第12話

 時間は少し戻り、祭の日の朝。ここはウィトの街領主の館。この館に滞在中の聖女の朝は遅い…筈だった。少なからず今までは。

「ふぇ~ん、そんな急に出来ないよぉ〜」

「出来ないよーじゃねぇ、出来るようになるんだよ!」

領主の館の中でも大きめの部屋で、何やら熱血指導をするエリヤと床に座り込んで喚く聖女、砂央里の姿があった。騒ぎを聞き付けてテオドールが顔を覗かせる。

「エリヤ?何してるんだ、こんな朝早くから…王城に戻るんだろう?」

「おー、テオ!なんでか知らんが、今日の祭で聖女アピールしてくれって領主殿に頼まれてんだよ。今代の聖女はスゲーって噂になってるとかなんとかって…」

エリヤが面倒臭そうにガシガシと頭をかいた。砂央里は床に座り込んでブツブツと何かを言っている。

「聖女アピールって…?」

「街の皆に聖女様の精霊魔法を披露して欲しいらしい。」

そこまで聞くと状況が分かったのかテオドールはうーん…と頭を抱えた。その反応を見た砂央里は更に大声で喚いた。

「ひどーい!テオドール様まで!」

「いや、普通この反応だろ…」

そう。何を隠そうこの聖女、一応精霊と契約はしているものの、全く上達しないのである!練習しないから!

「精霊だってちゃんと契約してますぅ!」

「ウン、城で初めて練習した時の、下級の水精霊な?」

「魔法だって…ちょっとだけなら使えますぅ!」

「霧吹き程度の水を出す魔法な…」

「ぐぬぬぬ…」

反論してもすぐにエリヤに論破され、砂央里はぐぬぬと唸ることしか出来なくなってしまった。テオドールは座り込む砂央里の傍らにしゃがんで、じっと彼女の目を見る。

「聖女様」

「テオドール様ぁっ!」

砂央里は渾身の力で目をウルウルとさせてテオドールの言葉を待った。

「頑張りましょう。あなたは聖女なんですからきっとできます。」

「え…」

しかし、期待していた言葉とは違う物が返ってきた。砂央里は、ぐっと言葉を飲み込み、掌を強く握り締める。

(………)

やがてテオドールは立ち上がり、エリヤと話始めた。砂央里はゆっくりと項垂れ、唇を強く噛む。

「とりあえず、お披露目の時間を遅くしてもらおう」

「他の者にも声をかけて、低級魔法でも派手に見えるやり方を考えてみるか…」

「…何故か分からんが、今この街には精霊が多くいるっぽい。新しい精霊と契約出来ればあるいは…」

彼等は何か良い手段が無いか相談している様だった。聖女の為に、皆で協力しようとしている。

しかし、そんな彼等とは対照的に砂央里はその場で俯き、拳を握り締めるだけだった。



 やがて太陽が傾き、少しずつ夕暮れに染まりはじめる頃。『聖女様歓迎の祭』の会場である街の広場は、人で賑わっていた。

任されていた出店の仕事を終え、はれて自由の身になった私とリオは異世界屋台飯のはしごを楽しんでいた。バーバラさんから2人分のバイト代を前払いで貰っていたお陰で、財布に余裕があるのは嬉しい。

「ふーっ、美味しかった!」

串焼き肉やらスープやら色々な料理を食べて大満足。私達は広場から少し離れた所に置かれたベンチで一息つこうと腰掛けた。

「どれも美味しかったですね。特にあのスープ…あの深い味わいはどうやって…」

リオも屋台飯を楽しんでいた様子で、相当気に入ったのかスープの味の分析まではじめている。遅めの昼食が早めのディナーになってしまったなー等と思いながら、賑やかな広場を眺める。どこからか音楽が鳴り始めて、人々の歓声が上がった。

そよ風にふかれて、お腹もいっぱいで、なんだか楽しそうな音楽と人の声がして。

「…リオ」

心が温かくて満たされてる。だから、自然と言葉が溢れてしまった。ずっと伝えようと思ってた言葉。リオは静かに私の事を見つめながら、耳を傾けている。

「私ね、ここに来る前は、毎日時間に追われて、休みの日も何もしたくない程疲れてて…全然楽しくなかった。何なら生きていたくなかった…。でも、今は自由で、毎日楽しいって思えるようになれた。リオがここに連れてきてくれたから…だから、」

その瞬間。

「あっ、チアキさぁ~ん!!」

私の言葉を遮るように、聞き覚えのある声が二人の間に割り込んできた。

声の方を見ると、人混みの中で手を振る聖女、砂央里の姿が。彼女はお~いと手を振りながらこっちに駆け寄って来ている。

私は話の腰が折れるのを感じたが、彼女を無視して話し続けるのも…と思い、立ち上がって駆け寄ってくる砂央里の方を向いた。


「見つかってよかった!」

砂央里は余程急いでいたのか少し息が上がっていたらしく、私達の側までやってくると、大袈裟に息を整えて見せた。

「どうしたんですか?」

賑やかな音にかき消されないように少し大きめの声で、聞くと砂央里は走って乱れた髪を手櫛で直しながらニコッと笑った。

「ちょっと頼みたい事があるの!ついてきて!」

と、言うやいなや、突然私の手を掴んだ。そして、グイグイ引っ張って行く。

「え、ちょっと…?!」

「チアキ様!」

その行動に驚いてリオが私を追おうとするが、急に音楽が変わり、それに合わせて動き出した人混みに邪魔されて見失ってしまった。2人を見失った方向を見渡すが、それらしい後ろ姿は見えない。

「くそっ…」


結構強い力で手首を掴まれ引っ張られて数分、手首は痛いし歩く速さが速すぎて上手く歩けなくなってきた。

「ちょ…ちょっと、待っぶぇ?!」

足がもつれて前のめりに転んでしまった。途端に手を離され、地面にダイレクトに直撃した。砂央里は、その様子を冷ややかな目で見つめる。

「…どんくさ」

「っ痛〜…、ごめんね、すぐに立つ…」

立ち上がろうと足に力を入れると、右足首に激痛が走った。あまりの痛みにその場にへたり込んでしまった。よく見ると、足や腕など擦りむいたのか所々に血が出ている。

「あ~…足捻ったかも…」

へらりと笑うと、砂央里はあからさまに大きくため息をついて、私の直ぐ側の花壇の石組みに腰をかけた。

「あー、もういい、こんだけ離れてるし動けないなら丁度いいわ。」

「え…」

彼女の声色が、いままでと違う。

「私さぁ、ちょっと今困ってるんだけどォ、協力してくれるよね?」

「…協力…?」

「アンタの精霊、私にちょうだい。」

砂央里は私を見下して、ニヤァと笑った。

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