第27話 夜に駆ける青い春⑩
「さぁ、深夜の授業を始めるよ!」
そんな青井の号令で、僕たちの少人数教室が幕を開けた。
用意周到な青井がご丁寧に筆記用具とノートを提供してくれた。いらない。
今日はヒカゲのためのお遊び授業のつもりが、結構本格的に授業をする青井。
ヒカゲは熱心にノートにメモを書いている。偉い。僕はノートを開いてもいない。
「司君……ちゃんとノートを取ってください」
先生っぽい言い方で青井は眉をひそめる。
「今までやった内容だろ? なら、僕にその必要はない」
これでも、授業のノートはちゃんと取っている。
「これは司君が普段寝ている時間にやっていた授業です」
「……どうりで見た記憶がないと思った」
なんか初めて見るなぁ……って思ってたんだよ。なるほど、納得。
「というわけで、ノートはしっかり取ってください」
「青井は友達想いだなぁ」
どうやら、彼女の方が一本上手だった。
「……ふふ」
そんな僕たちのやり取りを見て、ヒカゲはクスクス声を殺して笑っていた。
存外教え方が上手い青井の授業がひと段落し、僕たちは小休止を取ることに。
広げたノートを閉じて引き出しの中へ入れる。
「ふあぁ……」
自然と僕とヒカゲの席に集合する面々。僕の前にいる青井が大あくびをした。
「眠いのか?」
「今何時だと思ってるの……」
「深夜の1時半だな」
時計はその時間を指していた。昼でも夜でも、1時半は眠くなるようだ。
「普段はもう寝てる時間だって……」
「その……すみません」
ヒカゲが申し訳なさそうに目を伏せた。
「え、あ、いや! そ、そんなつもりはなくてね! あの、全然元気だからね!」
「いいんです。そうですよね。やっぱこの時間は眠いですよね。はしゃいでるのは私だけで、きっと青井さんは司さんに脅されて無理やり参加させられただけなんですよね。ほんとすみません」
「いや……その……」
そうして二人とも黙りこくる。
ヒカゲはいつもの調子と言えばそうだけど、問題は青井の方だな。
僕にならここからでも華麗なるツッコミをしてきそうだけど、ヒカゲに対してはどうも距離感を掴みかねてる節がある。過去の負い目がそうさせるのか。簡単にリセットしてやり直し、とはいかないらしい。
ヒカゲもヒカゲで積極的に行く方じゃないからな。変な気まずさが場を支配する。
こんな時、しんどいのは間に挟まれてる僕なんだよな。
「……」
仕方ない。ここは僕が頑張るしかないか。
そのためにこの場を設けた言っても過言ではないからな。
過去のトラウマからの脱却。仮にヒカゲが青井に対してトラウマを抱えていなかったとしても、リアルで頼れる人間が増えるに越したことはない。
「青井、眠いならとりあえずこれ飲んどけ」
僕はリュックに入れていたエナジードリンクを青井に渡す。
「ありがとう」
「それ飲んだらちょっと火遊びをしに行くぞ」
「火遊び?」
「夜の学校。誰もいない校庭。なんでもできると思わないか?」
僕はパンパンのリュックから火遊びグッズを取りだして机に広げる。
「……花火ですか?」と、ヒカゲ。
「そう、花火。まだ季節的には早いけど、コンビニに売ってたから買ってきた」
「コンビニは何でも売ってるんですね」
「深夜の学校で花火をする高校生って、青春っぽくていいよな」
「司君もそんなこと言うんだね」
「僕だって高校生だから」
「ふふ……今日は校則違反のオンパレードだね」
「今を楽しむ高校生は校則に縛られないんだよ」
「不良だね」
言いながら、青井の顔はやる気に満ち溢れていた。
ヒカゲも花火をまじまじと見つめている。
「じゃあ、決まりだな」
異論はなかった。
ロウソクとチャッカマンは用意した。校内を探検してバケツを拝借した僕たちは深夜の校庭に足を延ばす。青井もヒカゲも、校舎の中を探検するときはお互いにへっぴり腰だった。
真っ暗な校庭。風はほぼない。
校庭の適当な場所で砂を集めてその中心のロウソクを立て火をつける。
暗く静かな校庭に灯った一粒の灯り。
「こんな悪ふざけをする高校生は全国でもそういないだろうな」
灯った火を眺めながら僕は呟く。
「バレたらただじゃ済まないよね……」
「ま、しばらく停学ってところか」
「私も不良の仲間入りか……」
言いながら、青井は早速手持ち花火に火を点けた。
言ってることとやってることが全然あってない。
すぐに眩い光の線が校庭に浮かび上がる。
「わぁ……綺麗……」
その花火を、青井は楽しそうに見つめていた。
「ようこそ不良の世界へ」
「今日だけよ。週が明けたら私はまた優等生な委員長に戻るから」
「じゃあ、今日だけはとことん不良を満喫しないとな」
「もちろん! そのつもり!」
「というわけで、ヒカゲも一緒に火遊びしようか」
さっきからどうしていいかわからなさそうに立ち尽くしていたヒカゲに花火を渡す。
「えっと……」
「まさかやり方がわからないとかはないよな?」
「それは……わかります。でも、こんな時どんなテンションでやればいいのかわかりません」
どんなテンション。そんなことを考えて花火をしたことないから逆に難しいな。
「友達と花火をした経験がないので……」
「だ、そうだ青井。陽キャの力を見せてやれ」
「え、私……?」
なぜか気まずそうな反応をする青井。
「はぁ……」
「なんでため息吐くの?」
「言わなきゃわからないか?」
「いや……わかる」
青井は僕のため息の理由をしっかり理解してるらしい。
なら、なぜ行動に移さないで尻込みするんだろう。
いつもクラスで浮いている僕に全力で絡みに来る青井はどこに行った?
