第17話 夢見る少女が辿る道⑧

 そんなこんなで、オフ会は無事に閉幕して帰り支度。


「僕はここから歩いて帰るけど、ヒカゲは?」

「わ、私も歩きです」


 駅まで来たけど、どっちも歩きだった。


「ヒカゲの最寄り駅もここだったのか」

「私たち……意外と近くに住んでたんですね」

「そう考えると、結構都合のいいオフ会だったよな」


 少し無言の時間。


「……僕の帰り道はあっちだ」

「私はこっちです」


 僕とヒカゲが指さした方向は真逆だった。


「家まで送ろうか?」

「え?」

「夜道に女の子一人は危険だろ?」

「い、いえ……大丈夫です」

「べつに遠慮しなくてもいいんだぞ。これでヒカゲの家の住所を知ることができるぜ……グヘヘ。とかちょっとしか思ってないから」

「ちょ、ちょっとは思ってるんじゃないですか……!」

「そりゃ友達の家の場所を知っておきたいだろ。いつでも遊びに誘えるようになるんだし」


 グローブとバットを持って、野球しようぜ! と言いに行けるメリットがある。


「今時家まで遊びの誘いに来る人なんていませんよ……」

「じゃあ、今時の繋がり方する? RINE入れる気になったか?」


 僕は携帯を取り出してわざとらしくヒカゲに見せつけた。


「ず、ずるいです……図りましたね……」


 文句を言いつつも、ヒカゲの顔は笑っていた。


「たぶんだけど、ヒカゲは口じゃ僕に勝てないと思うんだよね」

「最近、なんとなくそうなんじゃないかって自覚してます。私如き陰キャでは……陽キャである司さんの足元にも及ばないなぁ……と」

「は? 僕は陽キャか?」

「陽キャです」


 断言された。


「友達は4人しかいないのに? ちなみに、その内の一人は目の前にいる」

「一人しかいない私に比べたら全然陽キャです。ちなみに、その一人は目の前にいます」

「僕は陽キャか?」

「陽キャです」


 この世で一番レベルの低い陽キャがここに誕生してしまった。


 いや、僕は淀んでいるらしいから、陽の者にはなれない定めなんだけどな。


 まぁ、ヒカゲ基準で言えば僕は陽キャなんだろう。そうしたら、クラスのサッカー部のイケメンは何キャになるんだろう? 神キャか?


「本当に送らなくて大丈夫か? 冗談とかじゃなくて、本気で」

「大丈夫ですよ。ほら……私に興味を持つ人なんていませんから……」

「じゃあ黙って後ろをつけるよ」

「ストーカーじゃないですか……!」

「ボディーガードと言ってくれ」

「ものは言い様ですね……あの、本当に大丈夫ですから……」

「わかった。ならこれ以上は言わないよ」


 そろそろ本気で嫌がりそうな気配を感じた。この辺が引き際かな。


 正直、本気で送る気はあるんだけどな。仕方ない。


「じゃあ……あの……今日は本当にありがとうございました」


 ペコリと頭を下げたあと、ヒカゲは控えめに手を振って踵を返した。


「あの、司さん!」


 と思ったが、何か思い出したのか振り返る。


「どうした?」

「あの……もし……ワンダーランドが無くなったら、私たちの関係はどうなりますか?」

「その頃には、親友になってるんじゃないか?」

「ほぇ……?」

「なんだ? ヒカゲはあの繋がりが無くなれば僕たちに関係も終わると思ったのか?」


 図星を突かれたのか、ヒカゲが気まずそうに目を逸らした。


「僕、数少ない友達は大事にする主義なんだ。そっちが嫌だって言っても、家まで押しかけに行くから覚悟しておけよ?」

「……はい」

「じゃあ、そのためにも家まで送ろうか」

「その手には乗りませんよ」

「残念」


 長い直線の道。


 ヒカゲは帰りしな何度も振り返っては、僕がついて来てないか確認してた。


 あれだけ警戒心が強ければ、変な奴が後ろに居てもすぐ気づくだろう。


 やがてヒカゲの姿が完全に消えたのを確認して、僕も帰路についた。


 ☆☆☆


 そして次の日。学校。


「青井、ちょっといいか?」


 朝のHR前。いつもより早く登校した僕は、教室へ入ってきた青井に声をかける。


「おはよう。司君から声をかけてくれるなんて珍しいね」


 本当に珍しそうに言うのな。


 僕だって自分から青井に話しかけることだって……よく考えたらないな。


 だいたいは僕が授業中に昼寝した後に起こされて会話が始まってた。


「それに、私より早く学校に来てるし」

「たまには模範的な生徒になろうと思って」

「毎日そうあるべきだと思うけど。昼寝魔人君」

「昼寝を取り上げられたら僕は死んでしまう体なんだ」


 あっそ。と冷たくあしらわれた。死ね、ということらしい。


 青井も少しずつ僕の扱い方をわかってきたようだな。


「司君はいつも昼寝してるけどさ、夜は眠れてないの?」

「寝ないと会えない人が多くてさ、おかげで健康そのものだよ」

「……まだ寝ぼけてる?」

「ゴールデンウィーク明けの登校って、若干気が滅入るよな。だから普段より夜更かしして、できるだけ最後の時間を長くしたりしないか?」

「いや、私はみんなに会えるのが楽しみだから早く寝ちゃうな」

「見解の相違だな」


 ヒカゲ、本物の陽キャってこういうのを言うんだぞ。


 これに比べたら僕なんて木っ端なキャラクターよ。本物の陽キャは心構えが違うわ。


「それで、私になにか用があるんだよね?」

「そうそう。この前言われてたアレ、入手してきたぞ」

「アレ?」


 青井はなんのことかわかってないようで、首を傾げる。


「写真。人探しのアレ」

「え……入手できたの?」

「僕の力をもってすれば容易い」

「どうやって会ったの?」

「オフ会をしたんだ」


 僕は携帯を取り出して、昨日の夜にヒカゲと撮ったツーショットを青井に見せる。


「というわけで、どこの誰か改めて調べてくれるか?」

「え……」


 写真を見た瞬間、青井の表情が変わる。


 目を大きく見開き、浮かんでくる感情は驚きか。


 その反応はまるで……。


「どうした青井、探すまでもなく知ってるやつか?」


 そうとしか考えられない反応だった。


「いや、知ってるもなにも……」


 青井の視線は僕の隣の席へ向かう。


「彼女……司君の隣の席の子だよ……」

「わぁお……」


 たしかに、僕の隣の席の子は不登校だった。


 でも、あまりに近すぎて僕は勝手にその選択肢を外していた。というか、居ないことが当たり前すぎて何も考えていなかった。同じ学校で不登校。灯台下暗しとはこのことか。


「……」


 青井は僕の隣の席をただならぬ複雑な表情で見つめ続ける。


 ただ知っている……以上の何かがありそうだな。


「なにかあったのか?」

「まぁ……ちょっとね」


 煮え切らない言葉。


「司君……今日は誰かとお昼の約束ある?」

「今、目の前の女の子と約束しそうな雰囲気を感じてる」

「あとで廣瀬君に司君を借りるって言っておくね」

「お昼デートだな」

「場所は考えておくから任せて!」


 どうやら、青井は僕と二人きりで昼ご飯を食べたいらしい。


 話題はもちろん、僕の隣の席の子について。


 さて、何が出てくることやら。


 ずっと空席の隣を見つめながら、僕はそんなことを考えていた。

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