第2話 グッドモーニング、異世界…?

小川のせせらぎと小鳥の囀り。木々が風にそよぎ、微かに音を奏でる。

暑くもなく寒くもなく、心地よいそよ風に頬を擽られて意識を浮上させる。

「…ん…?」

いつの間に眠ったのだろう。寝起きでぼんやりとした頭のまま昨夜の最後の記憶を思い出そうとしてハッとした。

「えっ、待ってヤバ…いまなん…じ…」

勢い良く飛び起きたが、視界から入ってくる情報に硬直する。

森なんだが?え…?森…森…だな??

(アレ?え、私、なんでこんな所で起き…)

自分の下には肌触りの良い毛布らしき寝具。

一日の終わりに数時間だけ寝に帰る我が家(アパート)ではなく、なんでこんな森で布団敷いて寝てるんだ自分。

「えぇ…?」

身に覚えの無い現象に頭を抱えていると、背後の木かげから足音と共にイケボが聞こえてきた。

「…おはようございます。よく眠れていたようですが、体調はどうですか?」

振り返ると、見覚えのある美形さんが手に何か色々持って微笑んでいた。月光に照らされても、朝の木漏れ日を浴びても、美形というのは遜色なく、いや、比類なく美しい。この美しさからしか摂取できない栄養素がある。

美の圧力に負け、呆然と座り込む私の前に彼はうやうやしく片膝をつき、しゃがみこんでホカホカと湯気がたつ清潔なタオルを差し出した。

「今は洗面台の用意がなく申し訳ありません。ひとまずこれでお顔を拭いてください。」

「あ、あ…どうも」

蒸しタオルを顔に押し当てると、心地よい温かさが緊張をほぐしていくのを感じた。

「チアキ様、お茶です。どうぞこちらへ。」

蒸しタオルに続いてお茶も出てきた。タオルの影から美形さんの様子を伺ってみると、何やら座り心地の良い敷物の上に小さめのテーブルを置き、せっせと何かいっぱい挟まったパンを切り分けている。流れる様な所作で『丁寧な暮らし…』みたいなモーニングセットが出来上がっていく。木漏れ日の森でピクニック風朝ごはん〜そよ風にふかれて〜みたいなヤツですか?!

「えぇ…」

ちょ、ちょっと待って。さすがにもうそろそろ聞いてもいいのではないか。朝ごはんとかの前に!

「あの、あなたは…一体どちら様で…?」

これだけ色々してもらって、アンタ誰?と聞くのも申し訳なく、思いつく限り丁寧に尋ねてみた。すると美形さんは「?」みたいな顔をして硬直する。そして、数秒置いてからプッと吹き出して笑った。

「あぁ、そうでしたね!俺としたことが名乗ってすらいないのに、一方的にお名前を呼び続けるなんてとんだ失礼を!」

見た目の印象からイメージ出来ない程、朗らかに笑うと彼は、再び私の目の前に片膝をつき座った。

「俺は黒水晶モリオンの精霊、『リオ』とお呼び下さい。」

黒水晶モリオン…?」

「はい。あなたを愛し、あなたを守るのが俺の役目です。今までも、これからも。」

愛おしそうに微笑んで彼、リオは私の手を取った。その手首には黒水晶のブレスレット。

「あっ、え…?まさか、このお守りの?!」

リオは私の左手に軽く口づけを落とし、そのまま自身の右手の指を絡めしっかりと握った。

「やっとあなたに触れられた。これからはずっと一緒ですよ。俺の主、チアキ様…」


 黒水晶の精霊を自称するイケメン、リオの用意したモーニングセットを食べつつ今現在の状況を説明して貰った。

「ここは『ラディネル』、チアキ様の世界とは異なる性質を持つ世界、所謂『異世界』というやつですね。」

「異世界…!で、私は森で寝ていたと…」

再び自分の周りを見回す。程よく拓けているが、四方八方どこを見ても森。

私が辺りを見渡していると、リオは何やら照れくさそうに呟いた。

「すみません、街で宿を取ってもよかったんですが…」

「?」

「余りにもチアキ様の寝顔が可愛らしかったので、急遽街から離れここで野営をしました。」

ぶっは!!と口に含んだお茶を吹き出す。

「は?!」

「大丈夫ですよ、俺しか見ていません。というか、俺以外が見たら抹殺しますけどね。」

誇らしげに頷くリオの発言が意味不明過ぎてリアクションに困る。

これは、アレでしょ?ギャグでしょ?

寝顔が可愛いとかお世辞でも言われたことない。からかわれているんだと思った方が納得がいく。

(フフ…社交辞令イケメンジョークなんかにいちいち動揺したりしないんだからな…)

私は、ふ~んと棒読みで返した。こういうのは反応しないのが一番なんだ。きっとすぐに飽きてからかうのをやめるはず。

「で、ここが異世界だとして、いつ帰れるの?」

お茶を飲み干し、深く息を吐く。今日はもう腹をくくって休むとして、明日からは仕事に戻らないと。本当は行きたくないけど。

上司の言葉が頭をよぎって、思い出すだけでズンと重たい気持ちになる。

すると、リオはニコリと笑って言った。

「帰れませんよ?」

「え…?かえれ…ない?」

「はい。あの世界はチアキ様にとって悪縁と判断しました。なので、縁を切らせていただきました。」

持っていたカップが落ちる。リオはそれを当たり前のように自然と拾いあげて安全な所に置いた。

「俺の特性は、『魔除け』や『縁切り』です。主の害になるものを排除する事に最も優れている石なので。」

そう言うとリオはまだポカンとした私に近づき、そっと頬に触れて目を見つめてきた。

「あのままだとあなたは確実に壊れていた。いえ、すでに壊れかけていた。…まだ心が傷付いて疲弊しているはずです。」

黒いのに透明感のある瞳が、心配そうに私を見つめる。その目を、表情を見て少し心がざわついた。

まさかこの人、もしかして本当に私の事を心配しているの?そんな事ある?

「この世界なら俺があなたを守れる。もう、一人で痛みに耐える必要はないんですよ。だから、俺と一緒にいましょう…ね?」

正直、優しさに飢えていたと思う。その自覚はあった。あと、やっぱり見た目の破壊力というか、ビジュアルのチカラはスゴい。

(というか、至近距離でこんな美しい人に「ね?」って迫られたら、とりあえずYESと言っちゃうよね?!だって、美のオーラに焼かれて消えてしまうよ!ソーシャルディスタンス!!距離感大事にしていこう?!)

「は…はひ…」

私は処理限界を迎え、考えることを放棄した。

(イケメン…怖い…)

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