第6話

「…ん〜ーー、」

朝日が差し込む部屋で、私は思い切り体を伸ばした。窓を開けると朝の澄んだ空気が心地良く顔に触れる。いい天気だ。

深呼吸をして新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。それだけで自然と目が覚める、…こんな感覚、随分久し振りに味わった気がする。

そういえば、こっちの世界に来てから一度もスマホを触っていない事に気付いた。前は数分でも手が空くとスマホを触っていないと落ち着かなかったのに、今は時間の確認すらしていない。する事すら忘れていた。

「…スマホ依存症だったのかな」

私は、こちらに来てから動作確認すらしていないスマホを入れた仕事用鞄を見た。

昨日リオは、私に「私はすでに壊れかけていた」と言った。確かに、この世界に来てから『早く』とか『〜しないといけない』っていう、何かに急かされる様な感覚は無い。

「のんびり、してもいいんだ…」

時間に追われ、体調も誤魔化して、必死に仕事に食らいついていかなくても許される?

リオの言葉をフッと思い出す。

『この世界なら俺があなたを守れる。もう、一人で痛みに耐える必要はないんですよ。』

じわりと温かい何かが胸に広がる。私は左手首のブレスレットをそっと手で包んだ。

「…うん」

誰に向けるでもなく呟かれた言葉に重なるように、ドアをノックする音がした。一呼吸置いて、リオが扉を開けて入って来た。

「チアキ様、…おはようございます。早いですね、まだ眠ってらっしゃるかと思ったのですが…」

起きていると思わなかったのか、部屋に入ってきたリオは少し焦ったように笑った。

ほほう、まだ寝てると踏んで何しに来たんだ?と問いただしてやろうかと思ったが…

「おはよう、リオさん」

見逃してさしあげよう。少し気分が良いのでな!( ´ー`)フフン

私は、今日は何しようかなと少しワクワクしながら洗面室に向かった。


『やることは自分で決めて良い』と言われても、毎日毎日同じようなルーティンで過ごしていた身に突然の自由は嬉しい半分、戸惑いも半分なのだ。しかも、街の皆さんは聖女様の到着に間に合わせようと、祭りの準備で忙しそうだし、日がな一日ゴロゴロ…というのも気が引ける。

バルバドス…もといバーバラさんにも、何か手伝うことはないか尋ねたけど「特に無いわねぇ」と言われてしまった。仕方なく街の探索と称して散歩をしています。

リオと一緒に。

「…チアキ様、何処に行くんですか?」

「街役場、ですかね?」

バーバラさんに聞いたところ、この街の役場が職業の斡旋や住民の登録などと並行して、いわゆる『ギルド』的な事もやっているらしい。身分の定かではない旅人も、この街に住民として登録して身分証を作ることも出来るとか。数日はこの街にいる訳だし、この世界の仕組みも勉強しなきゃだよね。

「身分証も気になるけど、手持ちの資金が無いのは問題かなぁ」

「お金なら俺が…」

確かに。リオは持ってるけど。でも、それだって無限にあるわけじゃないのは私にだってわかる。それに、今まで一人で暮らしてきて、急にお前は金銭的なやり繰りをやらなくていいと言われてもすぐには順応出来ないし…

「ん〜、私にも出来る仕事が無いか、見るだけだから。」

私が食い下がると、リオは少し困ったように笑って「しょうがないですね」と私の両手をそっと握った。

「そうやって誰かの役に立とうとする所は、チアキ様の凄い所です。尊敬に値します。…確かに、どうせなら何か目的を持って日々を過ごした方が充実感がありますね。」

くっ…、すぐそうやって優しい言葉をかけてくるんだから!今までは『働かざる者食うべからず』の世界だったからこんなの当たり前なのに、特別凄い事みたいに勘違いしそうになる。

「べっ?!別に役に立とうなんて…てゆーか私なんて…」

私は、照れ隠しに慌てて否定する。気恥ずかしさからか堂々と視線を合わせられないのが悔しい。そうやって視線を泳がせるとちょうど良く『街役場』と書かれた看板が目に入った。

「あッ!あった、ここだ!さぁ入ろう入ろう!!」

と、役場の中に駆け込んだ。

役場の階段を駆け上って行く私の後姿を、リオは少し不機嫌そうに見つめ、ポツリと呟く。

「…チアキ様は俺の為にだけ生きていればそれで良いのに…」


役場の中は結構広くて、入ってすぐに大きめの階段があり2階へ行けるようになっていて、階段を挟んで左右のカウンターで役場とギルドの仕事を分けている様だ。役場というのはどの世界でも一定数利用客がいるんだなぁと思った。

