第9話

 テオドールさんに連れられてやってきたのはウィトの街でも一際大きくて立派な屋敷だった。見た感じ、街の偉い人の家っぽい。

「聖女様の安全の為、この街では領主殿の館に滞在させて貰っている。…さぁ、聖女様がお待ちだ。」

と、テオドールさんが扉を開けてくれた。リオは嫌そうに眉をひそめたけど、ここまで来て「やっぱ帰ります」とは言えんだろ…後々面倒そうだし…

私はリオに小さい声でこっそりと言った。

「…適当に切り上げて帰ろう…」

するとリオは少し表情を和らげ、小さく頷く。私達はその作戦を胸に、聖女様が居る部屋の扉をくぐった。


通された応接間には、豪華な調度品などが置かれていて、確かに上流階級の人の家感があった。高級なホテルのラウンジとかロビーとかにありそうな広々としたソファに、だら~っと脚を伸ばして座っている女性が一人。

彼女は私達が、いや、リオが入ってきたのに気付くと急に立ち上がってこちらに駆け寄って来た。

「キャー!すご~い、ホントに連れてきてくれたの〜?テオドール様ぁ、ありがとうございま〜す」

まっしぐらにリオに突進してきた聖女にぶつからないように、テオドールさんが私の体を少し後ろに引いて避難させた。

「…聖女様、急に走るのは危ないですよ。来ていただいたお客様にも失礼です。」

しかも、すかさず小言をぶち込んでいく。

「むぅ~!」

が、どうやらあまり効いてないみたいだ。聖女は頰を膨らませてテオドールさんに抗議の眼差しを送っている。

(…なんか、どこの世界にもこういうタイプいるんだなぁ…)

私が聖女の突進を回避した格好のまま、ぼーっと目の前のやり取りを眺めていると、彼女はリオの腕に自分の腕を絡ませて彼に擦り寄る。リオの眉がピクリと動くのがわかった。

「わぁ〜、ホントに森で会った精霊さんだぁ。え、めっちゃイケメンですね?」

口元を隠すように手を置き、クスクスと笑いながら聖女はリオの顔を覗き込むように話しかけている。リオの腕を掴んでいる手はどんなに動いても絶対に離さないらしい。

「……」

「…聖女様」

見かねたテオドールさんが聖女を嗜めると、彼女は肩をすくめて「はぁい(テヘペロ)」みたいな動きをして、今度は掴んでいたリオの腕を、グイグイ引っ張った。

「とりあえず、座ってお茶でもしましょ!」

連れて行かれているリオの後ろ姿を見ていると、私も肩をたたかれてソファに向かう様に促され、仕方なく彼等の後に付いて行く。

「改めまして、上原砂央里っていいまぁす。聖女でーす。」

席につくや、聖女こと砂央里が自己紹介を始めた。私は、馴染みのある語感の名前に思わず「えっ」と声を上げた。リオも少し驚いた様な顔をして、チラっと私の方を見た。それに釣られて他の二人もこちらに注目する。

「え…あ…、どうも…石動千晶です…」

突然注目されてしどろもどろになってしまい、思わず元の世界の方で名乗ってしまった。案の定、砂央里は私と同様に「えっ」と声を上げる。

「え…日本人…?」

「です…」

一瞬の沈黙の中、テオドールさんだけは?マークを飛ばしている。

「えっ、マジ?なんで〜?私と同じ様に召喚されて来た感じ?!」

砂央里は立ち上がり前のめりに、私に聞いてきた。急な圧の強さに驚いてお茶のカップを落としそうになる。

「え、いや、たぶん違う…かな…」

召喚というか、転移…いや、拉致に近いか?と異世界に連れてきた張本人をチラと見るが、その人は、知らん顔でお茶を啜っている。ウン…いや、いいんだけど…

一方、砂央里はそれを聞いて、座り直しながらポツリと呟く。

「ふ~ん…じゃぁライバルとかじゃないか…」

そして、少しの沈黙の後に砂央里は私に向かって手を差し出す。

「私、聖女としてここに召喚されて友達とかまだ居なくて、ちょっと寂しかったんだぁ。

チアキさん、でしたっけ?同じ日本人同士仲良くしようね!」

「あ…うん」

確かに、私もそれは同じだ。今は、常にリオが傍に居てくれるけど、同じ所から来た異世界仲間なんてそうそう出会えるもんじゃない。近い価値観の友人はどの世界でもいた方が良いに決まっている。

私は彼女の手を取って握手をした。


「え、てゆーか、チアキさんと精霊さんってどーゆー関係?ぶっちゃけ私、精霊さんだけ来て欲しかったんだけど〜」

めっちゃぶっちゃけるじゃん、この子。握手したらもうこの距離感なの?最近の若い子ちょっと怖いわ…

と、内心思いながらも苦笑いをする。お呼びでないのは薄々わかっていたけども、そんなハッキリ言わなくても…

すると、今まで成り行きを見守っていたテオドールさんが口を開いた。

「彼女は精霊の主だそうです。」

リオがドヤ顔で頷く。すると砂央里はあからさまにテンション低い声で呟いた。

「あー…」チッ

ちょっと、今なるほどね〜みたいな顔をしたついでに小さく舌打ちしたよね?聞こえてますよ?

確かに、今までの砂央里の様子を見ていれば、リオに興味があるのは何となくわかっていた。昼間の運命的出会いな一幕を思い出す。そんな標的が、既に誰かのものだったのを知ってガッカリしたのだろうか。それにしてもあからさま過ぎんか?

私はこの空気感にどう対応していいか分からず、とりあえずお茶を飲んだ。

(早く帰りたい…)

「ん~~、チアキさんてさ?」

砂央里がソファにもたれて脚を組み直した。仕立ての良い、滑らかな布地のドレスがサラリと揺れる。

聖女ワタシの役目って知ってます?」

「いや…そういうのは全然…」

すると、彼女はテオドールさんに視線で説明役を促し、彼は咳払いをひとつして話始めた。

「聖女様は、現在この国の各地を巡礼していただきながら、その土地の精霊と交流、契約し聖女としての力を高めていただいています。『聖女』というのは生まれながらにして聖なる力を持ち、精霊に愛される女性で、異世界よりこの地に招かれると言い伝えられています。」

『精霊に愛される女性』という言葉を聞いて砂央里は自信たっぷりに微笑んだ。

「と、言っても巡礼の旅は始まったばかりですし、精霊との契約もまだ下級精霊のみですが…」

と、テオドールさんが付け足した。

「もぅ!そういうのは言わなくてもいいの!テオドール様の意地悪!!」

お約束のようにぷーっと頰を膨らませてから、砂央里は私の方に向き直りニッコリと笑って言った。

「そういう訳で、私この街でも聖女として『お役目』やらせてもらうからぁ、してくれるよね?」

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