第8話 オーウェン・ロバートソン

「ロバート・オッペンハイマー……」


 エディは記憶をたどるようにその名を呟いた。

 ロバート・オッペンハイマー。

 20世紀のアメリカ合衆国の理論物理学者であり、第二次世界大戦中にロスアラモス国立研究所の初代所長としてマンハッタン計画を主導し、原子爆弾を完成に導いた人物である。

 故に、後の世で“原爆の父”と呼ばれている。


 オッペンハイマーが原爆を生み出したのはエディの前世であるエジソンの死後のことであるが、こちらの世界には新旧様々な時代から偉人が転生してきており、その前世の記憶によって、21世紀初頭までの偉人の情報が蓄積されている。

 そのためエディも、原子爆弾を生み出した物理学者として“ロバート・オッペンハイマー”の存在を知っていた。


 驚愕するエディの表情に満足しながら、ステラは話を続ける。


「私は核兵器には興味がないが、彼の原子力の知識を使えば、新な電力供給システムを開発することができると私は考えている」


「てめーはてめーで、やばそうなこと考えやがんな……」


 ステラの野望にエディは戦慄し、表情を歪める。


「私のアイデアに感銘を受けたのなら、お前にも手伝わせてやってもいいぞ。私の研究室のトイレ掃除くらいはさせてやる」


「冗談だろ。俺は俺で作らなきゃならないものがあと千個はあるんだ。トイレの床で土下座されたって、お前の手伝いなんかやってる暇はねー!!」


 そう叫んで、エディは車のギアをバックに切り替え、アクセルを踏む。

 タイヤが逆回転し、ステラの駆るロボットから距離を取る。


「逃がすか!?」


 ステラは操縦席に戻り、二本の大きなレバーをガチャガチャと動かしロボットを全身させる。(二本のレバーでどうやって人型を動かしているのかわからないが……)


 一方エディは運転席で立ち上がって、再び懐から長銃を取り出し、40mm弾を素早く装填し、向かい来るロボットの右足に向けて射出した。

 着弾した弾丸は炎ではなく冷気を撒き散らしてロボットの足を氷結させていく。


「な!?」


 驚愕したステラが対応を考えいる間に、エディはもう一発弾丸を装填する。


「俺の特許、2202号だ!!」


 二発目は左足に着弾し、同様に凄まじい冷気を撒き散らして、左足も氷結させる。


「くそっ、くそっ、くそっ……」


 ステラは必死にレバーを動かすが、ロボットの両足は氷で完全に道路に繋ぎ止められれていた。


 エディは親指で後部座席に座る少年を指しながら告げる。


「コイツをテメーに渡したら、ヤベーもん作りかねねーかから、俺たちが預かっとくぜ!! じゃーなー!!」


 エディはギアを前進に戻し、アクセルを踏み込む。

 エディたちの車はロボットの真横をすり抜け、走り去っていった。


「くそーっ!! エディ・トンプソンッ!! 次こそは必ずお前を叩きのめしてやるからなーっ!! 覚えてろよーっ!!」


 操縦席から乗り出して、ステラは、わーわー、ぎゃーぎゃーと叫んで、エディ達を見送るしかなかった。




「やれやれ、なんとか逃げきれたな……」


 ある程度距離を確保したところで、エディはふぅと息をついた。


「よりにもよって彼女まで絡んでくるとは……いったいどれだけの勢力が彼を狙ってるんでしょうね?」


 エインは助手席で頭が痛いとばかりに額を押さえる。


「まったく、めんどくせーことに首つっこんじまったもんだぜ」


「『おもしろそうだから突っ込もう』って言ったのは、どこの誰ですか!?」


 ツッコミ待ちとしか思えないようなエディの発言に、エインは律儀にツッコミを入れた。


「それはさておき……」


 エインは表情を切り替え、後部座席の少年の方をふりかえった。


「『お久しぶりです』というべきなんでしょうかね……今はなんとお呼びすれば?」


「オーウェン・ロバートソン……それが今の僕の名前です。オーウェンと呼んでください。あなたの方はたしか……」


「エイン・アルブライト。エインと呼んでください」


 初対面ではなさそうな二人のやり取りに、エディが「お前ら、もしかして知り合い?」と問いかける。


「ええ、オッペンハイマーは第二次世界大戦後に核兵器開発に反対するようになり、それで公職を追われた上に、米政府にマークされるようになりました。立場の危うくなった彼を擁護したのが、私の前世であるアルバート・アインシュタインだったんです」


 エインの説明にエディは「ふーん、なるほど……」と相槌をうつ。


「いつから気づいてたんですか? 僕がオッペンハイマーの生まれ変わりだと」


「あなたを連行しに来た連中の筆頭と思しき男は、国防研究委員会のトールマンという人物で、毎週のように私をスカウトしに職場に来ています」


 その内容にオーウェンは戦慄する。


「それは……まさか……」


「ええ、そのまさかですよ。国防研究委員会は……」


 エインは忌々しげにため息をついて、その事実を告げた。


「私を核兵器開発に参加させようとしているのです……」



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