第24話 夜に駆ける青い春⑦
「無理は……してないです。学校へ行きたい気持ちも本当です」
次のステージが始まり、僕たちはまた襲い来る敵との戦いを再開した。
ステージが上がれば、敵も強くなる。本当に、一瞬でも目を離したら死んでしまいそうだ。
「でも……朝起きると、どうしても体調が悪くなって、結局学校へ行けないんです」
「そうか……うわ、敵強いな……」
話しながらでも、ヒカゲのエイム精度は落ちない。
もうほとんどヒカゲの力で進められていると言っても過言じゃない。
「まぁ、どうしても最初は行き辛いよな」
ヒカゲの気持ちはわかるよ。とまでは言えない。僕はヒカゲじゃないから。
長く目を逸らし続けた現実を直視するのは怖いことだと思う。嫌なことってのは、逃げれば逃げる程大きな不安として襲い掛かってくるから。
だけど、その不安の大きさは僕には推し量れない。
そしてそれに立ち向かわなきゃいけないのは他でもないヒカゲ自身。そこは変わらない。
だけど、こうして話を聞くことは僕にもできる。
誰かに不安を話せば、心の負担が軽くなったりすることもあるしな。
「あまり気負い過ぎるなよ」
視線は前に向けたまま、襲い掛かって来る敵を撃ち続ける。
「でも……」
「今日行けなくても明日がある。少しずつ前に進めばいいんだ。いきなりゴールを目指す必要はない。今日は制服を着て部屋から出るとか、今日は家から一歩外に出るとか、そんなところからでもいいと思うぞ」
千里の道も一歩から。変わろうとする意思さえあれば、牛歩でも変わっていける。
大事なのは自分の心。いきなり満点を目指すから色んなことが難しく見えてしまう。
最初は赤点でも、毎日少しずつ得点を積み重ねていけばいつかは満点になる。
ヒカゲもそうだ。自分の設定した目標が高いから尻込みをしてしまう。
だったら、まずは目先の壁を小さめにして、やがて大きな壁を越えていけるようにすればいい。
小さな成功体験を自分に与えて、それから大きな壁に向かえばいい。
「司さん……」
切実そうな、今にも泣きだしそうな声音だ。
行きたいのに、行けない。一見矛盾してるそれだけど、矛盾はしていない。
「あ、死んだ」
ヒカゲの弾幕がなくなった瞬間、僕たちは呆気なく死んでしまった。
「ヒカゲがいないと一瞬か……僕もまだまだってことか」
「すみません……」
「いいよ。最初に真面目な話を始めたのは僕だしな」
タイミングよく店内放送が流れた。
ここから先は大人の時間。高校生は帰りましょうと、そんな感じの放送だ。
「っと……そろそろ時間か。今日のところは帰るか」
「もうそんな時間でしたか」
「楽しい時間はあっという間だよな」
時刻はもうすく22時を回るところ。
健全な高校生である僕は社会のルールを逸脱したりはしない。夜遊びはしても、常識的な範囲内で。
「送るよ。さすがにこの前とより時間も遅いし」
「べつに……大丈夫ですよ」
「僕が大丈夫じゃないんだよ。こんな日に女の子を一人で帰らせたら僕が怒られる」
いや、半殺しくらいはされるかもしれない。
女の子と夜に遊んでそのまま解散とか頭おかしいの? と妹に言われる未来までは見えた。
「それなら……」
そんなわけで、僕とヒカゲはゲームセンターを後にして帰路につく。
「そういえば、司さんに訊きたいことがあるんですが……」
帰り道の途中。ふと、ヒカゲが控えめに僕へ問いかける。
「どうした?」
「その、司さんはどうして私をヒカゲって呼び続けるんですか?」
「ヒカゲはヒカゲだからだろうな」
「でも、私の本名はもう知ってるじゃないですか?」
「知ってるだけだろ?」
「え……?」
ヒカゲの目が少し見開く。
「僕はまだ、ヒカゲから直接本名を教えてもらったわけじゃないし。それとも、渡会って呼んだ方がいい?」
一応知ってるには知ってるからな。
オフ会だから敢えて本名を知っていても言ってないだけで、ヒカゲ本人が本名で呼ばれることを望むならべつにそれでも構わない。
「いえ。今はヒカゲのままでいいです」
