第21話 夜に駆ける青い春④

 夜。ヒカゲの世界。


 日中は現実、夜はワンダーランド。


 現実の僕は寝ているから問題ないけど、この世界にいると寝ている気がしない。意識は完全に覚醒していて、脳みそも使っているはずなのに、朝起きたら元気になっているんだから本当に不思議だ。


 まぁ、本当に夢を見ているだけってことだよな。


 そんな今日の夢は、次なる世界のクライマックス。


 だいぶ仲間と言う名の舎弟も増え、旅は賑やかに。と言いたいところだけど、残念ながら連れていける舎弟の数には限りがあるようで。


 結果、舎弟の中でもランク付けがされ、弱いものから順に脱落していった。


 そんな舎弟デスマッチを掻い潜った奴らは、それはもう面構えが違う。


 最初は可愛らしい見た目をしていたのに、成長した姿はもはや歴戦の猛者。


 目の前の敵は絶対に倒す。そんな意地が見て取れる。


 例え相性が悪そうでも、戦いとなればボスの命令には逆らえない。絶対服従だもんな。そりゃやるしかなくなるよな。


 どうやら我らがボスには相性の概念が無いらしく、作戦は気合とパッションしかないようだ。


 それでも、『避けろ!』とか『頑張れ!』でこの終盤まで乗り切れているんだから、これはもう立派な作戦だよな。


 避けろ、とかゲームにそんなコマンドないのにな。アニメ限定の技かと思ってたけど、ここではそれがルールだった。ゲームにはない熱い魂の戦いがここにはある。最後まで立っていた方が勝つ。まさに漢気の世界。


