第10話

月の輝く夜のウィトの街、聖女滞在中の領主の館。

聖女に頼まれて連れてきた精霊とその主が帰るのを見送ったテオドールの元に、護衛騎士の一人がやって来た。

「隊長、ギルドからの報告で、本日昼に登録しに来た契約主の精霊が測定不能の能力値を出した、と。」

「測定不能?!」

「はい、精霊の特徴は黒髪黒衣で整った容姿。契約主は女性で、普通というかその…地味というか…」

それを聞いて先刻見送った彼等と特徴が重なった。魔の森で聖女の護衛をしていた騎士達からも話を聞いていたが、まさかそこまでとは…確かにあの精霊と契約出来れば、聖女の…ひいては我が国の国力は格段に上がる。聖女もあの精霊と契約をしたい様だった。

しかし…

何となく、何となくだが、あまり関わらない方が良いような気がするのは何故だろう。

彼のたまに見せる凍るような視線を思い出して、テオドールはこめかみを押さえてため息をついた。

「その精霊についてなんですが…」

報告に来た護衛騎士(部下)は、テオドールの様子を見て、この件は後にすべきか恐る恐る伺った。彼は「続けて話すように」という意味で頷く。

「…えー、ギルドからの報告によりますと、件の精霊の魔力には『属性』が無かったと…」

「な…どういう事だ?!」

それを聞いたテオドールは、驚いて部下を問い詰めた。しかし、彼は困った様にテオドールに報告書を渡してさっと後ずさった。

「いや、自分に聞かれても…ここに書いてある通りです、ハイ。」

テオドールは急いで報告書に目を通した。確かに、そこには先程の報告と何ら変わらない文言が書かれている。

「…無属性で、測定不能の魔力値だと?あり得ない…」

測定不能はまだいい。が、『無属性』というのはこの世界の精霊の理上、あり得ないとされている。なぜならこの世界ラディネルの精霊は必ず4つの属性に基づいて存在しているからだ。万物に精霊は宿るが、どれも根幹では火、水、風、地のどれかに属し、それぞれ特有の『色』をもって分類されている。無属性…『無色』は未だかつて、無い。

「…はぁー…」

テオドールは再びため息をついてこめかみを押さえた。部下は彼の疲れた様子を見て気を使ったのか、「飲み物持ってきますね」と言って部屋を出て行った。

その数十秒後、聖女の部屋に続く扉が勢い良く開け放たれ、ギャーギャーと言い合う二人の声が響いた。

「なんで~!それ私にくれるんじゃないのー?!いいじゃない少しくらい!」

「コレは研究資料だって言ってんだろ!頭の中まで、お花畑か?!」

「なによなによなによーー!!」

開いた扉から、豪華な房飾りの付いたクッションが飛んでいった。

すんでのところでクッションを回避したらしい人物が頭をかきながらテオドールのいる方に歩いて来る。片手には浅い木箱を抱え、護衛騎士達と似たデザインのローブの様な裾の長い羽織を靡かせている。

「ったく…おい、あの頭お花畑女なんとかしろよ。」

小柄な体躯でソファにどかっと豪快に腰掛けて、持っていた箱をローテーブルに置いた。

「エリヤ…頼むからあの方とやり合って物を壊すなよ。ここは人様の家なんだからな…」

「善処しますよ、一応な。」

彼はエリヤ。10代の若さで王城の精霊魔法術師のトップをはる平民出身の天才で、若干口が悪いが、テオドールとは割と何でも言い合える友達の様な関係だ。今回の聖女様御一行内で、聖女への精霊魔法に関する指導と護衛を兼任している。…のだが、何故かウマが合わないらしく日々言い合いが絶えない。テオドールの心労の一つである。

「あの女、俺がやめとけって言ったのに、ちょっと目ぇ離した隙に下っ端引き連れて行きやがって…」

「一人で行くより良いだろ?で、どこに行ったんだ?」

丁度、先程飲み物を取りに行った部下が、お茶と焼き菓子を持って戻ってきた。テオドールはカップを手渡され、彼に礼を言って受け取る。エリヤも同じようにカップを手渡され、お茶が熱かったのかふぅーふぅーと息を吹きかけて冷ましながら言った。

「魔の森の『花畑』」

「はぁー……!」

その言葉を聞いたテオドールは特大のため息と共にうなだれた。報告で聞いた時に何故自分やエリヤの居ない時にそんな所へと思ったが、なるほど納得がいったというか…

「あそこはまだ調査が終わってねぇんだ。本来なら魔の森あんな所に、あんな花畑は出来ねぇ。」

そう言って彼は、テーブルの上に置いた箱をテオドールに見せた。

「桃月草、月白草、翠雨花…その他数種、こんなのは魔力の清浄な所にポツポツ自生するモンだ。『魔の森』なんかに群生したりしない!あの女にもあの規模の浄化は出来ねぇ!絶対無理!…それから、街の連中がここ数日で麦の生育が爆発的に速まったって言ってる。コレもあの女の影響じゃない筈だ。」

テオドールは箱の中のそれらを見ながら、そこで出会ったという例の2人の事を思い出した。

エリヤは焼き菓子を食べながら更に続ける。

「あの森でなんか起きたと思って間違いない。テオ、俺は一旦コレを持って王城に報告してくる。それまでここに滞在してろ。くれぐれも、あの女をちゃんと見張ってろよ」

エリヤはテオドールを指差して言う。 

全く、異世界から来た聖女の護衛なんてとんでもない仕事を引き受けてしまった。

テオドールはやれやれと肩を落とした。

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