第26話 夜に駆ける青い春⑨
「よし、着いた」
「……」
自転車を漕いで向かった先は、僕たちが通う高校。
電気ひとつ点いてない校舎。校門は固く閉じられている。
校門前に自転車を止めれば、既に役者は揃っていた。と言っても僕たち以外には一人しかいないけど。
「司君、遅かったね」
青井がやって来た。
「二人乗りという青春をゆっくり堪能してたんだよ」
「はいはい」
青井の視線が僕の後ろへ行く。
そう言えば、さっきからリュックを何かに摘ままれている感覚がある。
見れば、ヒカゲはいつの間にか僕の背中にピタッと張り付いて気配を消していた。
「……なにしてるんだ?」
「……くっつき虫ごっこです」
「楽しそうな遊びだな」
「私たち以外に人がいるなんて聞いてないです。それに……」
「言ってないからな。ほれ」
「うみゃっ!」
僕はヒカゲを背中から剥がして前に出す。
「あ、あう……」
「わ、渡会さん……久しぶりだね。覚えてる?」
ぎこちない挨拶。いつものお前はどこに行った?
昼寝していた僕を叩き起こしているお前はどこに行った?
「あっ……」
微妙な雰囲気。気まずさがはっきり目に見えるくらい二人が緊張している。
「渡会さん……あの、私……」
「ストップ」
何かを言いたそうに近づいて来る青井を静止した。
「な、なに?」
「今日は名前呼び禁止。それぞれあだ名で呼ぶこと」
「どうして?」
「今日はとにかくそういうルールなんだ。僕は司で、こっちはヒカゲだ」
「司君はそのままじゃない」
「僕とヒカゲはその呼び方で定着してるから」
今更新しいあだ名を付けたって方がかえって呼びづらい。
「一応、僕の方で青井の呼び方は考えてきたんだ。青井はタイラーで」
「タイラー……って、司君私のどこを見てそう言ったの!?」
「胸。自覚あるだろ?」
「ハッキリ言わないでよ! べつに無くはないし!」
「完璧だと思ったんだけどな。じゃあ、面倒だから青井でいいか」
「最初からそれでいいのよ!」
「でも、緊張は解けたろ?」
「え……」
青井が目を丸くする。
「顔に出過ぎだ。青井がそんなんじゃヒカゲだって緊張するに決まってるだろ」
「う……ごめん」
青井は深呼吸してから改めてヒカゲの側に寄る。
「えっと、初めましてヒカゲちゃん。知ってるかもだけど、私は青井。今日はよろしくね」
落ち着いて、柔和な表情で挨拶をする。
初めまして。渡会陽葵とは初めましてじゃなくても、ヒカゲとは初めて。そう解釈した。
もしかしたら、青井にとってはいつかの後悔をやり直す意味もあったのかもしれない。
「あの……はい……よろしくお願いします。青井さん」
あだ名と言いつつ、ヒカゲ以外は名字で統一されてしまった。
タイラー……結構会心のあだ名だと思ったんだけどな。
「タイラー……」
ヒカゲの視線が自分の胸と青井の胸で行ったり来たり。
何かを確かめるようにヒカゲは自分の胸を触った。
「……ある」
そうか。よかったな。
軽い挨拶も終わったところで、いよいよ本丸へ突撃の時間。
「さすがに校門は施錠されてる、と」
ガタガタと校門を動かそうとしても微動だにしない。
「なら、よじ登るしかないか」
僕は校門の取手に足をかけて軽やかに登る。
「よい……しょ!」
「んん……っ」
それから青井とヒカゲを引っ張り上げて学校の敷地内へ。
青井が自分のカバンから懐中電灯を取りだして点けた。
「用意がいいな」
「夜の冒険には必需品でしょ」
さては、お前かなり楽しみにしてたな?
そのまま校内へ。暗く静かな校内。誰がいるわけでもないし、出てくるわけでもないのに、ただ深夜の学校というだけで不気味さが増す。
ヒカゲは僕のリュックを掴んで辺りをキョロキョロしていた。
「……怖いか?」
「こ、怖くないです……」
「じゃあ、僕は幽霊が怖いからヒカゲが前に立ってくれないか?」
「え……」
この世の終わりみたいな声が聞こえた。
「もう一回訊くな。怖いか?」
「こ、怖くないです……」
意外と強情だった。
絶対怖がってると思うんだけどなぁ。怖がってると言えばもう一人。
先頭を行く青井もヒカゲ同様、必要以上に辺りを警戒していた。
「ふぅ……」
「うきゃあ!」
耳に息を吹きかけたら、青井は素っ頓狂な声を漏らした。
つられてヒカゲも大きく跳ねた。面白い。
「つ、司君! な、なにするのよ急に!」
「青井が怖がってそうだから緊張をほぐそうかと思って」
本当はなにかしたら面白そうだから。
「べ、べつに! こ、怖がってないわよ!」
「お、あそこに幽霊が」
「え、待って! 嘘! ど、どこに!」
僕の指差した方に懐中電灯を向けて、身を縮こまらせる青井。
なるほど。自前の懐中電灯を持ってきたのはそういうわけだったか。楽しみって言うより、真っ暗な空間でお化けの恐怖に耐えるのが無理だったと。
「ごめん。見間違いだった」
「っ~!」
「無言で叩くなよ。痛いだろ」
「乙女を弄んだ罰よ」
その後も青井に暴力を振るわれながら階段を昇り、やって来たのは僕たちが普段使用している教室。中に入って青井が一目散に電気を点けた。
周りが暗いからか、いつもより明るく感じる。
「さて……」
荷物を適当な机に置いてから、青井が教卓に手をついて、
「では、これから授業を始めます!」
と、先生のようなことを言い始めた。
「どうやら授業が始まるみたいだ。僕たちも自分の席に着こうか」
「え? あ、あの……授業? わ、私の席は……」
「こっちだ」
ヒカゲの手を取って、僕は窓際の一番後ろの席に行く。
「ここが僕の席」
自分の席を指して言う。
「それで、ここがヒカゲの席」
隣の席を指して言った。
「え……」
「ほらそこ! はやく席に着いてください!」
怒ってる口調でも、青井の表情はむしろその逆だった。
「席に着かないとまた怒られるぞ?」
「は、はい……!」
そっと、ヒカゲが僕の隣の席に座った。何かを噛み締めるように、そっと。
机の感触、椅子の座り心地、それらを確かめるように撫でまわす。
そして、最後に僕を見て目が合う。
「現実でも、僕はちゃんと隣にいるよ」
「ふふ……なんだか不思議な感じですね」
ヒカゲはジッと僕を見ながら微笑んだ。
「そのうち不思議じゃなくなるさ」
「そうなれると……いいですね」
「なれるさ。だって、今ここにいるんだから」
「……はい」
くすぐったそうに笑うヒカゲ。その目の奥にはキラリと光るものがあった。
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