第13話 夢見る少女が辿る道④

「じゃあ、挨拶も済んだし早速行くか」


 このままではせっかく時間をかけて上げた僕の評価が急転直下で下がりそうな気がしたから本題へ入る。


 信用って、積み上げるのは大変だけど、落ちる時は秒だからな。それも、積み上げた高さだけ落ちるのが早くなるクソゲー仕様。世界って理不尽だよな。


「どこにですか?」

「それはお楽しみってことで」

「は、はい……」


 まず向かった先は駅近の大型ショッピングモール。


 休み最終日だけど人通りが多い。


「あのさ……」


 僕は前方に人がいないことを確認して振りかえる。


「な、なんでしょうか?」

「どうして僕の後ろにいるんだ?」


 ヒカゲはさっきから黙って僕の後ろを着いて来ている。


 付かず離れず、一定の距離感でだ。近距離ストーキングかな。


 僕が立ち止まれば、ヒカゲも立ち止まる。


「いや……その……」

「僕の隣はそんなに嫌なのか……さすがに心が痛む」

「あ、あの! そういうわけでは!」

「じゃあ、どういうわけ?」


 ヒカゲは「うっ」と言葉を詰まらせる。


 僕の撒き餌に簡単に引っかかる辺り、ヒカゲは素直なんだよな。


 綾乃だったらうまくはぐらかされている。


「その……嫌じゃないんですか?」

「なにが?」

「私なんかが隣に並んだら……」

「どうして?」

「司さん……よく見たらそこそこ顔はいいですし……地味で根暗な女が隣にいたら嫌にならないかな……と」

「わかってないなぁ。男は、可愛い子が隣にいてくれるだけで喜ぶ生き物だぞ」

「それは私でも……ですか?」

「後ろにいると話辛いんだよ。隣にいてくれた方が僕は嬉しい」

「そう……ですか」


 ヒカゲは嬉しそうに笑って、おぼつかない様子で僕の隣に立つ。


「えへへ……」

「……」


 この一瞬でわかったこと。現実のヒカゲは自己肯定感が低すぎる。


 あの世界では全然わからなかったけど、現実のヒカゲは間違いなくそう。


 このマインドも、ワンダーランドを作ってしまった要因のひとつなんだろう。


 どうにかして自己肯定感を上げてあげたいけど、こればっかりはなぁ。僕だけではどうにもできない。僕がどれだけ気持ちのいい言葉を並べようと、自分で自分を変えないと根本の解決にはならない。


 大事なのは本人に変わる気があるのかどうか……。


「……司さんは、夢で会った私と全然違うな。変だなって思ってますよね」


 目的地へ向かう道すがら、ヒカゲが不意に言ってくる。


「変とは思わないけど……全然違うなとは思ってる」


 少し考えて、ここで思ってないと答えるのは確実に嘘になるから、正直に言った。


「ですよね……」


 ヒカゲは申し訳なさそうに笑う。


「あの世界の私は……私のなりたい私なんです」

「ヒカゲはツッコミになりたかったのか」

「それは……司さんのせいです。というか、そこをピックアップしないでください」

「ごめん。最近はヒカゲのツッコミを受けないと満足できない体になっちゃったから」


 僕もヒカゲ達の舎弟と同じで、ヒカゲに色々と調教されてしまったらしい。


 火炎放射とかは撃てないけど、マインドを鍛え上げられている。


「……」


 だから、そんなドン引きするような目を向けないでほしいな。冗談だよ。たぶん。


「あの世界のヒカゲは、ヒカゲが思い描いた自分ってことか?」


 逸れた道を自分の手で元に戻す。話のマッチポンプ。


「そうです。明るくて、元気で、正義感があって、前向きで、素直。本当の私とは正反対」

「でも、ツッコミの腕は変わらないと思うぞ?」

「……」 

「今のは、ツッコんでほしかったところだ」

「……」

「そして、結構素直なところも変わらないな」


 しかし、ワンダーランドは自分の思い描く世界を形作るものかと思ってたけど、内面にまで作用を与えることができるのか。なりたい自分の内面すらも実現してしまうとは、末恐ろしい世界だ。


