第14話 夢見る少女が辿る道⑤
必要な物資を買った僕たちが次に向かうは今日の本丸。
ショッピングモールを出れば、さすがに外は黒一色に染まっていた。
今日は星がよく見える。
「どうかしたんですか? 空を見上げて」
「いや、星が綺麗だなって思って」
「……ですね」
ヒカゲも一緒に空を眺めた。
不自然な程に輝いているわけでもなく、空を自然に彩っている星たち。
綾乃の世界で見た星より輝きは薄いけど、僕の知ってる星はこれなんだよな。
「それにしても、ぬいぐるみって結構値段するんだな。知らなかったよ」
おかげで財布がかなりスリムになってしまった。
「高いですよね。私もビックリしました」
「ほんとにな。お小遣い3ヶ月分が一発でなくなった」
「結婚指輪みたいな言い回しですね」
「給料3ヶ月分って、控えめに言ってやばいよな」
「やばいですね……」
お小遣いとか鼻で笑われるレベルの買い物。
「でも、それだけの意志を示されたら、女の子は嬉しいですよ」
「ヒカゲもそれくらいのものが欲しいのか?」
「私は……無理ですよ……」
「そうか? 可愛いから余裕だろ」
「かわっ……またそうやって私をからかって……」
「僕はスケコマシだからな。褒めるところはちゃんと褒めるんだ」
「……根に持ってます?」
ヒカゲが控えめに僕を見上げる。
「可愛いと思ってるのは本気だぞ?」
「ま、またそうやって! それで、次はどこへ向かってるんですか?」
これ以上弄られるのが嫌になったのか、ヒカゲは強引に話題を逸らした。
「もうすぐわかるよ」
そのまま歩くこと数分。僕たちは目的地へやって来た。
「……病院?」
目の前の建物を見たヒカゲの第一声。正解。
僕たちがやって来たのは地域ではそこそこ大きめの病院。
いつも通り受付を済ませて、ヒカゲを目的地へ案内する。
やがて、花森と書かれた病室の前にやってきた。
「えっと……病室ですよね?」
「ここが、今日のオフ会のメインスポットだ」
「病室が……ですか?」
「入ればわかるさ」
僕は一度深呼吸をしてからゆっくりと病室の扉を開けた。絶対にないであろう、吹けば消えるような一抹の希望を籠めて。
中は質素な空間にベッドがひとつ。
部屋の主はベッドで静かに眠っていた。
いい夢でも見ているんだろう。とても穏やかで可愛い顔をしている。
「……」
わかっていたことだけど、ここへ来るのは毎回しんどい。
僕の言葉が導いた答えはこれだと、何度でも現実を突きつけて来るから。
もしかしたらと淡い期待を持って来ても、そんな僕をあざ笑うかのように毎回変わらない景色をお見舞いしてくれる。本当に、嫌になるほど変わらない。
「あの……」
「ごめん、最初に少しだけ……時間を貰っていいか?」
「……はい」
僕のただならぬ雰囲気を察してヒカゲは一歩引いた。
「ありがとう」
僕はベッドで眠る綾乃の横に立ち、
「やぁ……綾乃。少し早いかもだけど、誕生日プレゼントを持ってきたんだ」
さっきヒカゲと選んだクマのぬいぐるみを綾乃に見せた。
当然、返事はない。だけど僕は会話を続ける。
「これ、お小遣い3ヶ月分もしたんだ。シュールストレミングよりはマシだと自負してるから、大事にしてほしいな」
やっぱり、返事はない。
「どうすれば……またこの世界で君に会えるんだろうな?」
綾乃にだけ聞こえる声で囁いた。でも、この声は綾乃に届かない。彼女の意識はもう、この世界にないんだから。
少しでも気が緩むと、目を逸らしたくなってしまう現実。
それでも、だからと言って僕は目を逸らしちゃいけない。この責任の一端は、間違いなく僕にもある。だから、僕はこの現実から目を背けるわけにはいかない。
「……とりあえず僕の報告は以上だ」
独り言のような近況報告を続けて、僕はぬいぐるみを空いているテーブルに置いた。
それから、僕はさっきから不安そうに僕を見ているヒカゲに向き直る。
「紹介が遅れたな。彼女は花森綾乃。僕の幼馴染」
改めて、僕はヒカゲに綾乃を紹介した。
「そして、ワンダーランドに魂を閉じ込められた女の子だ」
「……え?」
ヒカゲが戸惑いの表情を浮かべる。
「な、なにを言ってるんですか司さん。寝てるだけじゃないんですか?」
「そうだな……綾乃は寝ているだけだ。でも……」
ヒカゲの言ってることはあっていて、それでいて違う。
綾乃は寝ているだけ。そう、寝ているだけ。
僕は綾乃の身体を掴んで、大きく揺らした。
「つ、司さん!? 病人にいきなり何をしてるんですか!? 起きちゃいますよ!?」
「起きないよ」
それで起きてくれればどれだけ嬉しいか。
だけど、どれだけ強く揺すっても、綾乃は一向に目を覚ます気配がない。
「嘘……」
それを見て、ヒカゲも異常事態を察知したようだ。
「綾乃は、もう2年はこうして寝たまま起きないんだ」
「えっと……じゃあ司さんがお邪魔してるもうひとつの世界というのは?」
「ここにいる綾乃の世界のことだよ」
「え……」
ヒカゲはまだ僕の言葉を理解できていないようだった。
無理もない。ここにあるのは信じられないような現実だ。
信じられないような夢。信じられないような現実。これは全てワンダーランドが見せてくれる景色だ。
「じゃ、じゃあ……花森さんは今どうしているんですか?」
「年柄年中ワンダーランドで過ごしてるよ」
「そんな……」
「24時間365日、綾乃の意識はワンダーランドにある」
「でも……こっちの花森さんは生きてはいるんですよね?」
「生きてはいるね。でも……生きてるだけだ」
いつ起きるかもわからない。どうやったら起きるのかもわからない。
意識だけが夢の中に囚われて、現実世界では原因不明の意識不明。
身体のどこに異常があるわけじゃない。脳死しているわけでもない。
綾乃の身体は健康だ。ただ、ずっと目覚めないだけ。それだけなんだ。
生きているだけ。死んでいないだけ。それが現実世界での綾乃だ。
「こんなに穏やかに寝ててさ……僕の気も知らないで」
綾乃は、なんでもできる理想の世界の夢をずっと見続けている。
「もしかして……わ、私もいつかこうなるんですか……?」
ヒカゲは戸惑いながら当然の疑問を口にした。
「夢の世界に浸り続けたらそうなるだろうな。少なくとも、綾乃はそうだった」
「そう……ですか……」
『タカ君……明日なんか来なければいいのにね』
あの世界でそんな弱音を僕に漏らした次の日から、現実の綾乃は目を覚まさなくなった。
ある日突然。どうしてそうなったのかは誰にもわからない。
ただ、その事実だけが残っている。
「原因は……?」
その時、病室の扉がノックされた。
「もうすぐ面会終了の時間ですので……」
顔を出した看護師さんが言う。
時間は夜の20時になろうとしていた。
「……場所を変えようか」
「はい……」
「綾乃、また来るよ」
現実世界の彼女へ別れを告げて、僕たちは病室を後にした。
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