第28話 夜に駆ける青い春⑪

「やっぱり、花火の最後は線香花火だよね」

「なんで最後は線香花火なんだろうな?」


 昔からそれが定番になってるけど、いつからそうなんだろうか。


「さぁ? でも、こうしてみんなで輪になってできるからじゃないかな。他の花火をやってたら、ここまでみんなで集まることなんてできないもんね」


 青井の言う通り、僕たちはひとつの輪になって自分の線香花火に集中している。


 なるべく振動を与えないように、細心の注意を払いながらそれを見つめる。


「青井らしい考えだな」

「ヒカゲちゃんはどう思う?」

「私ですか……」


 ヒカゲは花火を見つめながら続ける。


「そうですね……線香花火をしていると……終わりを感じるから……だと思います」

「ふむふむ……」

「この小さな火の玉を見ていると、あぁ……今日は楽しかったなぁ……って落ち着いて振り返ることができて……」


 ヒカゲの言葉は、たどたどしい中にどこか名残惜しさを含んでるように聞こえた。


「あの……うまく説明できないんですが……そんな感じ、です」

「うんうん……わかる……とてもわかる!」


 青井は首を大きく振って同意するが、


「あ……」


 その衝撃で青井の線香花火がお亡くなりになられた。


「青井は楽しさを振り返る間もなく終わったな」

「ふふん……なら、次はさらに強固にするまで!」


 青井は線香花火を複数摘まみ、火が付いた線香花火はひとつの大きな玉になる。


「どうよ! これで最強の線香花火になったよ!」

「いるいる。そうやって無駄遣いするやつ」


 綾乃も同じようなことしてたっけな。


 でも、大きくなって分、重量はさらに増すわけで。


「ああ!」


 青井の線香花火はまた無惨に散っていった。


「ど、どうして……私の線香花火……」

「容量と用法は正しく守らないと碌なことにならない典型例だな。ヒカゲも覚えておいた方がいいぞ」

「私は……あんな贅沢な使い方できません」

「そうだよな。数少ない線香花火を無駄にはできないよな」

「ごめんて! もうしないから!」


 今度は一本だけ掴んで、青井は静かに火を点けた。


 パチパチと火花が散っていく。さしずめつぼみから花が咲いたような、そんな感じ。


「線香花火ってさ、なんか見入っちゃうよな」


 ドラゴンのような派手さはない。手持ち花火のような煌びやかさもない。小さな火の玉が揺らめいて、そこから小さな火花が飛び散るだけ。


 なのに僕の視線は線香花火に釘付けになっていた。


「不思議だよねぇ」

「……ですね」


 僕たちはしばらく無言で線香花火を見つめていた。


「今日は……ありがとうございました」


 それぞれが最後の一本を楽しんでいる時、不意にヒカゲが切り出した。


「私のために……こんな素敵なイベントを開いてもらって……」

「楽しかったか?」

「……はい。たぶん、人生で一番です」


 線香花火が小さく揺れる。


「じゃあ、無茶苦茶したかいがあったな」

「いやぁ……楽しかったね! 私も初めての経験だったし!」

「そうだな。でもまぁ、今日のイベントで僕が伝えたいことはひとつだけだ」


 花火を見ながら僕は言う。


「ヒカゲはもう、一人じゃない。隣には僕がいるし、青井だっている」


 チラリと青井を見れば、「いえい」とピースサインを決めていた。


「それで少しでもヒカゲの心が軽くなればって、そう思うよ」


 僕は直接ヒカゲの問題を解決できる立場にない。


 彼女の問題は、彼女自身でしか解決できない問題だ。


 僕はどこまで行っても、彼女の背中を押すことしかできない。


 なら、こういう背中の押し方だってあると思うんだ。


「……」


 隣から声を殺しながら鼻をすする音が聞こえた。


 僕はそれに気づかなないフリをして、ただひたすらに目の前の花火を見つめ続ける。


「私は……幸せ者です。初めての友達が司さんで……本当によかったです」


 鼻をすする音がさらに大きくなって、線香花火の音をかき消していく。


 青井と目が合うと、彼女は穏やかに笑った。


 やがて線香花火はその使命を全うして、僕たちの深夜の授業は幕を閉じた。


 後片付けをした後、教室から荷物を回収して校外へ脱出。


 僕と同じく自転車で来ていた青井とは校門で別れを告げて、それぞれの帰路につく。


 後ろに乗ったヒカゲは、自分の家に着くまで一言も話さなかった。


 だけど、僕の腰に回された腕は、行きより強く僕を抱きしめていた。


「じゃあ、バレないように部屋に戻れよ」

「あの……今日は本当にありがとうございました」


 自転車から降りたヒカゲが大きく頭を下げる。


「僕は、学校に行きたいっていうヒカゲの背中を押したかっただけだよ」

「なら……すごく押されてしまいました」


 嬉しそうに、恥ずかしそうに、ヒカゲは微笑む。


「そうか。僕は気長に待ってるよ」

「……はい」


 伝えたいことは伝えた。ヒカゲにもきっと伝わった。


 なら、今日はこれ以上の言葉はいらない。


「おやすみ、ヒカゲ」

「おやすみなさい、司さん」


 こうして、僕たちは再び日常へ帰っていく。そう思っていた。


 ☆☆☆


「ふあぁ……司君おはよう……」


 月曜日。登校してきた僕のところへ、青井が大あくびしながら近づいてきた。


「眠そうだな」

「あれのせいで生活リズムが乱れちゃってさ。結構寝不足。司君は平気?」

「あの日は徹夜したから問題ない」


 変な時間に寝ると、当然変な時間に起きる。ならばその日は寝ることを諦めて、次の日にいつもと同じ時間に寝る作戦を決行した僕。朝と昼に訪れた眠気のピークを気合でしのいで、なんとかいつも通りのリズムを維持できた。


「私もそうすればよかったなぁ……」

「今日は僕と一緒に昼寝の仲間入りだな」

「しない……って言いたいけど、今日は無理かも」


 またあくびをしながら、青井の視線は自然と僕の隣の席に向く。


「渡会さん、来るかな?」

「来てほしいな、とは思ってる。けど、そこは僕たちが無理強いできるところじゃない」

「そうだね」


 寂しそうに青井はヒカゲの机を見つめる。


「でも、本人的には来るつもりはあるみたいだぞ」

「なんでわかるの?」

「僕とヒカゲはRINE友達だから。それで」


 RINEと、そしていつもの夢の世界でも、今日は学校に行きます! と意気込んでいた。


「え、ずるい! 私も友達になりたいんだけど!」

「これは初めての友達の特権だから」

「そんなこと言ったら渡会さんこれ以上RINE友達増やせないじゃん!」

「じゃあ学校に来たら交換するんだな。きっと喜ぶぞ」

「だね! 楽しみだなぁ!」


 ヒカゲとRINE友達になる未来を思い浮かべたからか、青井の眠気はどこかに吹き飛んだようだ。そのままルンルン気分で自分の席に戻っていた。


 僕も今は誰もいない隣の席を眺める。


「そろそろ……僕だけ隣がいないってのも寂しいんだよな」


 だけど、僕の希望とは裏腹に、ヒカゲはその日も学校に来なかった。


 そしてその夜。僕は久しぶりに夢を見なかった。

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