第3話

「チアキ様、日があるうちに街へ行きこの世界での衣服を調達しましょう」

リオは、モーニングセットの後片付けをしながらそう言った。言われてはたと自分の姿を見ると、仕事帰りのヨレヨレスーツに踵の低いパンプス。

「えぇ…」

「その服装も凛々しくて好ましいですが、この世界では悪目立ちしかねません。それに、この先、手持ちの服が一着というのも…」

確かに。毎日同じ服で、人の視線にビクビクしながら歩くのも嫌だ。

知らない世界の知らない街に突撃するのも少し怖いが、背に腹は代えられないって事か…

「う、うん」

「では、一先ず、このマントを羽織って…」

リオは荷物の中から1枚の大きい布を取り出し、私の全身を包むように纏わせた。

「あぁ、そうだ。チアキ様、こちらの鞄はチアキ様の物ですよね?」

と、私の前に黒い鞄を差し出す。

「あっ!そう!私の鞄っ」

黒いフェイクレザーでA4サイズのファイルがスッポリ入る仕事用の鞄。中には仕事用ファイル、財布とスマホと小さめのポーチ。あと、キャンディーが数個。安物だし、たいしたものは入っていないが、なんだかとても愛おしく思える。私は鞄をぎゅっと抱きしめた。


 しばらく歩いていると、森の終わりが見えた。木々が途切れて、広大な麦畑が広がる。

風が吹き抜けて、麦畑が波打ち、風車が回る。麦畑の向こう側に小さく、レンガ造りの屋根群が見えた。その景色を呆然と眺めていると、リオが私の手をスイ、とすくい上げる。

「あそこに見えるのが、これから向かう街『ウィト』ですよ。王城のある都ほど大きくはないですが、最低限の物は揃うでしょう。」

ニコリと笑って、彼はそのまま歩き出した。

「え!?ちょ…手!」

すくい上げられた手はいつの間にかガッチリ握られていてびくともしない。ブンブンと降ると、困った様な顔をして一言。

「離しませんよ」

(な…なんでぇ~??)


麦畑の道を手を繋いで歩くこと、小一時間弱…、やがてのどかな風景の中に石造りの高い塀が現れる。この辺りになると住人と思しき人とちらほらすれ違う様になってきた。

(…確かに、日本人じゃない感じの顔立ちだな、異世界って本当なんだ…)

なんだか皆さん、楽しい事があったのかニコニコとして明るい印象を受けた。農作業をしている方々が朗らかに挨拶をしてくる。明らかに余所者と見て取れる私達にも、めっちゃフレンドリーな感じだ。逆に警戒されて石投げられたりするよりは百倍マシだが。

やがて、石造りの大きな門の前でリオは足を止めた。私も立ち止まり、成り行きを見守る。

「やぁ、『ウィト』の街へようこそ、旅のお方。」

鎧甲冑を着た門兵が朗らかに声をかけてきた。

(うぉわぁぁ!鎧だ!初期の方で手に入るそこそこの性能のヤツっぽい!)

フルアーマーではなく、兜と腕、胸と腰と脚部分を薄い金属性の板で造ってある、定番の形のヤツ。胴の部分はやはり鎖帷子っぽい。

私は、初めて見る本物に感動して、門兵さんに熱い眼差しを送った。

「お二人さん、手なんか繋いで!熱いね~!」

その一言でハッと我に返る。すると、その一言を待っていたかのように、リオが私の肩をグイっと引き寄せた。急に声が耳元で聴こえて、腰がゾワリとする。反射的に顔を伏せて身じろぎしてしまう。

「俺達、夫婦なんです。けど、奥さんは恥ずかしがり屋で…そこも可愛らしいんですけどね…」

「あ、そう。はいはい、ごちそうさま〜」

惚気は勘弁と、門兵さんはアッサリ私達を通してくれた。自分でフッたくせに何だそのリアクションは!あと、なんというガバいセキュリティか…

そのまま門から少し離れてから、リオは肩を抱くのをやめてくれた。

「大丈夫ですか?奥さん?」

真っ赤になった私の顔を覗き込んで、楽しそうにそんな事を言うから、無言で脇腹に一撃お見舞いしてやった。リオは小さく「グフッ」とか言いながらクスクス笑っていた。


やがて、庶民派の作業着や古着を扱う店を見つけた私達。若干緊張しながら店内に入ると、店主らしき女性がいらっしゃいと声をかけてきた。

「彼女の服を探していまして。」

何か聞かれる前に、リオがしれっと言う。店主の女性は、私の頭から足まで一通りを見るとおおよそのサイズがわかったのか、ニコリと笑って私を手招きした。

「えぇと、そうね…この辺りはどうかしら。お嬢さん、ちょっとこっちに来てくださる?」

店主さんが手渡してきた服は、古着と言う割にはきれいで布の痛み等も見受けられなかった。布も丈夫そうだし…本物に古着?

「どこか変な所があったかしら?」

「へっ?!あ、いえ…!そんな、全然!」

急に図星を突かれてしどろもどろになっていると、店主さんはうふふと笑った。

「うちのは正真正銘の古着だよ。その代わり、街一番の裁縫師がキッチリ手直ししてあるから品質は折り紙付きさ!まぁ、ちょっと流行りには乗ってないけどね!」

「街一番の裁縫師…?」

「アタシの事さ!」

ドヤァと胸を張る店主さん。その朗らかさに少し緊張が解れた気がした。

「さあさあ、試着してご覧よ!」

と、何点かの服をまとめて手渡され、私は店の奥にある布で区切られた小部屋(?)へと押し込められた。


「毎度あり〜」

朗らかな声を背に店から出てきた一組の男女。黒髪黒衣の男性はそれはもう満足そうにホクホク顔で、一方で女性の方は疲れてげんなりしながら彼の隣を歩いている。

「とってもお似合いですよチアキ様。いい買い物ができましたね!」

「あ、ありがと…」

いや、好みの服が買えたし(ちょっと可愛すぎる気がするけど)どれも古着とは思えない質だったしね?いいんだけど!まさか、あんなに何度も試着させられるとは…

リオが、店主さんが見繕った服の他にも次々と持ってきて試着させるものだから、それはもうとんでもなく時間がかかったのだった。

最終的に店主さんとリオが厳選の末、二着に落ち着いたのだけど。

スカートの裾を持ってみたり、体をひねったりしながら着ている服をまじまじと見てみる。落ち着いた緑色で裾に刺繍の入ったのスカートと、菜の花色のエプロンをスカートよりも深めの緑色の帯で締めたエプロンに、店主さん力作の手編みのカーディガンを羽織った、異世界の町娘風の格好だ。ちょうど良くブーツも手に入って言う事無し。

(でもちょっと疲れたな…)

「あ、でもよくお金持ってたね。」

会計時にしれっとお金を出してくれたリオには感謝しかない。異世界のお金なんて、通貨の名称すら知らんのにリオはちゃんと扱えていた。

「あぁ、それはですね、昨夜チアキ様が眠っておられる時に野盗が現れたので…」

「?!」

今、聞き捨てならん言葉が通過しましたが?

「始末して奪いました。」

「??!」

う、うーん……

「そ、そうなんだ~…」

やめよう。そっとしておこう。昔の偉い人はこんな言葉を残しています。

『藪をつついて蛇を出す』もしくは『触らぬ神に祟りなし』とね…


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