第4話 一歩進んで…
服屋から出ると、ほぼ正面の方向に街の広場が見えた。服屋の店主さんから聞いたオススメの宿屋へ向かうにはあの広場を通り抜けたほうが早いらしい。通りに面した家々の窓には植物が飾られ、家と家の間でロープを渡して洗濯物を干している所もある。絵に描いたようなヨーロッパ風のファンタジー物みたいで、ワクワクしてくる。
周りをキョロキョロと見回していると、前の方にいた人にぶつかりそうになってしまった。が、寸前でリオが私の体を引き寄せて回避させてくれた。
「大丈夫ですか?」
「あ、どうも…」
ペコリと小さくお辞儀をする。
…正直、この人と目を合わせるの何か恥ずかしい!失礼なのは承知の上だけど…
恐る恐る顔を上げて彼の様子を伺うと、なぜか前方を怖い顔で睨んでいた。迫力満点の怒り顔に、私はすぐに下を向いて何も見てないように取り繕う。そして、今見た光景の原因を考えた。
(どうしよ…めっちゃ怒ってる?私が浮かれすぎてたからだ…ちゃんとしなきゃ…)
「あ、あのリ…」
と、言いかけた所でその本人に言葉を遮るように話し掛けられた。
「チアキ様、少し休憩しましょうか」
「お待たせしました、どうぞ」
「あ、ありがと…ございます」
街の広場のベンチに座って待っていると、リオが飲み物を買って戻ってきた。手渡されたそれは木製のカップに入った水の様な透明な液体。においは、少し柑橘のようなハーブの様な?
「果実水ですよ」
ちょっとドキドキしながら一口飲んでみる。
「…あ、おいしい…」
思ったよりもちゃんと柑橘っぽい味でしかもひんやりと冷たい。オシャレなラウンジとかにあるデトックスウォーターみたいな感じ。木製カップだったので冷たさがわからなかったが、思いの外冷たくてびっくりした。
嬉しい驚きに気分が軽くなって、何気なく視線を彼の方に向けた。すると、リオは私の方を愛おしそうに微笑んで見つめていた。
「少し元気が出ましたか?」
「えっ、あ…うん…」
顔の熱を冷まそうと果実水を一口飲む。
私の事を気遣ってくれたんだろうか、と思うと何か言わなくてはという気持ちになる。
ちゃんと、感謝と謝罪を述べなくては…
「あ、あの…り、リオさん?」
「はい」
「ご…ごめんなさい、私、さっき前見てなくて…その、助けてくれて…ありがとうございました」
「…」
(うぅ〜、反応が無いんだがー?!)
そっと視線を上げ彼を見た瞬間、こちらも言葉を失って硬直してしまった。
リオはその黒い瞳を見開いて、頬を紅潮させながら感動にうち震えていた。何か言いたくても何も言葉にならず、胸元をぎゅっと強く押さえつけている。
「え?!大丈夫デスカ?!」
「ハイ…(震え声)」
(いや、声が震えてますよ?!何が起きたのコレ…)
気まずさから話題を逸らそうと試みた私は、咳払いをひとつして何気な〜く話題を振った。
「あ〜…そ、そういえば、この街の人達って皆スゴい楽しそうですよね。何ていうか、お祭りの前みたいな…いつもこんな感じなのかな…」
すると、落ち着きを取り戻したらしいリオも、咳払いをして居住まいを正した。
「ッ…コホン、実はまさしくそうなんです。」
「え?」
服屋で私が試着を繰り返している間や、先程広場の屋台で果実水を買っている時に店主さんや住人達から聞いた話によると、王城から商隊と『聖女様』とやらの一団がウィトの街に向かって来ているという。
「聖女様ってホントにいるんだ…」
「それの影響で、今まで生育が良くなかったこのあたり一面の麦が一晩にして回復し、ぐんぐん育っているんだとか。」
「へぇ~聖女様スゴいんだね」
その聖女様が近付いてきただけで作物が育つなんて、豊穣神の加護でも持ってるんだろうか。それで聖女様達が来るのに合わせてお祭りの準備をしてたのか。なるほど納得。
「じゃあ、聖女様御一行がこの街に到着したらお祭りが始まるんだね」
祭りと言えば屋台飯。異世界のグルメにもちょっと興味があるけど…
チラ、とリオを見ると彼は「わかってますよ」と言いたげに目を細めた。
「この街に、数日滞在してみますか?」
「いいんですか…?」
「もちろん」
(やったー)
よし!と小さくガッツポーズ。
不思議だ。最初は目も合わせられないって思ってたけど、こうやって話してみると意外と大丈夫な気がする。少しこの人に慣れてきたんだ、きっと!
確認しようともう一度リオの方に視線をやると、またもやこちらを愛おしそうに見つめていた彼と目があった。一瞬、時が止まった様な錯覚の後、光の速さで距離を詰めてきた美形さんは、私の頬に触れようと更に接近してきた。
「ちょ…ちょっと!近い!!ジュースこぼれる!」
慌てて腕を突っ張って接近を防ぐ私を、不満そうに唇を尖らせて見下ろす美形。どんな顔でも整ってるのはホント羨ましい。
「チアキ様が見つめるから口づけても良いのかと…」
「良くないよね?!」
なんだ?!またサラッと意味わからん事を言うぞこの人(精霊)
「…仕方ないですね。じゃあ、今はこれで我慢します」
と言い、突っ張っていた私の手を取り、手の甲に自らの唇を押し当てた。
その瞬間、私はヒュッと息を吸ったまま気が遠くなる。そして、心のなかで叫んだ。
(嘘です。ごめんなさい。全然、慣れてません!!)
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