「そうか」
「もし私が学校に行ったら、その時にまた自己紹介しますね。だから今はヒカゲでいいです」
「わかった。楽しみにしてるよ」
「はい。あ……」
ヒカゲがとある一軒家の前で立ち止まる。
「ここです。私の家」
表札には「渡会」と書かれていた。
「なるほど。ここがヒカゲの家か……。いつでも遊びに行けるよう住所登録しておこう」
「ちょ! 何してるんですか……!」
携帯を取りだした僕をヒカゲが慌てて止める。
「ダメか?」
「ダメに決まってます」
「決まってるのか?」
「決まってます」
決まってるようだった。
「……」
ヒカゲは何かもの言いたげな目でずっと僕を睨みつけている。
家の住所を登録していつでも突撃できるようにしようとしたくらいだけど。
なんか言葉だけ見るとストーカーみたいだな。そりゃもの言いたげな目にもなるわ。
「司さん……!」
ヒカゲは視線を左右に彷徨わせた後、大きく深呼吸をして携帯を取りだした。
何やら画面を操作して、僕に押し付けるように画面を見せつける。
「れ、RINE……は、はじめました……!」
ぐっ……とさらに画面を僕に押し付ける。
「そうか」
「そうかって……リアクション薄くないですか?」
「じゃあどうしろと?」
「もっとこう……おお! やっと始めたのか! くらいのリアクションを期待してました」
「おお! やっと始めたのか!」
「なんか嘘くさいです」
言われた通りの反応をしたのに何たる言い草。
「酷い言われようだ。でも」
僕はヒカゲの画面を操作して、僕をヒカゲの友達として登録した。
「これで、ようやくリアルでも簡単に連絡できるようになったな」
「は、はい……えへへ」
友達が増えたヒカゲのホーム画面。
まだ一人しかいない友達リストを、ヒカゲは嬉しそうに眺めていた。
不思議と、僕まで微笑ましい気持ちになる。
「じゃあこれ、約束のやつな」
僕はヒカゲのトーク画面に一枚の写真を張り付けた。
「これは……」
「初めてのオフ会で撮った写真。RINE入れたら渡すって約束だったろ?」
「……えへへ」
ヒカゲはその写真を満足そうに眺めていた。
「司さん、今日はありがとうございました」
「少しは元気になったか?」
「はい。おかげさまで」
「それはよかった」
だけど、ヒカゲの笑顔の奥には不安の色が見え隠れしている。
「まだ不安か?」
見ないフリをすることもできた。でも、僕はそれを指摘した。
「司さんにはわかっちゃいますか?」
ヒカゲも否定せず、僕の指摘を肯定した。
「正直、このまま私は学校に行けないかもな。なんて思う弱い私がいます」
携帯を握るヒカゲの手が強くなる。
「そうか。でも、学校には行きたいんだろ?」
「それは……そうです。でも、そう思っててもずっと行けてません」
煮え切らない感じでヒカゲは言葉に詰まる。
学校に行きたいけど、行こうとすれば体調が悪くなる。
それは間違いなく精神的なもので、治し方はヒカゲにしかわからない。
「なら、ここは僕が一肌脱いでやるとするか」
「え……?」
「学校、僕が連れていってやるよ」
「えっと……」
「僕が、ヒカゲを学校に連れて行ってやる」
もう一度はっきりと、僕はヒカゲに宣言した。
たぶん、ヒカゲは学校を恐れている。
一人ぼっちの空間。誰も自分を見てすらいない空間。
なのに周りは青春を謳歌しているように見えて、自分だけが世界に取り残されてしまうような、そんな感覚に陥っているのかもしれない。
その気持ちは僕にもわかる。事情は違えど、僕も彼女のいない世界に取り残されているから。
それでも、ヒカゲの場合は僕と違ってやり方はわかっている。
トラウマがあるならそれを払拭してやればいい。
どうせなら、色々なことを一気に片付けてしまおう。
ヒカゲのトラウマと、それとついでにあいつの贖罪とか。
少なくとも、あいつに声をかければ断られることはないだろう。
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