第23話 夜に駆ける青い春⑥

 5月中旬の日曜日。時間は20時頃。


 この前ヒカゲとオフ会した場所でまた待ち合わせ。


 昼間は体調が優れないことが多いらしく、今日も夜の集い。


 母さんには危ない遊びと疑われているが、そこは僕。僕に彼女とか危ない友達ができるわけないという、父さんからの絶対的な信頼により、こうして夜遊びを許可されている。将来父さんの介護はしないから覚悟しておけよ。


 とにかく、助けたい友達がいるって言ったら信じてくれた。


 父さんや母さんも、僕の言葉から感じるものがあるんだろう。


 その言葉の重みを、僕たちは知っているから。


「今日もその恰好なんだな」


 合流したヒカゲはこの前と一緒で、下はスカート、上はパーカー。フードを被って眼鏡をかけている。


「……服のバリエーションがなくてすみません」

「ま、服なんて土日用があればそう多くはいらないもんな」


 普段は制服しか着てないし、服なんて休みの日に着るものが少しあれば大抵何とかなる。


 しょっちゅう会わなければ、私服のパターンとか気にする必要もないしな。


「あの……今日のオフ会の目的は……」

「ん? 僕がヒカゲと遊びたかっただけだよ」

「えっと……」

「僕も友達が少ないからさ、ふと遊びたくなった時に誘う相手がいないんだよ」

「そう……ですか。でも、どうして私を……」

「ヒカゲも色々疲れてそうだったし、この前も言ったけど、一緒にストレスを発散しよう」

「私は……疲れてなんか……学校行けてないですし……」

「ま、たしかに体は元気かもな」


 僕はヒカゲの胸を指差した。やましい気持ちはない。


「でも、心は元気じゃないだろ?」

「……っ」


 ヒカゲの表情が歪んだ。


「というわけで、今日は僕と一緒に夜遊びをしよう」

「……言葉のチョイスに悪意を感じます」

「そんなつもりはないんだけど。ヒカゲは夜遊びで何を想像したんだ?」

「っ! つ、司さんのエッチ……!」


 なぜか顔を赤くしたヒカゲに睨まれた。


 いったい何を考えていたんだろう。僕は健全なことしか考えてなかったのに。


 チラッと動いた彼女の視線の先には、大人のホテルの看板が見えた。


 いや、さすがに僕もそこまでは想定してないんだけど……。


「なるほど。ヒカゲの夜遊びはそういう認識なんだな」


 ピンク色の看板を眺めながら、僕は頷いた。


「や、やめてください! 私が変態みたいじゃないですか……!」

「いや、今回はどう足掻いても言い逃れできないだろ」

「ふ、ふみゅう……」


 謎の可愛い唸り声をあげて、ヒカゲは押し黙ってしまった。


 フードの中の顔は、夜でもわかるくらい真っ赤に染まっていた。


 類は友を呼ぶ。僕を変態と罵る彼女もまた、内なる獣を飼い慣らしていたわけだ。


 気を取り直して、僕たちが向かった先はゲームセンター。


 僕の考える夜遊びはこれくらいしか思い付かなかったわけで、僕もまだまだ子供なようだ。


 真の大人は、すぐ隣にいたんだから。


「……ム……ター……」


 隣でヒカゲが何かを言ったけど、ゲームセンターの騒音にかき消されてよく聞こえなかった。


「もうちょっと大きい声で話せるか?」

「ち、ちかっ……!?」


 顔を近づけたら、飛び跳ねるように距離を取られた。


 ゲームで散々イメトレしたんだろうか。動きが俊敏だった。とても引き籠りとは思えない。


「きゅ、急に顔を近づけるのはやめてください!」

「お、今のいい感じの声量だったな。継続していこうか」

「っ……!」


 なんでそこで顔を赤くして黙るんだろう。べつに恥ずかしいことじゃないのに。


 いや、ほんと、ゲームセンターは普段より声のボリュームを上げないと周りのゲーム音にかき消されちゃうからさ。ちょっとだけ頑張ろ?


