第12話 夢見る少女が辿る道③

 来たる5月5日。今日は待ちに待ったオフ会の日。


 僕が行きたい場所の最寄り駅集合。


 集合時間にはまだ早い。目印の時計台の下で、僕はヒカゲを待つ。


 SNSで誰とでも繋がれる時代に逆行するように、僕たちは互いの連絡手段を持ち合わせていない。


 夢でしか会えない、というのは予定を立てるのはだいぶ不便だ。まず、お互いの知っている場所をすり合わせ、そこから集合場所を決定する。幸い、話を聞いている限りヒカゲは僕とそう遠くない場所に住んでいるとわかり、うまく予定を合わせることができた。


 ただ、今どこ? と、気軽に連絡が取れないのは難点か。


「さて……待ち人はいつ来るか?」


 夢の中でほぼ毎日ヒカゲを見ているから、既にヒカゲがいれば気がつく自信はある。


 周りにはチラホラ、僕と同じで誰かを待っている人たちがいる。


 その中にヒカゲの姿は見えなかった。だからまだいないはず。


 しばらく時間を潰して時計を確認する。


「……時間か」


 18時。今日の集合時間。


 ゴールデンウィーク最終週の夕方。多くの人はまだ休みが終わるなと世界を呪いつつ、それでも明日から始まる日常へ向けて精神を整え始める時間帯。


 そんな中、僕はゴールデンウィーク最後のイベントを敢行する。


 ただ、相手がまだ来ない。


 赤と黒が混じりあう空を眺めながら、僕は思う。


 まさか、ドタキャンとかはないよな?


 遊びに行くときって、遊びに行くまでは凄く面倒くさくなって、なんかもう今日はいいかな? みたいな気分になるときがある。でも実際に行けば楽しいしで、要は遊びに行くまでのことを面倒くさがっているわけだ。


「あ、あの……」


 ヒカゲはもしかしてそのパターンに陥ったか、と少しだけ心配したところで声をかけられる。


 その声は、ワンダーランドで何度も聞いた声だった。


「つ、司さん……です……よね」


 僕の前に立っている女の子は、おどおどしながらそう訊いてくる。


「こっちの世界では初めましてだな、ヒカゲ」

「は……初めまして」


 僕の目の前に立つヒカゲが震える声で返事をする。


 ……少しの違和感。


 それはいったん隅に置いて、改めてヒカゲを見る。


「……っ!」


 目が合うと、途端に逸らされてしまう。


 質素なスカートとぶかぶかのパーカーを着こんだヒカゲ。


 あの世界でのファンタジーな衣装より、とても現実感を与えてくれる。


 そして、夢での大きな違いと言えば、


「こっちでは眼鏡をかけてるのか」


 大きな眼鏡をかけていることだった。


「は、はい……目が悪いので」

「まぁ……普通はそうだよな」

「す、すみません……」


 なんだろう。やっぱり何かが違う。


 こう、あの世界のヒカゲと、こっちのヒカゲ。纏う雰囲気がどことなく違う。


 それに、さっきから全然目が合わないし。


「ヒカゲ……なんかキャラ違くない?」

「ひぃっ……」


 と、僕の疑問を投げかけてみれば、ヒカゲは肩を丸めて縮こまってしまう。


「いや……あの……驚かせるつもりはなかったんだけど」

「すみません……すみません……夢ではイキったことばかり言ってすみません!」


 ヘッドバンキングかな? と言いたいくらい頭をブンブン振って来る。


「べつにそこはいいんだけどさ。緊張してるの?」

「こ、こここ……これが本当の私なんです!」


 彼女は目を逸らしながら言って、


「幻滅しましたよね? 夢ではあんなにイキってたのに、現実では相手と目を見て話すことすらできない陰キャなのかって? 所詮は夢の中でしか強く出られない小心者だって思いましたよね?」


 早口かつ涙目で捲くし立ててくる。


「いや……」

「そうです……リアルの私を見て幻滅しない方がおかしいんですよ。大丈夫です、司さんは正しいです。あの時は優しい言葉で私を元気づけてくれましたけど、こんなクソ陰キャを目にしたら誰だってそんな反応になりますよね」

「……」

「でも、司さんならこんな私でも受け入れてくれるかなって信用してるところはあって……でも、やっぱりそんな感じになりますよね。わかります。私が私を見てもそんな感じになりますもん」

「……」


 め、面倒くさい……。思わず出かかった言葉を気合で飲み込んだ。


 え? キャラ違い過ぎない?


 いつも僕に力強いツッコミをしてくれた彼女はどこへ?


 いや、べつに幻滅はしていないけど、ちょっと……ギャップがね。


 まだ僕の脳みその処理が追い付いてないだけ。


「あの……ほんと……キャラクター詐欺してすみません」

「……面倒くさ可愛いってジャンルがあってもいいと思うぞ?」


 脳の処理が追い付かなくてバグった僕は、自分でも意味わからないことを口にしていた。


「め、面倒くさい……やっぱりそう思ってたんですね!」


 涙を溜めた目で抗議の目を送って来るヒカゲ。


 怒っていることより、やっと目が合ったことに少しだけ頬が緩む。


「なんで笑うんですか?」

「やっと目が合ったなって思ったから」

「そ、それは……」


 また、目を逸らされてしまった。


 でも、今の一瞬のツッコミはさながらあの世界のヒカゲの面影を感じた。


 多少雰囲気が……だいぶ雰囲気が暗くなってるけど、ヒカゲはヒカゲだった。


「あと、幻滅はしてないよ」

「嘘です……明るくて元気な女の子が来ると思ってたのに、こんな陰気な女の子が来たら、テンションがプラスからマイナスに振り切れて幻滅するに決まってます」


 ネガティブだなぁ。


「どんなヒカゲでもヒカゲだろ? それに、眼鏡似合ってるぞ」

「え……」

「言葉を変えるか。可愛い……って言った方が適切だな」

「か、かわ!?」


 ヒカゲが謎の鳴き声を発した。


 舎弟たちの鳴き声を聞いて自分のを生み出してしまったのか。


「それに……今日は生脚なのが最高にいい」


 そう。ここ、重要。


 今日のヒカゲはスカートの下にタイツを履いていない。つまり生足。


 スカートの下から覗く、張りがあって艶やかなおみ足が最高にいい。


「司さん……」


 夢でも見たことのある、冷めた瞳が僕をお出迎え。


「エッチ……スケコマシ……」

「僕は心の底から褒めたんだけどな」


 なのに、なぜか罵詈雑言がお見舞いされた。


 でも、今の恥じらいを持ってモジモジ言う感じが新鮮でよかった。

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