第11話 夢見る少女が辿る道②
夜。ヒカゲのワンダーランド。
最近はまた家でやったゲームに感化されたのか、ファンシーなモンスターを小さな球に閉じ込め、戦闘ではそれを使役して代理戦争を行う某ゲームをモチーフにした世界を構築している。
僕は旅のお供。
今日のヒカゲはジムリーダーとの戦争に備えて、野原でボコして弱らせた後に捕まえた舎弟たちと特訓をしていた。全員ヒカゲに絶対服従だ。歪んだ王政がそこにある。
僕はそれを遠巻きに眺めていると、特訓を休憩にするのかヒカゲが近寄って来た。
「何か考え事ですか?」
「どうして?」
「いえ、上の空だったので……」
「あぁ……浮気って、どこから浮気なのかなぁって考えてた」
「何を考えてるんですか!?」
「いや、だから浮気について」
「浮気……してるんですか?」
友人の談によれば、浮気相手になってしまう女の子から問いかけられる。
最近の格好はトレーナーとスカート。動きやすさをイメージしている。
ついでに黒タイツは変わらず。そこはこだわりがあるのか、はたまた僕が内なる獣を少しばかり解放してしまったことに対する防御なのかはわからない。
何度でも言うが、僕は生脚派だ。ここ、大事だから。
「僕はしてないと思ってるんだけど、最近世間が僕に冷たくてさ」
よく考えたら、最近どころじゃなくてずっと冷たいかもしれない。
お前は何考えてんの? とか、頭の構造どうなってんの? とか、決してポジティブ方面じゃない使い方をされまくってる気がする。主に青井とヒカゲから。僕の世間は思ったより狭かった。
でも、僕は僕でしかないんだけどなぁ。
「ヒカゲはさ、どこから浮気だと思う?」
「浮気の線引きですか……恋人がいるのに他の異性と会話をしていたら、とかですかね?」
「なるほどなぁ……ん?」
待って、なんか浮気のボーダーラインがえらい低かった気がするんだけど。
「ヒカゲ、一応訊くけどそれは真面目な回答か?」
「司さんじゃないんですから真面目に答えますよ」
「……そうか」
いや、僕じゃないんだからってどういう意味? とかそういう質問が霞むほどの爆弾発言だと思うんだよ僕は。衝撃が強すぎて何も言えなかったし。
え? ヒカゲってかなり重い女の子なの?
恋人がいたら他の異性と話しちゃいけないって、束縛エグくない?
「ヒカゲと付き合う男子は苦労しそうだな……」
「それ……そっくりそのまま返していいですか?」
「じゃあ、僕はそれをまた打ち返すよ」
「というか司さん、彼女いたんですか?」
「いや、いないけど?」
「え、じゃあなんで浮気の話になったんですか!?」
「僕が浮気をしているらしいから」
「待ってください! 話がよくわからないんですが!」
ヒカゲが頭を抱えて喚き始めたので、僕は今日学校で廣瀬と話した内容を説明した。
「魂の浮気……」
ヒカゲは廣瀬が僕に言った謎の呪文を唱えた。
残念ながら、この世界では呪文を唱えても魔法は発動しない。
「意味わからないよな」
「この前1日だけ来なかったのは、その人の世界へ行っていたからですか?」
「うん。もうすぐ誕生日が近いからプレゼントの希望を聞いておきたくてさ。昼でもよかったんだけど、たまには長時間顔を出しておかないと機嫌を損ねるかもしれないから」
「……」
なぜかヒカゲが険しい顔になった。
「司さん……私との約束は覚えてますか?」
「もちろん。私が満足するまで、この世界での遊びに付き合ってください。だよな?」
それはこの前、僕とオフ会に行く条件としてヒカゲが僕に要求したこと。
なんでも一個お願いを聞いてくれ。と言われた時はさすがにどんなぐへへな難題を押しつけられるかと覚悟したけど、ヒカゲの願いは僕からすれば可愛いものだった。
それに、僕はもとよりそのつもりだったから実質変化はなにもない。
人様の事情に踏み入るなら途中で投げ出したりはしない。これは僕の勝手な信条。たとえ、最後に何があろうと僕は彼女から目を逸らさない。
まぁ、言うなれば今までは僕が勝手に思っているだけだったけど、改めて二人の間で約束が交わされた感じだ。
「そうです!」
ヒカゲは腕を組んでさらに顔をしかめる。
「なのに、司さんは私の許可なしに私以外の世界へ遊びに行ったんですね!」
「毎日とは言われてないからな」
「……浮気です」
「は?」
「私がいるのに、他の人の世界へ遊びに行くのは浮気ですよ!」
「えぇ……」
なに? 僕は浮気相手から浮気を怒られなきゃいけないの?
