第7話 正体

「あなた方の活躍は私も聞き及んでいますが、この件はあなた方が戯れに首を突っ込んでいい次元のモノではない!!」


 苛立つトールマンにエインは涼し気に応える。


「申し訳ありませんが、それを決めるのは……」


 エディはコートの内側から40mmの弾丸を取り出し、銃の弾倉に装填する。


「俺たちだ!!」


 そう叫んでエディは弾丸をトールマンたちの足元に打ち込んだ。

 着弾と同時に凄まじい光が放たれる。

 いつの間にかエディは額の黒塗りのゴーグルを目に下ろし、エインも懐からサングラスを取り出して目を覆っていた。


「閃光弾!?」


 気付いたときにはもう遅く、トールマンたちの視界は強烈な光に奪われる。

 1-2分して、視界が戻り始めた頃にはエディたちの姿はなかった。

 エディたちの行動を予測して、ちゃっかりと目を閉じて閃光を免れたナタリーが、親指で店の奥の扉を指す。


「アイツらなら、そこの裏口から逃げたわよ」


 扉に視線を向け、トールマンが叫ぶ。


「くそ!! 追え!!」


 男たちの半分は裏口から、もう半分は入ってきた入口から走り出ていった。


「アイツら……」


 残されたナタリーは渋い顔で店の床に目をやる。

 閃光弾の着弾で焼け焦げ、一部床が抉れていた。


「次来たら、1週間店の掃除させてやる……」




 裏口から逃げだしたエディたちは、近くのパーキングに停めていた車に乗り込み、首都のバイパス道路を駆け抜けていた。


「あなた方は何を考えているですか!? 僕が何者かも知らずに、政府を敵に回すなんて、正気の沙汰とは思えない!!」


 少年は2人の行動を理解できず、怒りと困惑の入り混じった感情を言葉にしてぶつけた。

 その一方、内心で、二度も守ってくれたこの二人に感謝してよいのか、ここのまま頼っていいものか悩み始めていた。


「いえ、私はすでに検討がついていますよ。あなたが何者か……」


 助手席のエインが後部座席のほうに振り返り、少年と目が合う。


「あなたは……」


 少年が何か言いかけたところで、車の進行方向に激しい光が閃き、どーんっという轟音が鳴り響いた。

 車は急停車する。

 前方の道路は黒く焼け焦げていた。


「砲撃!?」


「いや、落雷だ」


 少年の推測をエディが訂正する。


 少年は空を見上げる。


「こんなに晴れてるのに、落雷なんて……そんなバカな……」


「いや、晴れてる日でも落雷を落とせるヤツがいるんだよ……世界に一人だけな……」


 少年の疑念に、エディが冷や汗を垂らしながら答える。


「最悪だ……よりによってこのタイミングで彼女が出てくるとは……」


 エインも何が起こっているのか悟っているらしく、青い顔で頭を抱えている。


 と、そこで、前方の上空から、高い叫び声が降ってきた。


「エディ・トンプソォォォォォォンッ!!」


 そんな声とともに、鉄の塊が落ちてきた。

 それは巨大な人型だった。

 全高10メートル、黒褐色の金属板で全身が構成され、金属板の継ぎ目は細かく鋲が打ち込まれており、両肩には先端に球体がついたアンテナのような鉄塔があり、パリパリと帯電していた。

 そして、頭の部分は操縦席になっており、そこには一人の少女が乗り込んでいた。

 歳は10代後半、細い針金を束ねたかのような銀のロングヘアーで、その身を実験用の白衣に包んでいた。

 とても整った顔立ちで、美少女と言っても差し支えなかったが、その顔は憎悪と敵意に歪んでいた。


「よぅ、ステラ……今日もいい天気だな」


 エディは背中に冷や汗をかきながらも、軽口を叩く。

 それに対して少女は操縦席から立ち上がり、前のめりになりながら叫ぶ。


「エディ・トンプソン!! 今日こそ、お前の息の根を止めて、この私、ステラ・コニールが世界最強の発明家だと証明してやる!!」


 ステラ・コニール――エディの前世とライバル関係にあった稀代の発明家の生まれ変わりであり、今生で再会して以来、エディを目の敵にしてずっと追い回している少女である。


「モテる男は辛いですね。エディ……」


 エインは「俺、知ーらない」という表情で目を伏せる。


「ステラ、わりー、今日は先約が入ってるんだ。デートだったら、来週の金曜の夜にしてくれ」


 緊迫した空気の中、エディは軽口を重ね、それがさらにステラをヒートアップさせる。


「うるさい!! 私はお前を逃さない!! 命乞いをするんだったら、私の靴を舐めて敗北を認めろ!!」


「困ったな……ベッドの中でだったら、足でもどこでも舐めてやるんだがモゴモゴ……」


 絶妙にセンシティブなことを口走るエディの口をエインが塞いで「そういうところですよ!! そういうところ!!」と泣きながら叫ぶ。


「それから、その少年を私に渡せ!!」


 そう言ってステラは少年を指さした。

 話の流れが変わり、お茶らけていたエディにも緊張が走る。


「お前まで、コイツを狙ってるってのか? 歳下と付き合うにしても、趣味がショタ過ぎねーか、ステラ?」


「彼には私の研究パートナーになってもらう!! 彼がいれば、私の発明は新たな次元に到達する!!」


 ステラは両手を広げて、狂気が入り混じったような笑みを浮かべる。


「コイツがいったい何者だって言うんだ!?」


「お前……知らずにその少年と関わっているのか……」


 ステラは怪訝な顔をしたあと、くくくっと笑い声をあげる。


「そうか、そうか……だったら、無知なお前に天才のこの私が教えてやろう!! その少年は転生者だ!!」


「そこまではなんとなく察してる!! 問題はコイツの前世が、どこの誰なのかだ!!」


 今度は逆にエディのほうが苛立ち、そんなエディを見ながら満足げにステラは語りだす。


「彼が前世で生み出したモノは、“彼の世界”のカタチを変えた……」


 ステラの語りだした内容に少年の顔が曇る。


「ロスアラモス国立研究所所長……マンハッタン計画の総指揮者……原子爆弾の父……」


 それらの内容で、一人取り残されていたエディも少年の正体を察し、顔が強張る。


「その少年の前世は……」


 ステラはひとしきり息を吸い込み、その名を叫んだ。


「ロバート・オッペンハイマーだ!!」



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