第10話 この世界のどこにも……

 その名を聞いて、エディもエインも愕然とした。


 ゲルムラントは軍事政権が支配する独裁国家であり、その軍事力は世界の覇権を掌握しかねないほど強大で、その気質は極めて好戦的である。

 対して、アルメビアはそのゲルムラントに拮抗しうる数少ない強国である。

 ゲルムラントがアルメビアに部隊を潜入させ、核兵器製造技術を奪い去ろうとしているなど、もはや世界大戦に繋がりかねない緊迫した状況である。


「ゲルムラントの潜入部隊は僕が監禁されていた施設を襲撃し、僕は拉致されました。そのあとは首都近郊の彼らの潜伏場所に監禁されていて、タイミングを見計らって、ゲルムラント本国に連れて行かれることになっていました。そして今日、移送のために彼らの潜伏先から外に出された。そこで彼らの虚を付いて、逃げ出しました」


「その逃走中に俺たちに出くわしたってわけか……」


 エディが「なるほど」という顔でそこまで言って、頭の中である考えが浮かび、顔色が変わる。


「てことは……今日最初にお前を追いかけ回してた黒服達って……」


「ゲルムラントの潜入部隊です……」


 エディは天を仰ぎ、エインは頭を抱えた。


「最悪だ……ゲルムラントを敵に回すなんて……」


「クソ!! 誰だよ、『面白そうだから突っ込もう!!』とか言ったのは!?」


「だから、貴方でしょうが!!」


 もはやお約束とすら思えるエディのツッコミ待ちの発言ボケに、エインが涙目でツッコむ。

 そんなコントさながらのやり取りを繰り広げながらも、二人はすぐに表情を切り替え、これからのことを考える。


「首突っ込んじまったもんはしょうがねー。当面は政府とゲルムラントから逃げ回らねーと」


「と言っても、ここからどうします?」


「とりあえず、俺達の秘密研究所に隠れるか……」


 エディ達の車は一路首都郊外に向かった。




「散らかってるが、まあ空いてるところで適当にくつろいでくれ」


 エディはそう言って、謎の機械やコード類でごった返した室内にオーウェンを招き入れた。


「これは……」


 室内に入ったオーウェンの目に真っ先に飛び込んできたのは、部屋の中央にある巨大な円環だった。

 そして、円環の内側は青い光が渦巻いていた。


 円環の光に興味を引かれているオーウェンの様子を見て、エディが胸を張って、得意気に語る。


「俺の特許、20301号……になる予定だ。成功したらな」


でしょう。共同開発なんですから、特許権独占しないでくさいよ」


 と、エインがチクリと指摘する。


「いったい何の装置なのですか?」


「悪いが企業秘密だ」


「それより、これからのことを考えましょう」


 謎の円環の話を切り上げ、エディとエインは無造作に置かれた大型の機械類に腰掛ける。

 オーウェンは床に放り出されていた大型の拳銃のようなものを横に避け、その場に座り込んだ。


「この場所がわれるのも時間の問題だろうなー」


「競合相手がゲルムラントとなれば、政府もなりふり構わないでしょうからね」


「早々に国外に逃げた方がいいか」


「とはいえ、ゲルムラント以外の国にも情報が流れているとしたら……」


「世界中が狙っている……」


 絶望的な状況で、しばし沈黙が室内を支配する。


「もう僕には……この世界のどこにも逃げ場はないのかもしれませんね……」


 オーウェンは自嘲めいた口調でそう言って、俯いた。


「この世界のどこにも……」


 そのフレーズを反芻しながら、エディは部屋の中央にある円環の中の光を見つめた。



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