「ところで、ゲームセンターで何をするんですか?」

「ゲームをするんだろうな」

「私は何のゲームをするか訊いてるんですけど……わかってて言ってますよね?」

「今日も元気にヒカゲのツッコミを求めてる僕がいたんだ」

「もう……」


 ヒカゲは呆れたように息を吐いた。


「ちなみに言うと、ここから先のプランは考えてない」

「そうなんですか?」

「いろんなゲームがあるし、適当に遊ぼうかと」

「……わかりました」

「ラブホテルじゃなくてごめんな」

「っ! そこを掘り返さないでください……!」


 ヒカゲが僕の肩をバシバシと叩いてきた。夢じゃないから普通に痛い。あの世界なら魔法を食らってもピンピンしてるのに、こっちでは簡単な物理攻撃でもダメージが蓄積されていく。


「いや、ヒカゲが不服そうな顔してたから……」

「し、してません! ゲームセンターで満足です!」

「じゃあ、適当に遊ぼうか」


 僕たちは夜のゲームセンターを散策した。


 学生服の人はいなかったけど、僕たちと年齢が近そうな人はチラホラと見かけた。


 クレーンゲーム、メダルゲーム、適当に目に入ったゲームをして時間を潰す。


 途中で飲み物を飲みながらダーツをしてみたり、夜のゲームセンターを満喫した。


「あ、これ……」


 ビデオゲームのエリアでヒカゲが立ち止まる。


 見つめているのはゾンビが蔓延る世界を生き残るガンシューティングゲーム。コンシューマゲームも出ていたりする有名どころのやつだった。僕でも知ってる。


「やったことあるのか?」

「えっと……FPSとかはやったことがあるので……」


 FPS。正式名称はともかく、一人称視点のシューティングゲーム。個人戦からチーム戦まで、様々なゲームが人気を博している。


 ゲーム実況者とかが生放送でやっていたりと、最近では一番人気のゲームかもしれない。ネットの発達によるオンライン化が人気に拍車をかけたのかもな。


「わかってたけど、やっぱりヒカゲはゲーマーなんだな」


 思ったより色々なゲームに手を出している。


「学校に行かないでやることと言えばゲームしかないですから……」

「勉強は?」

「……」

「なるほど、ヒカゲも僕と同じ人種か」

「なにも言ってないんですが……」

「無言は肯定ってやつだよ」


 言いながら、僕は二人分の硬貨を入れておもちゃの銃を手に取る。


「せっかくだし、リアルでも協力プレイといこうか」

「いいですね……!」


 ヒカゲも銃を取りだした。


 ほどなくしてゲームが始まる。


 ステージは全部で5つ。死なない限りずっと続けられる。


 ヒカゲは出てくる敵を的確なエイムで倒していく。オンラインでやっていたというだけある。


 敵を倒しながら、自分に迫りくる攻撃は足のペダルを踏んで回避する。


 状況判断が問われるこのゲーム、ヒカゲの動きは洗練されたいた。


「ふふ……この程度敵じゃありませんよ……!」


 なんて自身のキャラが変わるくらいには楽しんでいるようだ。


 ……切り出すならこの辺か。


「うまいな。僕なんて全然だ」

「ふふん……経験の差が出ましたね」

「僕も足を引っ張らないようにしないとな」

「大丈夫です。なんなら私が全部倒します」

「ヒカゲ……無理してないか?」

「無理? 大丈夫です。ちゃんとリスクを回避して突っ込んでますよ」


 ヒカゲの言う通り、撃てる時はしこたま銃弾を撃ち、回避しなきゃいけない時はギリギリで回避している。ゲームで言えば完璧な立ち回りだ。


「僕が言いたいのは学校のことだよ」


 僕は敵を撃ちながら答える。


「……」


 ヒカゲの動きが止まった。


「手が止まってる。撃たないと死ぬぞ?」


 あ、攻撃を食らってしまった。


「……無理してないです」


 ヒカゲも攻撃を再開した。


「……どうして今そんなことを訊くんですか?」

「今はゲームに集中しないといけないし、何かしながらの方が話せることもあるかと思って。真面目な話こそ、あえて真面目じゃない空気でやる、みたいな」


 油断したら今にも僕だけゲームオーバーになりそうだ。


「もう一度訊く。無理、してないか?」


 ステージクリア。一瞬のインターバル。


 それでも、僕は次の戦いに備えて画面に向かいイメトレを続けた。


 真面目な話こそ、顔を見合わせない方ができる時もある。

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