第34話 夢の最後まで⑤
「なんで……どうしてここに……?」
ヒカゲはまだ目の前の現象を飲み込めていないようだった。
「僕がヒカゲに会いたかったから。理由なんて、それ以外ないだろ?」
「私は……それを望んでいません」
ヒカゲが僕を押し返すように両手を僕に向けた。
「もう……私のことは放っておいてください!」
「くっ……」
目を覆いたくなる風が教室に吹き荒れる。
机のプリントが散り、カーテンは大きく揺れる。だけど、誰もそれには驚かない。
これは僕だけに向けられた攻撃。体はなんともないけど、意識が遠くへ飛ばされそうになる。だけど、それだけ。僕の意識が飛ぶことはない。
どうやら僕の作戦はちゃんと効いているみたいだ。
「うそ……どうして……帰ってくれないんですか?」
「戦いにおいて、傾向と対策は基本だろ。まさか、僕が無策でここに来るとでも思ったか?」
「……なにをしたんですか?」
「ただ寝てるだけさ。まぁ、ちょっとやそっとじゃ起きないくらい深い眠りだけどな」
お薬の力を使ったからな。しばらくは大丈夫だろう。
「これで、同じ土俵に立てたな」
拒絶の壁をぶち壊すのも、ヒカゲの追い返し技に耐えるのも、全ては下準備に過ぎない。
僕にアドバンテージはない。むしろ、向こうのアドバンテージを失くしただけだ。
ここからが、僕とヒカゲの本当の戦いだ。
「いったいなにをしに来たんですか? お別れは言ったはずです」
「どうして、夢の世界を選んだ?」
「選んだ……そうですか、司さんも世界の仕組みを知ったんですね」
「僕には優秀な参謀がいるんでな。まぁ、もっと早く言えとは思ったけど」
「だとしても……私は自分の意思で選んだんです。この世界で生きることを」
僕を拒絶するように、ヒカゲは一歩下がる。
「じゃあ、僕はこの世界をぶっ壊してでもヒカゲを連れて帰るよ」
下がった分だけ、僕はヒカゲとの距離を一歩詰める。
「自分じゃ壊せないのにですか?」
「だから、ヒカゲ自身にぶっ壊してもらう。僕はそのために来た」
「私は……そんなこと望んでいません」
苦しそうに表情を歪めるヒカゲ。
「何を言われようと私の意思は変わりません。もう決めたんです」
まるで自分に言い聞かせるよう、ヒカゲは低く唸るように言った。
「本当に……全部捨てられるのか?」
「っ……」
また、ヒカゲは苦しそうに奥歯を噛み締める。
その顔を見て、僕は確信を得た。
「よかった。安心したよ……現実への未練、ちゃんとあるじゃないか」
本当に未練がないなら、そんな苦しそうな顔はしない。
綾乃みたいに飄々と答えを言えるはずだ。
それができないなら、まだ現実への希望を捨てきれてはいない。
「未練なんて……ありません。私はここで生きるんです」
「ヒカゲのお母さん、眠ってるヒカゲの前で泣いてたぞ」
「え……」
ヒカゲの表情が固まる。
「自分が外に出て、お母さんが喜んでくれたって、前にヒカゲは僕に言ったよな? 大切な家族を泣かせて、それでもヒカゲはここに留まることを選ぶのか?」
「……司さんには私の気持ちなんてわかりませんよ」
「そうだな。ヒカゲの気持ちがわかるなんて、僕には言えない」
人の痛みの大きさは、その人にしかわからないから。
「でも、これだけはハッキリ言える」
僕はさらに一歩、前へ。
やがて、僕はヒカゲの目と鼻の先まで近づいて言い放つ。
「その選択は間違ってる」
目を見てしっかりと、僕は僕の意見をぶつけた。
「決めつけるんですね?」
「ああ。決めつけるよ」
反抗的な目を返されても、僕だって引くつもりはない。
「幸せな気持ち以外で親を泣かせてるやつの何が正しいって言うんだ?」
「っ……」
「本当はヒカゲだってわかってるんだろ? これは間違ってるって?」