 前に綾乃が僕にワンダーランドは意思の世界って言っていたし、それは自分自身とて例外ではないわけか。


 やはり、あの世界にはまだまだ僕の知らない事情がありそうだな。


「でも、僕と初めて会った時からヒカゲは元気だったよな?」


 あの世界が夢の世界だと説明する前から、ヒカゲは明るく元気だった。


 なんとなく、言ってることに矛盾を感じる。


「自分でもわからないんですが……あの世界で目を覚ました瞬間から、心の持ち様が変わっていたんです。本当に……説明し辛いんですけど……」

「なるほど……」


 となると、無意識化で既に理想が顕現していたわけか。


 それは、普段から理想の自分を思い描いていないとできないことだ。


 ワンダーランドが生まれる前から、ヒカゲは夢のヒカゲのようになりたい願望があったと、そういうことになる。だけど、


「ま、今は深く考えなくていいんじゃないか?」


 僕は軽い感じで言い放った。


「え?」

「誰しも心に理想の自分を思い描いてるもんだろ? ヒカゲだけがそうじゃない」

「そうなんですか?」

「理想と現実のギャップなんてみんな感じてるさ。ヒカゲの場合、それがちょっと大きいだけだろ」


 そう。誰しもが自身の心にはいつもなりたい自分の姿を思い描いている。


 困っている人がいたら助けたい自分。目の前で人が倒れたら率先して救急と警察へ電話をできる自分。ともすれば、テロリストが学校へ攻め入って来た際にみんなを助けられる自分。常に格好いい自分を思い描いている。


 でも、それが実現できるかと言えばそうじゃない。


 ピンチになると、意識していたって頭が真っ白になって咄嗟に動けなくなる。


 誰かがやるだろうと、無意識で他人に縋る自分がいて、思い描いた理想と現実の狭間で自己嫌悪に陥る。大なり小なり、人はそんなもんだ。


「司さんにも、理想の自分があるんですか?」

「当たり前だろ。僕だっていつも理想とのギャップに絶望して後悔ばかりだ」

「そうなんですか?」

「あぁ……ずっと、後悔し続けてるよ」


 思い浮かぶのは、今の夢の世界を一人満喫している綾乃の姿。


 僕が支えれば大丈夫だと、あの時の僕は驕っていた。


 どれだけ時間が経っても消えない後悔だ。


 それでも、過ぎ去った過去に折り合いをつけて進まなきゃいけない。


「僕だってそうなんだから、ヒカゲだけが変なことなんてないさ」

「そう……ですか」


 そうこうしてる内に、目的地へやってきた。


「ここは……?」

「ぬいぐるみ屋だな」


 やってきたのは多種多様なぬいぐるみが並ぶ素敵空間。


 男一人ではやって来られないような神聖さすら感じる。


「えっと……なんのために?」

「幼馴染への誕生日プレゼントを買いに来たんだ」

「プレゼント……」


 ヒカゲは感情を殺した目で僕を見ている。いや、もしかしたら僕の遥か後ろを見ているかもしれない。なんとなく、視点が僕に定まっていないように見えた。


「その目は?」

「司さんって本当にデリカシーないなぁ、と思ってる目です」

「僕は自分のことを繊細だと思ってるんだけどな」

「プレゼントって、絶対女の子ですよね?」

「よくわかったな」

「男友達にぬいぐるみをプレゼントすると思いますか?」

「時代は多様性を重んじているから全然ありだと思ってる」

「女の子にあげるプレゼントを、別の女の子と一緒に選ぶんですか?」

「僕ってプレゼントを選ぶセンスが絶望的みたいでさ。ここは、身近な女子であるヒカゲの力を借りてちゃんとしたプレゼントを選ぼうと思って」

「……私でいいんですか?」


 まぁ、一応他の候補としては青井がいたけど。でも青井はなんか違うんだよなぁ。偏見。


 それに、下手に青井に情報を与えると、どこで撒き散らされるかわかったもんじゃない。まぁ、僕の情報を欲しがる人間が果たしてどこにいるのか、という宇宙の定理はどこかへ置いておくとして。


「せっかくなら、ヒカゲがよかったんだよ」

「司さんのスケコマシ……」

「僕としては、そろそろ別のバリエーションがほしいんだけど」

「あの……司さんのメンタルってどうなってるんですか?」

「きっと豆腐で出来てる」

「さぞ硬い豆腐なんでしょうね……」


 ヒカゲは大きなため息をつく。


「はぁ……事情はわかりました……って、どうしてニヤついてるんですか?」

「いや、今日の最初に比べたら、随分打ち解けてきたなぁって」

「っ!」

「だんだん僕が知ってるヒカゲっぽくなってきた感じがするよ」


 ヒカゲが恥ずかしそうにそっぽを向いた。


 まぁ、こうして寄り道をしたのは、ヒカゲと仲良くなる目的もあった。ずっと夢の世界で会ってはいたけど、いきなり現実世界でこんにちはして、アイスブレイクも無しに本題へ行こう、だと性急過ぎるしな。


 ヒカゲは知らないけど、本当の目的はこの後なんだから。


「すみません……調子に乗っていっぱい話してしまって……」


 そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ……。


 どうやら、余計な一言だったらしい。


「夢でも現実でも……司さんといると……調子が狂います」

「僕はいい方向だと思うけど」


 そんな会話をしながら、僕たちはプレゼントを選んだ。

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