 しかし、最後は必ずヒカゲが勝つ。創造主たる理不尽さを相手に突き付けていた。


 そんな理不尽とパッションの力で四天王を倒し、最後のチャンピオンとの戦いも終盤。


 手持ちもほとんど使い切り、残す舎弟は互いに一匹。最後の戦いが起こっている。


「危ない! 避けてネクラ!」


 ヒカゲの声に呼応して、舎弟一号、ネクラが高く飛び上がる。


 瞬間。さっきまでネクラがいた場所を電撃がかすめ通る。人間が食らったらただ事じゃなさそうだけど、ここは夢の世界。なんともない。


 ものすごい躍動感。画面越しに見ていたあいつらは、目の前で見るとこんな感じなんだな。


「でもなぁ……」


 名前だけはどうにかならなかったのか? とは常に思ってる。


 最初の仲間につける名前がネクラって。聞いてるこっちが悲しくなってくるんだけど。


「行ってネクラ! ハイドロキャノン!」


 大きな角をつけたネクラが放った水の大砲が、相手に一直線で向かっていき、


「っく……かわせ!」


 叫んだチャンピオンの声も虚しく、攻撃はチャンピオンの舎弟に激突した。


 ヒカゲの回避命令はほぼ成功する。しかし、相手の成功率は良くて五割ほど。


 相手が強くなるほどに、相手の回避率も上がっていく仕様。


 この世界において、攻撃をかわすことはどんな技よりも強い。


 そのハンデをもってしても、五分の状況まで持って行ったチャンピオンの強さに脱帽する。


 しかし、その粘りもここまでのようだ。


 攻撃を食らった相手はフラフラと立ち上がろうと粘るも、最後には力尽きて倒れた。


 ヒカゲの勝ちだ。


「やった! やりました!」


 理不尽主人公補正バトル、ここに終焉。


 ヒカゲはネクラの下へ向かって、喜びの抱擁を交わす。


 僕としては、『避けろ!』で踏みつぶされてきた数多の対戦相手たちに同情する他ない。


「俺が最強だと自負していたが、世界はまだまだ広いんだな」


 圧倒的な理不尽に屈したにも関わらず、相手の表情は清々しい。


 きっと、もっと怒り狂っても許されると思う。それだけの理不尽がここにはあった。


 少なくとも、僕がヒカゲじゃなくてチャンピオンに感情移入するくらいには。


 ここぞという時の必殺技が半分近く決まらないのは、本当に可哀想だったからな。


「いえ、最後の方は運の勝負だったと思います!」


 本当にな。


「運……か。しかし、それを手繰り寄せるのもまた実力。今回は俺の負けだ」

「はい! 対戦ありがとうございました!」

「久しぶりに胸が滾る戦いだった。またやろう」

「それはもう、ぜひ!」


 最後に握手をして、ヒカゲが生み出したふたつ目の世界の冒険が幕を閉じた。


 その後、舎弟の空を飛ぶ力で始まりの村へ戻って来た僕たち。


 ヒカゲがチャンピオンをボコした話を村中にして回ったあと、僕たちは村はずれの草原に腰を降ろした。


「ふぅ……今回も楽しかったです」


 ヒカゲはほっと息を吐く。


「司さんも私と一緒にトレーナーになればよかったのに」

「僕は野原で楽しそうにしてるモンスターをボコして舎弟にする趣味はないんだ」


 目の前で戯れてる二匹の鳥型モンスターを眺めながら言う。


「言い方! 言い方にものすごい悪意しかないんですが!」

「人間は罪深い生き物だなって改めて思った」

「主語が大きい! というかこの世界で何を学んでるんですか! フィクション! フィクションですよ!」

「そうか……フィクションならなんでもしていいんだなぁ」

「くっ……絶妙に否定し辛いこと言って私の良心を抉りにこないでくださいよ!」


 ゲームの世界は一見すれば夢と魔法に溢れた魅力的な世界だけど、ふと冷静に考えると結構碌でもない世界だったりする。


 この世界だって、モンスターには人間で言う人権が存在しない。


 謎の技術によって作られたボールで捕まえられたら最後、ご主人様に絶対服従の悲しきモンスターへ様変わり。


 自我はあっても、絶対に逆らえない首輪を嵌められてしまう。怖い世界だ。


「ま、ヒカゲが楽しかったならそれでいいよ」

「司さんのせいでもう純粋に喜べなくなったんですけど!」

「僕のせいなのか? てっきり業を全て背負った上で楽しんでた思ってたのに」

「普通はそんなこと考えてゲームしてる人いないですからね!」


 ヒカゲはワーワーと僕の隣で騒ぎ立てる。


 現実のヒカゲとのギャップがエグい。僕の脳がバグりそう。


 今のヒカゲは、現実のヒカゲが理想としているヒカゲ。


 現実のヒカゲは、あれはあれで結構いい味が出てると僕は思ってるけど、こっちのヒカゲはやっぱり元気さが違うな。僕に激しいツッコミを入れてくるし、攻撃力とコミュ力が特徴的だな。ヒカゲアタックフォルムと名付けようか。


 ひとしきり騒いだヒカゲが落ち着いた頃、僕はべつの話題を切り出した。


「それで、次はどうするんだ?」

「次?」

「次はどんな世界を作って遊ぶんだ?」

「……」


 ヒカゲは不思議そうな顔で僕を見る。


「どうした?」

「いや……だって……司さんが夢の世界を全肯定するような発言って……熱でもあるんですか?」

「夢の世界に熱ってあるのか?」

「どうでしょうね?」

「ま、現実はいつでもみてほしいと思ってはいるけど」

「思ってはいるんですね! じゃあ、なんで言わないんですか?」

「だって、もう言わなくてもわかってるだろ?」


 現実から目を背け続けたらどうなるか、ヒカゲはもう知っている。


「ヒカゲの中でちゃんと線引きしてくれるなら、僕はこれ以上言わないよ」

「意外です……司さんは超現実至上主義だと思ってました」


 超現実至上主義ってなに? この世界を知らない人は大体そうだと思うけど。


「べつに……逃げ場所があるのは悪いことじゃないと思ってるから」


 むしろ、逃げ場所がない時の方が色々とまずい。


 どこにも、誰にも頼れなくて潰れた心は、往々にして最悪の選択を選びがちだ。


 だから、好き嫌いはともかくとして、逃げ場所があるのは悪くないと思う。


「うまく付き合ってストレスを軽減できるなら、それはそれでいいと思う。いつかは消えてほしい世界だけど、ゼロか百かでは考えてないよ」

「それはうまく付き合え、と私に言ってるんですね?」

「そう捉えてくれると僕としてはこの上なくありがたい」

「ふふ……だったら大丈夫ですよ」


 今までとは違うヒカゲの反応。いつもならここで小言が返って来そうなのに。


「夢の世界の大冒険は、今回で終わりです」

「ん?」


 そして、ヒカゲは僕の目を見て口にした。


「私、学校へ行きます!」


 ちゃんと、ハッキリと、自分の目的を。

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