いやもうわかんなくなってきたな。
えっと、綾乃という幼馴染がいながら、ヒカゲとお出かけに行く僕は浮気者。
そして、ヒカゲの世界で遊ぶ約束をしたのに、綾乃の世界へ顔を出した僕は浮気者。
どう転んでも、僕は浮気者になってしまうわけだ。
これもまた、魂の浮気ってやつなのか? 僕にはもうわからん。
年齢=彼女いない歴の僕が、なんで浮気者とそしりを受けるのだろうか。
「僕にだって、たまの息抜きくらい許してよ」
どうにも釈然としなかったから、少し悪態を吐いてしまう。
「待ってください! 私とは遊びだったんですか!?」
「最初からそうじゃなかったか?」
「つ……司さんのスケコマシ!」
ヒカゲは力いっぱい僕にモンスターボールを投げつけてきた。
道具は大切に。あと、僕はそれじゃ使役できないぞ。
彼女はそのままぷりぷり怒って、離れた場所で休憩している舎弟たちの下へと向かった。
「ったく……僕が何をしたって言うんだ」
ヒカゲの機嫌はしばらく直らなかった。
舎弟たちと特訓をしている内に多少落ち着いたのか、またヒカゲはトコトコと僕のところへ戻って来た。
そして、話題はオフ会の話へと移る。
「じゃあ、オフ会は5月5日でいいんだな?」
ヒカゲは弱弱しく頷く。
どこか後ろ向きな心を感じる。
「オフ会、嫌か?」
「いえ……そこはもう覚悟は決まってるんですが……その」
ヒカゲは僕をチラッと見ては目を逸らす。
人差し指を突き合わせて、モジモジしながら続ける。
「そのですね……リアルの私はちょーっとここでの私と違うと言いますか……」
「どう違うんだ?」
ワンダーランドでの姿は現実と変わらない。
夢だから自分の容姿が美化されるわけでもなく、僕は僕として世界に投影される。
だから、僕はヒカゲの言っていることがよくわからなかった。
「まあなんて言うかその……会っても幻滅しないでくださいね?」
「むしろ、今のでもっと楽しみになってきた」
「なんでですか!?」
「いや、そんな言い方されたら、今のヒカゲとどう違うのか気になるだろ?」
「いや、あの! 本当にその……」
「大丈夫だよ」
僕はヒカゲの声に被せるように言った。
「どんなヒカゲだって、僕は幻滅しない」
「……本当ですか?」
「毎日一緒にいるのに、僕って信用ないんだな。少し悲しくなってくる」
「あ! それは違くてですね!」
冗談っぽく言ってみたのに、ヒカゲは真に受けてワタワタしている。
「信用はしてます!」
「信用してるんだ?」
「……はい」
ヒカゲは恥ずかしそうに首を縦に振った。
この世界で一緒に遊ぶ中で、友好度はしっかり上がっていたようだ。
残念ながら、好感度は数値化されないからな。ステータスオープンしてもそれは見えない。なんなら一番見えた方が便利なステータスだと思うけど、肝心なところの都合はよくないようだ。
「大丈夫。どんなヒカゲでも幻滅しないよ」
もう一度、僕の意思をはっきりと伝えた。
「司さん……」
「まあ、面白そうだから多少は弄るかもしれないけど」
「待ってください! 今すごく不安になってきたんですが!?」
「オフ会、楽しみだなぁ」
「あの! 本当に信用していいんですよね!?」
最近、このツッコミを楽しみしている僕がいることに気がついた。
このツッコミを聞くために意地悪したくなる。そんな魅力をヒカゲに感じた。
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