第33話 夢の最後まで④

 目が覚めた僕はまた仮病で学校を休んだ。


 親が仕事に行ったのを確認してから行動を開始する。


 私服に着替えて、僕は途中で薬局に寄ってから病院へ。


 面会の受付を済ませて、向かう先はヒカゲの病室。


 誰もいない病室。ベッドの上では、ヒカゲが穏やかな表情で眠っている。


 椅子に腰かけて、眠るヒカゲに語りかける。


「ヒカゲは……自分のワンダーランドで生きる道を選んだんだよな?」


 返事は当然ない。


「でもな……僕はやっぱり、それは間違ってると思うんだ」


 だから、


「もう一度ちゃんと話そう」


 僕は薬局で買ってきた睡眠薬の袋を開ける。


「さすがに車に轢かれるのは周りに迷惑をかけすぎるからな」


 粒を適量取りだす。


「薬で眠れば、ある程度は抗えるだろ?」


 だって、薬だから。自然とは違うから。短絡的な考え。


「待ってろよヒカゲ。僕はまだ、君を諦めない」


 なんでワンダーランドで生きることを選んだのか、とか。


「さあ、一度きりの真剣勝負だ」


 僕は睡眠薬を飲み込んだ。


 そして、少しして意識が無理やり闇に飲み込まれる感覚に陥る。


 残る意識で体をベッドに預ける。


 沈みゆく意識の中、僕はずっとヒカゲのことを考えていた。


「また、闇の中か」


 再び意識を取り戻した僕の目の前には、無限の闇が広がっている。


 やはり、拒絶されているのか。ヒカゲの世界へは素直に行けないようだ。


「ほんと……酔いそうになるな」


 僕はそこに立っているのに、地面は見えない。上下左右、どこを見ても闇の世界。


 まるで宇宙の中に放り出されたかのよう。


 足を踏み出しても、前に進んでいるのかさえわからない。


 ヒカゲの世界なのかすらもわからない


 けど、こればかりは僕の想いを信じるしかない。


 とにかく、何か起こるかもしれないと進んでみる。


「瞑想するには持ってこいな世界だよなぁ」


 まさしく無の世界。本当に何もない。


 それでも、僕は自分が前だと思う方に進み続ける。


「いたっ……」


 何かにぶつかった。でも、そこにはなにもない。


「壁か……?」


 手を触れてみれば、そこには見えない壁のようなものがあった。


 それに手を当てたまま横に移動してみれば、壁はどうやら一面に広がっていた。


「なんと言うか……おあつらえ向きって感じだな」


 心の壁、とでも言えばいいのか。


 この壁の向こうにヒカゲの世界があると、僕は謎の確信を得ていた。


「想いが強い方が勝つ……だったか」


 綾乃の言葉を思い出す。さて、どうすればいいんだ?


 適当に壁を叩いてみても、何の反応もない。


「ん?」


 ふと、ポケットに何か違和感。手を突っ込んでみれば、柔らかい感触が。お守りだった。


「本当にあるのか……」


 それは昨日綾乃にもらったものだった。


 昨日とは違う服なのに、本当にお守りは残っていた。


「なるほど……これが意思の力ってやつか……」


 違う世界でも、綾乃がお守りは残っていると思えばそれは実現する。


 意思の力があれば、大抵のことはなんとかなる。それがここだ。


「拒絶を上回る力……それをこいつにぶつければいいのか」


 目を閉じる。思い返すのは、ここまでヒカゲと歩んで来た道のり。


 ヒカゲのワンダーランドに迷い込んで、なし崩し的に一緒に冒険をした。オフ会をして、この世界の行く末を教えた。まぁ、それは間違いだったけど。


 夜の学校に行った。少しでもヒカゲが学校に行きやすくなればと思った行動だった。


「花火……僕はすごく楽しかったんだぞ……」


 久しぶりの二人乗り。みんなで見つめた線香花火。


 どれも僕にとってはかけがえのない思い出だ。


「全部捨てて終わり。それが本当にお前の望んだことか?」


 もし、まだ現実に未練があるなら、僕は意地でもヒカゲを取り戻す。


 綾乃のお守りを力強く握り締めた。


「僕はそうは思わない。だからな……こんなちっぽけな壁、僕がぶっ壊してやる」


 腕を大きく後ろに振りかぶる。


 これはヒカゲが望む展開ではないかもしれない。


 だが、それがどうした。僕は、僕の意思でヒカゲを連れ戻す。


「僕は……数少ない友達を簡単に捨てたりはしないんだよ!」


 渾身の力で僕は壁を殴りつけた。


 衝撃の波が壁を伝播して流れていき、そして、僕が殴った場所を基点に壁はガラスのように砕け散った。


 瞬間、世界が一瞬で切り替わる。


 この前ヒカゲに別れを告げられた教室。僕はそこに立っていた。


「どう……して……」


 僕が会いたかった彼女は、突然の来訪者に驚きを隠せない様子。


 そんな彼女を、僕は真っすぐ見据える。


「どうやら、お別れを言うにはまだ早かったみたいだな」

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