「変に距離感測るなんて青井らしくないんだから、陽キャの遊び方をヒカゲに教えてやれよ」
「司君……」
「あの時僕に言った言葉は嘘か?」
「嘘じゃ……ない」
「僕にできるのはこうして無理やり背中を押すことだけだ。今度は仲良くなりたいんだろ?」
「あ……任せて! 友達と花火をするときはね、こうやって遊ぶんだよ!」
「わ……わわ……」
青井はヒカゲにピタッと体を寄せて、自分の花火をヒカゲの花火と重ねる。
そして、ほどなくしてヒカゲの花火に火が灯る。
青井からヒカゲへ、花火のリレーが完成する。
「友達とやるときは、こうやって火を渡しながら楽しむんだよ!」
「そ、そうなんですか……」
「だから、次は私にも火を分けてほしいな!」
新しい花火を持って、青井はヒカゲに笑いかける。
「えと……」
「こうするんだよ」
「つ、司さん……!?」
尻込みするヒカゲの手を取って、青井の持つ花火に重ねる。
赤だけだった火の中に緑が灯る。
「ありがとね! では、花火の真なる楽しみ方をもっと教えてしんぜよう!」
調子が戻って来た青井が、手にたくさんの花火を持って一気に点火する。
いろんな色の花火が暗い校庭を明るく灯す。
「す、すごいです……こんな無駄遣い、陽キャにしか許されない所業です……!」
「なら、ヒカゲちゃんも陽キャの仲間入りだね!」
ヒカゲの手にもたくさんの花火を持たせて、青井が火を移した。
「な、なんて贅沢なっ……」
「大丈夫、司君が馬鹿みたいに買ってきたからまだたくさんあるよ!」
「馬鹿は余計だ」
まぁ、正直リュックの中身はほぼ花火と言って遜色ないわけだが。
「……」
ヒカゲと青井はいつの間にか打ち解けて、二人で楽しく花火を楽しんでいる。
緩やかな風に乗って運ばれてくる火薬の匂い。懐かしい香り。
昔、綾乃と二人で楽しんでいた景色を思い出す。
「この匂いも、花火の綺麗さも、現実じゃないとわからないものだよな」
ワンダーランドで再現できたとしても、このリアルさまでは再現できないだろう。
なんでもできると言っても、あの世界は所詮夢の世界。
形は再現できても、匂いや、目の前で広がる花火の綺麗な輝きの全てを再現できるわけじゃない。所詮はイメージの具現化にすぎないんだから。
「さて、僕も花火で遊ぶとしようか」
どこかの二人が常に複数本使って遊ぶもんだから、このままじゃ多めに買ってきた花火がすぐに食いつくされてしまう。
「あ、司さん! 一人で静かに点けちゃダメですよ!」
僕がロウソクで火を点けようとすれば、テンションの上がったヒカゲに止められる。
「僕は陽キャじゃないから、しっとり楽しむんだよ」
「ダメです! 今日はみんな陽キャになる日です!」
「そんな日があるのか」
「あるんです!」
有無を言わせず、ヒカゲが自分の花火で僕の花火に火を点けた。
「これで司さんも陽キャの仲間入りです!」
ヒカゲは夜でもわかるくらい眩しい笑顔を僕に向ける。
よくワンダーランドでは見せてくれていた笑顔。現実で見るのは初めてだった。
「そうか……じゃあ、真なる陽キャの花火を見せてやろう」
指と指の間すべてに花火を差して、自分の花火を使ってすべてに火を点けた。
それから拳法の型をイメージした謎の動きで花火を振り回す。
「あぁ……いるいる。そうやって無駄に花火を振り回す人」
「ふ……残像が美しい……」
「どういうキャラ設定?」
「僕がイメージしてた陽キャ」
「うーん……ちょっとずれてる気がするなぁ……」
真なる陽キャからダメ出しを食らいながら、僕たちは花火を続けた。
手持ちが無くなったら、ドラゴン花火などの設置型の花火を一通り楽しんだ。
さすがに打ち上げ花火は近所迷惑どころの騒ぎじゃないので自粛して……。
ひとしきり楽しんで、最後はみんなで線香花火を嗜むことに。
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