さっきから、ヒカゲはずっと表情を曇らせている。
それはどう見たって、後悔してる人の顔なんだよ。
でも、わかってる。ヒカゲの心は理想と現実の狭間にあって、微妙に理想の方へ傾いているだけなんだ。自分の選択を絶対正しいと信じ切れず、迷いながら自分の答えが正しいと思いこもうとしている。
心はちゃんと揺れ動いてる。綾乃とは違う。
僕にできるのは、ヒカゲに現実を選んでもらえるように議論を尽くすだけだ。
その揺れる心に、僕の想いを訴えかけることしかできない。
「うるさい……うるさいですよ……」
ヒカゲが頭を抱えながら引き下がる。
「私だって……簡単に決めたわけじゃない。悩んで、悩んで、それで決めたんですよ……」
「だとしても、それは間違ってるんだ」
「私の苦悩を知らないくせに、正論ばかり唱えないでください!」
瞬間。また世界が姿を変える。
「ここは……」
どこか禍々しい雰囲気を帯びた大きな空間。
刺々しいランプが部屋を薄く照らし、左右にそびえ立つ強固な柱が威厳を醸し出す。
真っ赤に染まった絨毯が一筋の道を作り、部屋の最奥、僕の背中にそびえる玉座へと延びる。
僕たちがワンダーランドで初めて冒険した世界、その終点が再現されていた。
「なんのつもりだ?」
勇者の服を身にまとったヒカゲが数段しかない階段の下から僕を見上げる。
みれば、僕も漆黒の衣装を身にまとっていた。
「決まってます。勇者が魔王を討ち倒すところです」
「魔王って……僕がか?」
「私の世界を邪魔する最後の敵。魔王に相応しいじゃないですか?」
「僕はヒカゲとちゃんと話がしたいだけだ」
「なら、力づくで私を屈服させてください。そうすれば話を聞いてあげます」
ヒカゲが背中の剣を引き抜いた。
「どうしてそうなる?」
「どの道、このまま話したって話は平行線ですよ」
「だから戦うってのか?」
「正義は最後に必ず勝ちます。もし司さんが正義だと言うなら、きっと私を倒せるはずです」
「力づくで勝ったって、僕たちの話にはなんの意味もない」
「私にとっては、意味があるんです!」
ヒカゲが剣を構えて、いよいよ臨戦態勢へと移行する。
「くそ……聞く耳もたずか」
仕方ない。やむを得ず僕も背中の杖を抜いて構える。
「それでいいんですよ」
ヒカゲは勝気に口角を上げた。
僕は階段を下りて、ヒカゲと一触即発の距離まで詰める。
「いつかの日に言いましたよね。私たちが戦ったらどっちが勝つのかって」
いつ戦いが始まってもおかしくない緊張感の中、ヒカゲが懐かしむように言った。
「そういやあったな……そんなこと」
僕もそれに応える。
初めてオフ会の約束をした日に、そんな話をした記憶がある。
「たしか、世界を創った方が強いって言ったような気がする」
「なら、もう私の勝ちは決まったようなものですね」
「どうかな。あの時とは僕の心も変わったんだ」
杖の先端をヒカゲに向ける。
「どうしても戦わないといけないなら、本気で行く」
それでヒカゲが話を聞いてくれるなら、負けるわけにはいかない。
「いいですね。あの時は司さんがエッチなことを言うから消化不良だったんですよ」
「仕方ないだろ。男はみんな変態なんだよ」
「相手の喉元に自分の武器を突きつけた方が勝ち、それでいいですか?」
「わかった。それでいい」
痛みや死の概念がない世界。決着の付け方としては無難なところか。
視線が交錯する。
どうしてこうなったとかは、さっきからずっと思ってるけど、ここまで来たらもうなるようにしかならない。戦わなきゃいけないなら、やるしかない。
「一瞬で、終わりにしないでくださいよ……!」
それが戦いの始まりだった。
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