第13話

 私は、脳内の処理が追いつかず、足を組んでこちらを見下ろす目の前の人をポカンと見上げていた。

「…はい?」

「だからぁ、アンタの精霊は私が貰ってあげるって言ってるの。」

あぁ、リオの事かとワンテンポ遅れて理解した。そう言えばこの人異常にリオに纏わりついていたもんな〜と思い出して納得する。

「私って『聖女』だから、勝手に精霊に愛されちゃうみたいだし、アンタみたいに、一人でな~んにも出来ない地味女より私の方がいいに決まってるけどね?」

髪の毛を弄りながら自慢げに話す砂央里は、ニヤニヤと笑いながら私に顔を近づけて言った。私は無意識に左手のブレスレットをスカートで隠しながら、無駄に近い彼女の顔を避ける。

「なにが『主』よ、いい?私がこの世界の主人公なの。とりあえず、脇役アンタはそこに座ってればぁ?覚えてたら誰か回収に向かわせてあげるね♡」

クスクス笑いながら、砂央里は私に背を向けて来た道を悠々と歩いていく。私は薄暗い路地の真ん中に置き去りにされてしまった。

「えー…マジかぁ」

リオの所に戻らないとと思うのに、足が痛くて動かせない。砂央里に投げつけられた言葉が何度も頭を巡る。それに引きずられて会社での辛かった記憶までもが蘇ってきた。

私は、立ち上がろうとするのをやめて、腕の力だけで足を引きずり体勢を変え、花壇にもたれて空を仰いだ。

「一人でなんにも出来ない地味女…か」

そう言えば、前にも誰かに似たような事言われた気が…

別に思い出さなくてもいい事ばかり、都合よく脳裏に浮上するらしい。ある人物が砂央里の姿と重なって思い出された。

中野さんだ…私の会社の後輩で、派手で世渡り上手いや…ずる賢くて、何度も辛酸を嘗めさせられた。砂央里は彼女に振る舞いが似ている気がしてきた。

そう気が付いてしまうと、なんだか困惑とか焦りとかよりもムカムカと腹が立ってきた。

なんで、いつもいつも私の邪魔をしてくる奴はあーゆう人間なんだろう。私の何が気に入らないっていうんだ!てゆーか、あんたらに気に入られようなんて思った事無いし!

「地味女だからなんだって…?人を舐めるのもいい加減にしろよ…」

私は思い切って地面に伏せて、ズリズリと匍匐前進を始めた。

「立てないなら、這ってでもリオの所へ行ってやる!『精霊に愛される聖女』だからなんだ!私の人生では私が主人公だっつの…!!」


 辺りが暗くなるにつれ、提灯に火が灯り会場に集まる人も多くなってきた。賑やかな音楽に合わせて踊りだす人達や酒を酌み交わす人達の隙間に目を凝らせて、探し人の特徴が無いか探すが、なかなかに難航している。

リオは焦る気持ちを抑えるように軽く頭を振った。喧騒の中から外れて、広場へ繋がる路地の方へ移動する。

契約で繋がっている主なら、気配を追えるはず。彼は焦りと苛立ちを鎮め、主の気配に集中しようとした。

「…精霊さん♡」

しかし、聞き覚えのある声がそれを阻む。

さっき主を連れ去った張本人がそこにいた。が…主の姿は無く、代わりに数人の護衛騎士を連れている。

「…チアキ様はどちらへ?」

「私のお願いを聞いてくれたら、教えてあげようかな?」

いつの間にか、騎士達がリオを囲う様にして壁を作り上げていた。砂央里が場違いな程可憐な表情を作って前に進み出る。上目遣いで見つめて柔らかな声で言った。

「お願い、私の精霊になって?」

「……っ」

瞬間、周りの空気がザワザワと動いた。祭の賑やかさに惹かれて集まっていた小さな精霊達が、聖女の『願い』に反応している。自分こそがとアピールしている様だった。

しかし、彼女は小さな精霊達の様子に気付いていない。分からない、の方が近い位に。

砂央里は隙をついてリオの手を握った。彼女に触れられると、何故か思考にモヤがかかったように緩慢になる感じがする。

快楽に誘うように甘く温かい聖女の『愛』。

だけど、それはリオの求めているものでは無かった。

「お断りします」

リオは砂央里の手を振り払う。砂央里は少し驚いたが、想定内だと言うようにより一層優しい声で言った。

「どうして?私はあの人よりも優れているし、あなたを愛してるわ。私の方がいいでしょ?」

しかし、リオはその言葉にフフッと笑った。

護衛騎士達は少しずつ、気付かれないように戦闘の構えを取り始める。万が一の時、すぐに相手を始末出来るように。

「随分ご自身に自信がお有りのようで。それならば、俺はあなたには必要ないでしょう。」

「え?どういう…」

リオの纏っていた空気が変わった。黒水晶の瞳が冷たく彼等を捉える。

「俺は石動千晶あるじの為だけの精霊。彼女を守り、その全てを支えて差し上げるのが存在する意味ですから。あなたのように何でも出来る方には要らぬ存在かと。」

「…?!」

異質な空気に、周りを飛び回っていた精霊達は鳴りを潜める。そして、リオが軽く手を動かしたと思った瞬間、護衛騎士達が携えていた武器がガラガラと音を立てて散らばった。どれも鋭利な何かで切り刻まれた様にバラバラになっている。

「なにっ?!」

「うわぁ、剣が…!」

とその惨状に声をあげる騎士達と、状況が分からず後ずさる聖女。カツン、と靴音を響かせニタリと笑う黒い精霊。

「切るのは得意なんです。」

ヒッと息を飲んだ騎士達はバラバラになった武器を慌てて掴んで逃げ出してしまった。取り残された砂央里は、青い顔をしてへたり込んだ。

「あ…」

リオは砂央里の前にしゃがみ、その冷たい瞳で彼女を見つめた。

「俺を愛している…でしたっけ?」

「え…えと…」

「ごめんなさい、最愛の人がいるので。」

笑顔でお断りのセリフを告げられ、砂央里は何も言えずに呆然とした。

「あぁ、それと…」

と、リオは何かを思い出したように砂央里に近づき、そっと額の辺りに手をかざした。すると、砂央里の視界がぼやけ、次第に何か無数の糸のようなものが見えて来た。

「…見えますか?この糸一つ一つが『縁』です。俺とあなたの間に糸は無いですよね?」

見ると、確かに二人の間には何も無い。

「さっき、切りましたから。」

サラッと笑顔で言うリオに、砂央里は言葉を失う。やがてリオが手を戻すと視界も戻り、いつもの景色を取り戻した。

リオはことさら残念そうに微笑みながら囁く。その目の奥は決して笑ってはいない。

「チアキ様はあなたの事を同郷の友人だと思っているのでこれ以上はしませんが、もしも今後、あの方の邪魔をするなら…悪縁と見なして排除しないといけないですね?」

「………」

ついさっき自分のやった行いを思い返して、砂央里はただ蒼くなるだけだった。とんでもない精霊ヤツに手を出してしまったという後悔だけが頭を駆け巡る。

やがてリオは立ち上がり「では。」と一礼して立ち去る。

祭の喧騒の中、薄暗い路地の地べたに座り込む蒼い顔の聖女だけが取り残されていた。

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