第18話 夜に駆ける青い春①

 ヒカゲ……本名、渡会陽葵わたらいひなたは不登校になるまでの間ずっとクラスに馴染めていなかったらしい。


 昼休みの屋上。穏やかな日差しを浴びながら隣で弁当を広げる青井が教えてくれた。


 どうでもいい情報だが、彼女が食べている弁当は自分の手作りとのこと。女子力高いな。


「浮いてるとかそんなんじゃなくて……空気みたいな存在だったと言うか」


 青井から見たヒカゲの印象はとても悲しいものだった。


 いつも自分の席で静かにしている女の子。


 誰かと話している姿もなく、誰かに話しかけられている姿も見ない。


「去年の僕と同じような感じだな」


 廣瀬が絡んで来るようになるまで、僕も一人だったから。


「司君はわざとそうやってるだけでしょ?」

「まぁ、正直僕は友達がいなくてもそれなりに生きてはいける人間だから」

「一人が好きなタイプ?」

「たった一人だけ大切な人が居てくれれば、それ以上は求めないタイプ」

「え……意外とロマンチスト」

「ギャップ萌えってやつを狙ってるんだ」

「誰によ……?」

「そのたった一人のためにさ」

「司君の場合、それが本気はわからないから厄介なのよね」

「僕はいつだって本気だ」

「はいはい。話を戻すわよ」


 僕の本気を軽く受け流し、青井は去年の話を続けた。


 新しい環境、特に入学時のクラス分けなんかでは、まずは自分の近くの人とコミュニケーションを取って、そこから友達の輪を広げていくことが多い。去年、僕のクラスでもそうだったのを僕は見ている。


 そこから同じ部活であったり、友達の友達だったり、色んな繋がりが生まれていく。


 きっと、その根底にあるのは一人になりたくない心と、クラスに溶け込みたい心だろう。


 人間関係には、少なからず見えない壁が存在する。


 スクールカースト……僕は下らないと思ってるけどそれは実際に存在している。僕にはよくわからないけど、とにかくみんな自分の居場所を確立したいんだと思う。


 そんな時、コミュニケーションが苦手な人間は往々にして大事な初動を失敗してしまう。話しかけたいのに話しかけられなかったり、何を話せばいいのかわからなかったり、そんなこんなを悩んでいる内に時間だけが過ぎていく。


 そして、気づけば周りでは自然とグループができていて、特定のイベントを除けば、通常は各々がそのグループの中で生活をしている。そこからあぶれた人間は、そこから先は基本一人で生活をすることになる。去年の僕みたいに。


 ヒカゲも一人だったんだろう。本人もずっとソロプレイヤーだって言ってたし。


「渡会さんがクラスに馴染めていないのはわかってたんだけど、あの頃の私は彼女を空気みたいに扱ってた一人でさ」


 申し訳なさそうに、青井は視線を下げた。


 同じクラスにいようと、興味がなければ案外視界に入らない。そこにいても、視界に入らなければ空気と同じ。ヒカゲはそんな存在だったのかもしれない。


「ある日、友達と話している時に渡会さんが話しかけてくれたことがあったの。だけど、私は友達と話してたから雑に扱っちゃってさ、それからかな……渡会さんはちょっとずつ学校へ来なくなった」


 最初は週に何日か。


 そのうち週で来ない日の方が多くなり。


 やがて学校へ来なくなった。


「もしかしたらさ、渡会さんは凄く勇気を出して話かけてくれたのかも……って、彼女が学校へ来なくなってから思い始めたんだ。だってさ、できあがったグループの中へ話しかけに行くのって、相当大変じゃん?」

「まぁ、そうなんじゃないか?」

「あまりピンと来てなさそうな感じだね」

「僕はそういうの気にしないから」

「あぁ……なんとなくそんな気はする」


 感心されているわけではなさそうだ。


「なにが言いたいかって言うとさ、私は彼女の勇気を無下にした最悪な女なんだよ」

「だから、今年はクラスで空気になっている僕に構うことで贖罪しようとしているのか」

「今の話の感想がそれ!?」

「なんだ違うのか?」

「ち、違うとは言い切れないけど!」

「僕に構ったって、青井が勝手に抱いてる罪の意識は消えないのにな」

「うっ……手厳しいね。なんか怒ってる?」


 青井は苦笑いしながら頬を掻く。


 怒ってるか訊くってことは、少なからず青井にも申し訳なさがあるらしい。かなり酷い捉え方をすれば、僕は青井の罪滅ぼしのネタにされているとも受け取れる。ま、僕はそんなの気にしないけど。


「べつに、友達がどうしようもないことで悩んでるのが馬鹿らしいだけだ」


 ただ、少し呆れていただけだ。


「それもどうなのかな! どうしようもないってなにさ!」

「だってさぁ……勇気を無下にした? そんなの仕方ないだろ。誰だって仲良くもない奴から急に話しかけられたら塩対応になるだろ」

「でも……あの時ちゃんとしてればって思わない?」

「それは僕もいつも思ってる」


 まぁ、その辺は僕も人のこと言えないか。


 あの時こうしてれば……なんて無駄だとわかっていても考えてしまう。


 だから、青井の気持ちもわからなくない。


「へぇ……意外。司君もそんなことを思ってるんだね」

「青井は僕をなんだと思ってるんだ?」

「うーん……捻くれ無気力大魔神?」

「なんだよそれ」


 てか、言葉のナイフが中々鋭利で困るんだけど。


 捻くれ無気力大魔神? よく考えなくても罵倒しかされてないのでは?


「でも、あまり過去を引きずり過ぎるなよ。そんなんじゃ、いつか青井が潰れるぞ」


 まあ、その言葉は全部僕にブーメランとなって返ってくるわけだけど。


「青井も僕の数少ない友達なんだ。僕が淀んでる分、青井は元気じゃないとバランスが悪い」

「およ? 司君って、もしかして結構いい奴?」


 青井が感心したように僕を見る。


「なんだ、やっと気づいたのか?」

「自分で言っちゃうんだね」

「僕、あまり自分を謙遜しないようにしてるんだ」

「はいはい。誉め言葉はもっと素直に受け取ろうね」


 なんだか、私全部わかってます的な言い方が鼻につく。


「……もったいないなぁ」


 僕をジト―っと見ながら、青井が言う。


「なにが?」

「司君はいい奴だから、あとは情熱があれば人気者になれる素質はあると思うんだよなぁ……目は死にかけてるけど、普通に見てくれは悪くないし」

「悪かったな。目が死にかけてて。僕の魂の半分は夢の中に置いてきてるから、現実の僕は半分死んだようなもんなんだよ」

「その中に情熱もあると?」

「かもな」


 と、軽く返しておいた。

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