「えーっと、仕事…?クエスト?は…」

案内板の前でもたついていると、いつの間にかリオが傍に来ていた。私の肩より少し高い所から黒服の腕が伸びて指先で示す。

「…ココ、ですかね」

後頭部ら辺から、少し掠れた様なイケボが響いて背中がゾワゾワした。絶対ワザとやってるよね!勢い良く振り返ると、「何か?」みたいな感じで笑う。

「…あざます」

「どういたしまして」

しかも、ナチュラルに手繋ぐし。…正直ちょっと慣れたケド…

その一連の様子を見ていたらしい職員の女性が、ニコニコしながら私達に近付いてきた。

「いらっしゃいませ、ご婚約の登録ですか?」

「は…」

「いえ!仕事を探しています!!」

絶対ハイって言うと思ったので、リオより大きめの声で割って入った。そのせいか、リオがこちらをジッと見ているがここで怯んだりしないぞ…職員さんもキョトンとしてるけど、気にしないでください!

「求人依頼でしたら、あちらの掲示板からどうぞ~」

と、職員さんに案内された方へと向かった。

役場内の壁面に設置された掲示板には、何枚かの色の違う紙が貼り付けられている。どういう訳か、異世界言語なのに何となく読める。ちらほら意味のわからない単語が出てくるけど、これって何かの名前的な事かな?読めるけど知識がないから解らない、みたいな。

(うーん…図鑑とか見て勉強しなきゃな…)

「依頼書の見方はわかりますか?」

呆然と眺めていると、職員さんが見かねて声をかけてくれた。

「う…わかりません…教えて貰ってもいいですか?」

「はい、もちろん。どういったお仕事をお探しでしょうか?」

「えーっと、なるべく簡単なのがいいです」

「でしたら、こちらの茶色い羊皮紙で貼り出してある物が宜しいかと。このランクは初級者向の比較的安全な内容のものが殆どです。ギルドに登録したばかりの方や、子ども達がお小遣い稼ぎに受けたりもしますよ。」

そう言われて、茶色い紙に書かれた内容を読むと、確かに花や薬草の採取やどこそこへのお遣い依頼の様な内容だった。

(確かにこれくらいなら…)

一応静かに見守っているリオの方を振り返ってみると、「おおむね可」みたいな顔で頷かれた。

「受けたい依頼がありましたら、依頼書を掲示板から取って、あちらのカウンターへお出しください。係の者が対応しますよ。」

職員さんは説明が終わると、微笑んで帰っていった。私達は再び掲示板とにらめっこを始める事に。

「ん~~、お遣い系は安全だけど地理がわからんしなぁ、やっぱり採取…」

「チアキ様、これなんてどうです?」

リオが示した依頼書には、『桃月草または月白草の採取』と書いてある。

「ももつき草…?ってどんな?」

私が尋ねると、リオは依頼書をぺらりと裏返した。そこには、ターゲットの桃月草らしき絵と特徴が書かれたメモが貼り付けてあった。それによると、桃月草は5枚〜6枚の大きめの花弁で桃色、中心の花芯は薄い黄色の香りの良い花で、月白草は花弁が白いバージョンのやつらしい。

なるほど、このくらいわかりやすい特徴がある花ならなんとかなるかも。

「最初に俺達が野営をした周辺で似た特徴の花があったと思います。ここから遠くないですし、行ってみますか?」

「えっ、本当?」

リオの言葉に記憶を思い返してみるけど、そこまで注意して見てなかったから思い当たらない。自分の出来の悪さに落ち込みながら、依頼書を掲示板から外す。

「じゃあ、コレをあのカウンターに持っていけばいいんだよね…」

依頼書を持ってカウンターへ行くと、さっきの人とは違う職員さんが待ち構えていてくれた。

「はい、『桃月草または月白草の採取』ですね~。特に期限は無いですが、なるべく鮮度の良い物を納品してくださいね~。えーっと、どなたかギルドに登録はしてありますか?」

「えっ?!」

登録、と聞かれドキッとした。ど、どうしよう…正直に言っても不審がられないかな?

するとリオがスッと前に出て言った。

「いいえ、未登録です。」

「そうですか〜、ではここで登録してもよろしいでしょうか〜?」

「はい、お願いします」

と、言って私を前に出した。

(え、私?!)

私は話の流れ上リオがやるもんだと思っていたから、驚いて彼の方を二度見した。受付のお姉さんもちょっと驚いた顔をしている。

「ですよね、主?」

急に主とか呼ばれてドキドキしてしまう。受付のお姉さんは、その言葉を聞いて何かを察したのか「あぁ~」とか納得の声を上げた。

「こちらの方は精霊さんでしたか〜。すごいですね、こんな高位精霊と契約していらっしゃるなんて〜」

「へっ?!あぁ~あはは…」

お姉さんに褒められてリオはまんざらでもない顔をして私に微笑みかけた。もし今、副音声が付いていたら絶対『どうです?俺、凄いんですよ?』って言ってそうだなぁ〜

私は、とりあえず笑ってその場を凌ぐことしか出来なかった。

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