちゃって立てないんです…」
肩をかしてくれ。そういうつもりで言ったのに、それを聞いたリオは「よし来た!」と言わんばかりに私を抱き上げた。
「なんと…それは大変ですね!(満面の笑み)」
「めっちゃ嬉しそうじゃん…」
「とんでもない!心配してますよ?バルバドスさんにお医者様か薬屋の場所を聞きましょうね。ちゃんと手当てしないと。」
「…はい」
大人しく身を任せると、リオは少し躊躇いがちに私の頭に自分の額を擦り寄せた。力を抜く様に長く息を吐く。
「…良かった…あなたが無事で…。もう、俺の側から離れないで…」
声が震えている気がした。
まだ、ここは広場に続く路地の途中。向こうの方に賑やかな音楽と人々の声が聞こえて、それがBGMみたいに2人を包んでいる。
「リオ」
そっと黒髪に触れてみる。サラサラの髪が指の間を滑っていく。
「…私ね、この世界に来て一つ決めた事があるんだ。」
すると、リオは顔を上げて私をじっと見つめた。彼の瞳に私が映っているのがわかる。
「まだなんにも出来ないけど、このままずっとリオに助けて貰わなきゃ何も出来ないお荷物にはなりたくない。私、要領悪いし鈍臭いから凄く時間がかかるかもだけど、いつかリオの隣に並ぶのに相応しい人になりたい。」
真剣に私を見つめている黒水晶の瞳が、少し不安そうに揺れている。
この勢いで、考えてた事全部言ってしまえ、自分!そう自分を鼓舞して言葉を続ける。
「…だから、その決意表明というか、最初の一歩としてっていうか…その…」
私は深く息を吸って、覚悟をきめる。恥ずかしいけど、言ってしまえ!!
「…マイペースに頑張りますので、その、こ…これからもッずっと一緒にいてくださぃ…」
最後の方がなんかモニャモニャになってしまったけど、恥ずかし過ぎて顔が上げらんねぇんですが!!
私は閉じた瞼を恐る恐る開けてみた。すると、目の前には頰を真っ赤に染めたリオの顔があった。二人の間に数秒沈黙が流れる。
この至近距離でこの沈黙は気まずい!私は慌ててこう付け加えた。
「あ…あああの、そういうことなので…今後ともよろしくおねg…」
が、全部言い切る前に言葉がのみこまれる。
気付いたら、彼の唇が私の口を塞いでいた。
一瞬、何が起きたのか理解できずに全機能がフリーズする。
「?」
酸素を求め一度離れたと思ったら、違う角度で再度重なる唇。私の見開いたままの視界いっぱいに、きらめく黒水晶が蕩けそうに潤んで…息継ぎの度に吐息混じりに掠れた声で名前を呼ばれた。やがて深くなる口づけにやっと頭が理解する。
キス、されてる。リオに。
私が覚えているのはそこまでだった。初体験の強烈な衝撃により、私は意識を手放した。
私とリオが再会を果たしたのと同時刻。同じように路地に放置された聖女の元に、テオドールが駆け付けていた。
「聖女様!」
「テオドール様ぁぁ~」
テオドールの姿が見えて安心したのか、泣きながら彼に縋り付く砂央里。
「あの精霊に私…、みんなの剣がバラバラで、私のものになってくれなぐでぇ~…」
支離滅裂だが、彼女の計画が失敗したのはわかった。少し目を離した隙に、領主の館から数人の護衛騎士を連れて出て行ったかと思えば、その騎士達は武器を切り刻まれて逃げ帰ってくるし、一体何をやらかしたんだ。
「…お怪我が無くて何よりです。これに懲りたら、勝手な行動は控えてくださいね。」
呆れながら言うと、砂央里は泣きながら何度も頷いた。
そこへ護衛騎士の一人が走ってやって来た。
「隊長、皆が聖女様はまだかと…どうしましょう」
祭も終盤に差し掛かり、聖女はまだかと街の皆が待ちかねている。無理を言って夜まで遅らせてもらったが、これ以上はもうどうすることも出来ない。テオドールはやれやれと砂央里に声をかける。
「…わかった。聖女様、行きましょう」
「む、無理だよぉ…私…」
「聖女様、あなたが館から出なければ体調不良と言って断れました。しかし、あなたは勝手に外に出てしまった。もはややるしか無いんですよ。街の者達が待っています。」
「うう…」
砂央里は観念した様に、テオドールの後ろをトボトボと歩いていった。
街の広場に着くと、祭用に作られた2,3メートル位の高さのやぐらに案内された。そこへ登ると広場に集まった人達が一斉に自分に注目していることがわかる。
「聖女様ーーっ!」
「ようこそウィトの街へ!!」
と、口々に歓迎の言葉を言ってくれる。砂央里はその様子を見て腹を決めたのか、一歩前に歩み出た。テオドールはただ黙って見守っている。
「み…皆さん、歓迎して頂き大変嬉しく思います!皆さんのご期待に応えられるかわかりませんが、これが私の今の精一杯です…!」
そう言うと、砂央里は空に向かって両手を掲げた。
「水よー…、」
その時、音もなく一陣の風が広場全体を吹き抜けた。その風は金色の輝きを纏った白く透き通った風で、吹き抜けた後は雨上がりの様に清らかな空気が周りを満たしていく。
風が吹き抜けた直後に、砂央里は渾身の力で出した精霊魔法の水を自分自身の上に落としてしまい、一人だけ水浸しになっていた。
金色の輝く風が一瞬で吹き抜け、街の住民達はしばらく何が起きたのか分からずポカンとしていたが、やがて一人、二人と拍手が鳴りだした。
「…なんか分からんが、聖女様スゲー!!」
「ウオオオ!聖女様ー〜!!」
これには、やぐらの上の砂央里とテオドールも呆然と顔を見合わせるだけになってしまった。こうして大興奮のまま、聖女様歓迎の祭は幕を閉じていったのだった。
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